〈1〉空の王座
そこは、主なき王の城。
会議のために集まった、このシェーブル王国の重鎮たちは、その場で頭を悩ませている。
王国とは名ばかりの、王が不在の国。
先王レウロス=ウルファ=シェーブルは、頑として立太子を認めなかった。病に臥せっていたとしても、この混沌を予測できなかったはずはない。だというのに、それは何故なのか。
ただ、今更それを言っても詮方ない。それよりも大事なのは、今後この国がどうあるべきかということだ。今日も、それを話し合うために集まったのだから。
「――順からいって、先王の弟君、ジュピト様でしょう」
重鎮のうちの一人、白いひげと眉をした宰相が言った。このやり取りを、何度繰り返したか知れない。いつも、この一言から始まるのが決まりごとのようになってしまった。
子のいなかった先王――その弟。
王弟である人物なら、本来であれば満場一致で王座に据えるはずが、そこには少し問題があった。
「王弟殿下は、双子であった陛下と王位継承の段階で悶着し、それ以降は幽閉同然の身。今更呼び戻され、政のなんたるかを説かれたところで、この国の行く末など担う気になれましょうか?」
なれるかと問うのなら、否だろう。
長く幽閉され続けている王弟の内側には、渦巻く憎悪が眠っている気がする。呼び起こすべきではない。そう思う面々が半数を占めていた。
そうして、いつものやり取りが続く。
「そうしたなら、次に王族として王位継承権を持つ男児は――」
『男児』という部分を強調した。何故なら、先王には姉がいるからである。
けれど、女王はシェーブル王国の歴史の中でただの一人も存在しない。その歴史を覆すだけの決断を、王不在の状態で下すことができなかった。だからこそ、彼女は除外視されている。
ただし、彼女が降嫁した『クランクバルド公爵家』の男児には王族の血が流れ、王位継承権を持つということになる。
一体、誰を擁立するべきなのか。王に相応しい人物とは誰か。
その重苦しい空間に沈黙が続いて行く。いつまで経っても堂々巡りだ。時間を無為にして、この国の命脈が尽きるのを、指をくわえて見ている。重鎮たちは誰しもそう感じていた。レイヤーナの属国に成り果てる道を回避できる方法は、どこにあるのだろう。
この状態が長く続けば、もしかすると、脅威はレイヤーナだけに収まらなくなってしまうのではないだろうか。
逆隣のキャルマール王国も動き始めるかも知れない。
軍事国家ペルシにも狙われる可能性もある。
宗教国家スードは、どう見ているのだろうか。
小国家アリュルージは、いつまで鎖国を続け、静観し続けるのだろうか。
このブルーテ諸島六カ国の均衡は、いつの時代も危ういのだから。
この室内において、ふたつの渦となる人物たちは無言を貫いていた。
シェーブル王国最高位の武人、フォード将軍。
精悍な顔立ちは微動だにしなかった。彼自身がこの状況をどのように捉えているのか、意見を述べることはほぼなかった。常に話の行方を、流れ着く先を待っているかのような印象を受ける。けれど、それを彼に問い質せる者はいなかった。
そして、もう一人。
王国名門貴族、クランクバルド公爵その人である。
血が凍っているのではないかと噂されるような人物だった。
「ク、クランクバルド卿、ご意見を賜りたく――」
緊張の面持ちで口を開いた文官の一言を、クランクバルド公爵は一笑に付した。
無言のままに席を立つ。卿の去った後には苦々しい思いが広がるばかりだった。
フォード将軍は、小さく嘆息すると瞳を閉じた。




