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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ
8/311

〈6〉昔の面影

 武器を運び出すに当たって、人目に付くところは避けて通らなければならなかった。

 なので、まずはクォート川の上流を目指す。

 発見が遅れるように、情報の操作と工作はしておいたものの、時間の問題だ。迅速に動かなければならない。



 ザルツは、連絡係を『イーグル』に向かわせていた。落ち合う場所はあらかじめ決めてある。

 一行はクォート川の上流まで登り、そこから下ってトイナックという小さな町に向かう。そこに『イーグル』の主力がいるとのことだ。


 何せ、疲れている。皆の足取りは軽やかではなかった。

 主に矢を射ていた人員は、疲労の色が濃く、武器の運搬量を軽減されている。武器運搬のために控えていた構成員たちも、足場の悪い山道を、重たい武器を担いで登っているのだから、息は荒かった。

 上流に近付くほど木々が茂り、隠れるにはいいが、先を行く仲間の姿も見えなくなった。


 夕焼けに照らされながら、行列の殿しんがりを努めるのはユイだった。ユイの疲労を考慮し、彼に余分な荷物はなかった。あるとすれば、無理やりくっついて来たレヴィシアの存在だけだ。

 レヴィシアは歩きながら前に出て振り返り、ユイの顔を覗き込む。


「腕は大丈夫?」

「ああ。疲労感はあるけれど、少し休めば大丈夫だ」


 ユイは腕をさすりながら微かに苦笑した。


「無理もないよ。かなりの数を射たんだし。いくらユイがみんなに教えて、みんなも上達したっていっても、きわどいところはほとんど頼りっぱなしだったよね。……ご苦労様」


 と、レヴィシアはにこりと笑う。けれど、その心中を思えば、ユイは笑えなかった。


「……誓いは守るから」


 ただ、その一言を添える。

 レヴィシアは、うん、とうなずいた。


「正しいと信じて目指すものの過程に、悪いことをしたとしても、それは正しいことのうちに含まれるのかな……」


 人を殺すのは悪いこと。

 けれど、国を救おうと思うなら、戦わねばならない。

 そんな迷いを、レヴィシアは口に出してしまう。

 けれど、ユイに答えられることではなかった。


「……俺には、おこがましくて答えられない」


 突き放した言葉ではない。本当に、ユイは真剣にそう答えている。

 訊いた自分が悪かったのだと、レヴィシアは苦笑した。


「うん、ごめんね……」


 すると、ユイはかぶりを振った。


「いや、レヴィシアが俺に対して謝らなければいけないことなんて、何ひとつない」


 少なくとも、何ひとつではないと、レヴィシアは思った。けれど、口には出せなかった。

 沈黙が気まずくなる。

 川の音がもっと大きければよかった。


 そこでふと、異質な音を拾った。野生の獣が立てるような、草を踏み締める音。

 軽快なリズムを刻むそれは、レヴィシアが振り返った時には間近にあった。

 茜色の合間から、弧を描く閃光が煌いた。


「!」


 レヴィシアとユイは瞬時に飛び退き、レヴィシアは上着の下にひっそりと帯びていた赤い柄の短剣を引き抜く。すると、その人物は素早く踏み込み、レヴィシア目がけて手にした小振りな槍を振るった。

 とっさにレヴィシアはその浅い一撃を払った。キィンと金属音がして接触したかと思うと、次の瞬間には離れてレヴィシアの視界から消えていた。後ろだとわかっても、振り返るより早くに空気を切る音が耳に届く。


 それでも攻撃を受けなかったのは、ユイが素早くその人物を蹴り飛ばしたからだ。その蹴りは、槍の柄で食い止められたが、小柄なその人物は吹き飛んでいた。

 その途端、その人物は急に動きを緩やかにし、槍の先端を地面に突き立ててレヴィシアを指さした。


「おい! 一対一で勝負しろよ!」

「は?」

「俺とお前、どっちが強いのか、勝負しろって言ってるんだ」


 背はレヴィシアとほとんど変わらない。小柄な少年だった。

 大きな緑の瞳と滑らかな肌。顔立ちは女性的だが、細い体は少年特有のものだ。無造作に切られた明るい頭髪の襟足の部分から、貧相な細い三つ編みが垂れている。

 彼には、昔の面影が濃くあった。レヴィシアは思わずつぶやく。


「もしかして、ルテア?」


 すると、彼は投げやりな口調で答えた。


「もしかしなくてもそうだ」


 変わっていないと言っていい。そのまま大きくなった。

 その変化のなさが嬉しくて、レヴィシアはさっきまでのことを忘れてしまっていた。


「うわぁ、久し振り! 変わってないね!」


 嬉々としているレヴィシアとは対照的に、ルテアはイライラしていた。


「和むな! ほら、早く決着を着けるぞ」

「決着?」

「俺とお前、どっちが強いのかはっきりさせるんだ。勝った方が残って、負けた方が去る。それでいいだろ?」


 レヴィシアはきょとんとしてしまった。ルテアの言い分がわからない。


「どうして? 二人でがんばればいいじゃない」

「嫌だ。俺はお前の下には付きたくないし、仲間にも要らない。……俺もお前も親がレジスタンス活動家だけど、知名度が違うからな。お前がいたら、俺の影が薄くなる」


 あまりの子供っぽい理由に、レヴィシアはすっと両目を細め、そして一言吐き捨てた。


「馬っ鹿みたい」

「なんだと……」

「何を考えてレジスタンスなんて始めたの? そんな小さいことにこだわって、やることがやれないなら、ルテアの方こそ辞めちゃえばいいじゃない!」


 ユイは宥めようとしたけれど、レヴィシアはすでに聴いていなかった。


「あたしだって、ルテアに任せたりできない! 勝負でもなんでもしてあげるよ! ユイは絶対に手を出さないで!」


 先に釘を差されてしまったユイは当惑し、仕方なく黙った。

 ルテアは地面に突き立ててあった槍の先を抜き、軽く半回転させる。


「よし、行くぞ」


 ルテアの足が声と同時に動いた。レヴィシアに向かって槍を突き出す。

 自分の長所は素早さだと思って来たレヴィシアにとって、ルテアの速度は焦りを覚えるほどに速かった。けれど、負けるつもりなんてない。

 かわした槍の柄を短剣で跳ね上げる。甲高い衝突音が鳴り、二人は手に衝撃の名残を残しながら再び間合いを取った。


「速さだけはそれなりか」

「それはこっちのセリフ」


 レヴィシアはにこりともせずに言う。


「けどな、そんな武器で俺と張り合えると思うなよ」


 真紅の柄の湾曲した短剣。これは父からの贈り物だった。

 確かにルテアが言うように、不利には違いない。けれど、そんな状況もものともしない強さが必要なのだと、レヴィシアは一笑した。


「やれるよ。ルテアはそんなこと言って相手を動揺させないと勝てないの?」

「ふざけんな!」


 そのままの勢いで槍をヒュン、と振り回す。レヴィシアはその切っ先に短剣の刀身を当てたけれど、競り合うことはせずにすぐに離れる。



 メンバーたちもその異変に気付き、二人を取り巻くような形で集まって来た。目で追うのがやっとという素早い二人。あっけに取られながら見守っていた。


「ちょっと、何やってるの!」


 先頭付近にいたプレナとザルツがようやく戻って来た。


「彼は『イーグル』のリーダーのルテアで、リーダーの座を賭けて勝負している」


 抑揚なく説明したユイに、プレナは食ってかかった。


「なんで止めないの!」


 止めることができるのは、ユイくらいだ。けれど、ユイはかぶりを振る。


「止めるなとレヴィシアに言われている」

「そんなことを言っていたら、レヴィシアがけがをするでしょう!」


 プレナの耳元でため息がもれた。ザルツも口を開く。


「止めさせてくれ。レヴィシアがなんと言おうと、こんな軽率な真似は駄目だ。レヴィシアが勝っても先方の機嫌を損ねるし、仮に負けるとこちらの士気が下がる。勝敗をつけさせてはいけない」


 その言い分の正しさを理解しているくせに、ユイはためらっていた。それが面倒だと、ザルツは思う。


「ユイ、あんたはレヴィシアに甘い。いや、従順すぎる。あいつがどうわめこうと、あいつを第一に考えるなら叱ってくれ。その判断ができないあんたじゃないはずだ。あいつを支えるつもりがあるのなら、そうしてくれ」


 その言葉に、ユイは微かにうつむいた。長身の彼がすると、ひどくみっともない仕草に思える。


「俺にそんな権利はない」



 そんなやり取りが交わされている間も、レヴィシアとルテアは武器を交え続けていた。

 戦っていて、わかったこともある。

 レヴィシアは、ルテアに害意がないことを感じ始めていた。

 だから、レヴィシアも斬り付けるような動きはしなかった。危険ではあるけれど、少しだけ楽しんでいる部分もある。


 繰り出せば弾かれ、弾けばまた繰り出される。

 二人の動きは似ているのだ。

 息が合うというのか、まるで練習をした後の演目のように動ける。

 手を抜いてはいないし、疲れてもいる。それでも、何故か体は動いた。

 ただ、速度がある分、少しでも振り遅れたら勝敗が決まる。


 それは、一瞬のことだった。


 レヴィシアは頭上でルテアの槍を受けようとした。けれど、疲労からか、急に力が入らず、借り物の腕のように感覚がない。

 槍は短剣の刃を滑り抜け、レヴィシアの左肩に落ちる。鈍い音がして、レヴィシアは顔を歪めた。ルテアにそのつもりはなかったのだろう。うろたえた顔をして、瞬時に下がった。

 その途端、レヴィシアに気を取られていたルテアは足をすくわれ、地面に叩き付けられる。


「うわっ!」


 うつ伏せの状態で背中に体重がかかり、自分を押さえ付けている相手の顔さえ見えなかった。


「レヴィシア、肩見せて!」


 甲高い女性の声。その心配そうな声音に、ルテアは罪悪感を駆り立てられた。

 そんなルテアの目の前を、ブーツの足がゆっくりと通り過ぎる。この場で一番冷静さを保っているのは自分だと言わんばかりの歩みだ。


「軽率な真似をするからだ。……腕は動くか?」

「うん、大丈夫」


 声はしっかりとしている。けれど、他の面々も騒ぎ出し、あまり好意的とは呼べない空気が漂っていた。ルテアはいよいよ身の危険すら覚える。

 けれど、そんな中、その重たい空気を切るような声が響いた。


「すまないが、放してやってくれないか? これ以上、暴れさせたりしないから」


 その声は、救いなのか、そうでもないのか、ルテアには複雑なところだった。


「げ……」


 顔を上げず、地面に突っ伏したままでいたルテアだったが、背中の重みがふっと消えた。体は軽いけれど、気持ちは沈んでいた。


「考えなしのお子サマにはいい薬だな」


 その低い声は、あきれているようだった。ルテアは素早く起き上がる。視界には見慣れた姿があった。

 彫りの深い顔立ちは精悍だが、今は少し冷ややかである。

 それでも、ルテアは子供扱いされるのが何より嫌いだった。


「お子サマとか言うなよ! 俺がリーダーで、お前は補佐だろ!」


 わめいてみたが、すでに彼はレヴィシアの方に向き直っていた。


「初めまして。俺は『イーグル』のリーダー補佐のラナンだ。うちのお子サマが迷惑をかけたみたいで、申し訳ない。でも、こちらとしても手を組むという意向はありがたいし、このまま予定通りにお願いしたい。お詫びというのもおかしいけど、合併後はそちらが主体で構わないから」


 ラナンの言葉に、レヴィシアは唖然とした。あっさりと傘下に下るという。

 いいのだろうかとザルツを見やると、彼は静かにうなずいた。


「勝手に決めるなよ! 俺には俺の考えがあるんだからな!」


 ただ、ルテアは納得がいかなかったようだ。それでも、ラナンは彼を黙らせるのには慣れている。


「その考えってのも想像が付くけどな。あえて言ってやるよ。無駄だって」

「はぁっ?」

「会ってみてわかっただろ。彼女は本気だ。今更、決意が揺るいだりしないよ」


 ぐっと言葉を失くして黙り込んだルテアに、レヴィシアが声をかける。


「あたしのこと、試したの?」


 ルテアは気まずそうに顔を背けた。


「……ああ。俺自身が確かめもせずに仲間を委ねるのは嫌だったんだから、仕方ないだろ」


 外見は昔のまま、女の子のように線が細くてかわいいけれど、見かけよりも男気のある少年に成長したのかも知れない。レヴィシアはルテアのことを少しだけ見直した。


「そっか。じゃあ、仕方ないね」


 笑ってそう返す。

 それから、ラナンに向けて、ずっと気になっていたことを尋ねようと思う。


「あたしのことは呼び捨てにしてくれていいから、あたしもラナンって呼んでいい?」

「ああ、どうぞ」


 その笑顔が懐かしかった。


「ありがと。ラナンはそうやって笑うと余計に、ホルクおじさんにそっくりだよね」


 彼が現れた時、死んだはずの彼がやって来たのかと思ってしまったほどに、ラナンはルテアの父親によく似ていた。ルテアは母親似なので、ホルクとはあまり似ていないので、こうして見ると不思議だった。


「ああ、俺とホルクはいとこなんだ」

「そうなんだ? びっくりしちゃった」


 レヴィシアが無邪気に言うと、ルテアは少し複雑そうな面持ちでいた。


「でも、別人だからな」


 そんな当たり前のことを言う。そんなルテアの頭に手を置き、ラナンは言った。


「じゃあ、そろそろ行こうか。いつまでもこうしていたら危ないし」


 周囲の面々は納得して歩き出す。ルテアも数歩足を進めたが、途中で立ち止まり、そっと振り返る。


「……あのさ、肩の具合……なんでもない」


 返答を許さない速度で駆け去る。大丈夫だと答える暇がなかった。

 ラナンは苦笑する。


「あいつ、あれで責任感が強いから。よければ、仲良くしてやってくれないか」

「うん」


 落ち着いた年上にばかり囲まれ、生活していたレヴィシアには、ルテアのような無鉄砲さも微笑ましく感じられた。きっと、すぐに仲良くなれる。そんな気がした。


 ルテアは小柄ですばしっこいので、木々に隠れながら、メンバーたちに気付かれずにレヴィシアたちのところまで回り込むことができました。

 ちなみに、彼の槍は折りたたみ可能なので、普段はたたんで服の下です。

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