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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈36〉真実は誰も知らない

 結局、ユーリとリトラもリレスティの『白鹿亭』まで共に戻った。リトラが荷物をここに置いて行っていたせいである。ザルツは彼らのために部屋を取り、それから、プレナを休ませるためにもうひと部屋用意した。


 ロイズたちが到着しているかも知れないからと言って、エディアはエイルルーに戻る。それを一人で行かせるのは物騒だから、とサマルが同行した。あんなことがあった後なのに、サマルがあっさりとプレナのそばを離れたことに、レヴィシアは少し驚いた。けれど、彼なりに思うところがあったのだろう。

 気を利かせたのかな、とかなり低い可能性のひとつとして、レヴィシアはぼんやりと考えた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 サマルが気を利かせてエイルルーへ向かったのではないかというレヴィシアの考えは、実のところ当たりでもあり、外れでもあった。


 エイルルーの家にロイズたちはまだ到着しておらず、サマルはエディアと二人きりになってしまった。かといって、一人にもできないので、とりあえずは残っている。さっさと眠ってしまおうとしたけれど、なかなか寝付けず、リビングでなんとなく茶を飲み続けるだけだった。

 カタンと音がして振り返れば、カーディガンを羽織ったエディアが背後に立っていた。彼女は苦笑すると、サマルの向かいに座る。カンテラの明かりが柔らかく彼女を照らしていた。


「眠れませんか?」


 サマルも苦笑する。


「まあね。あんなことの後だから」

「そうですね。私が眠れないのも仕方のないことですけど」


 え、とサマルは声をもらした。その言葉の意味がわからなかった。それが見て取れたのか、エディアは悲しげに微笑んでいた。


「だって、ザルツさん、プレナさんのために死のうとしましたよね。わかっていましたけど、ああはっきりと示されると、ちょっとショックだったりします」

「ああ……」


 ショックだったという割に、あの態度だ。エディアの強さには脱帽だと思う。

 そして、エディアは勘も鋭い。サマルは一言で心臓をつかまれる。


「サマルさんが眠れない理由も、私と同じだったりしませんか?」

「え……」

「想い人の心に、別の方が住んでいて、その二人は相思相愛で。それを感じて眠れないくらいに苦しくなる。――もしかして、サマルさんとプレナさんとは血が繋がっておられないのでは?」


 活動をするうちに、たくさんの嘘をつき、ごまかすことに慣れていたサマルでも、エディアの言葉をかわせなかった。

 この心に深く根付く想いを見透かされ、サマルは強張った顔付きでぽつりと言う。


「すごいな。勘がよすぎるよ」


 穏やかな表情で言葉を待つエディアに、サマルは乾いた笑いと声で続けた。


「――なんてな」




 エディアはその様子に少しだけ眉をひそめた。けれど、そう言ったサマルの表情が苦しげで、からかわれたのだとは思えなかった。


「そんなの、わからないよ」


 泣き声のような響きだった。エディアは戸惑い、子供をあやすような声音で問う。


「どういう、意味ですか?」


 訊いてはいけないことなのかも知れない。何かをしてあげられるとは思わないけれど、放っておいたら傷口が膿んでしまうような気がした。

 サマルはぽつりぽつりと切り出す。


「俺がまだ小さかった時、両親が話してたのを聞いてしまったんだ。その内容が、俺たちの血の繋がりに疑問を持ってしまうようなもので……」

「ご両親に確認はできなかったのですか?」

「ああ。確認する前に流行り病でね。親戚もいたけど遠縁で、両親の生前に付き合いのあった方じゃないから、真実は誰にもわからないんだ」


 その苦悩が、夜気を通して伝わる。エディアはそっと、言葉を紡いだ。


「つらいですね。わからないというのは。進めもしませんし、諦めることもできません」

「そう、だな」


 少しうつむいたサマルは、その先を伝えるべきかを迷っている風だった。それでも、言った。


「それで、そのこと、俺の気持ちごとザルツにだけ話したんだ」

「え……」

「そうしたら、俺が悩むように、あいつも悩んで先に進めなくなる。わかってて口にした」


 いつもは明るく人当たりのよい青年が、心の闇を覗かせる。エディアは驚きよりも悲しみが強くあった。サマルの苦悩よりも、ザルツの苦しみを思った。


「あいつは淡白に見えるけど、実際は誰より友達思いだから。――卑怯だろ、俺って」


 ふぅ、とサマルはため息をつく。エディアは力を込めて言った。


「ええ、とっても。最低です」


 ひとつの慰めもない、あまりにはっきりとした言葉に、サマルはさすがに痛々しい顔をした。


「エディアは厳しいなぁ」

「よく言われます」




 エディアは優しく微笑む。言葉とは裏腹な微笑だった。


「でも、サマルさんは叱ってほしかったのでしょう? 卑怯だって気付きながら、それでも避けられなかったこと」


 罪悪感なんて、押し潰されそうなくらいにあった。

 いっそ、ザルツがそれでも動くのなら、この気持ちに終わりを告げることができた。友達には戻れなくて、きっと身勝手に恨んだだろうけれど、決着を彼に託してしまいたい気持ちもどこかにあった。ただそれは、プレナを想う気持ちが、ザルツを恨む気持ちにすり替わって、どちらも苦しいだけなのに。

 だから、エディアの言葉のひとつひとつが、サマルには苦い薬のようだった。けれど、その薬は少しずつ心を癒す力を持つ。


「私とサマルさん、どちらが報われない想いに決着をつけるのが先でしょうね。まあ、知り合って間もない私の方が傷は浅いのかも知れませんが。競争でもしましょうか」


 時間なんて関係ないと思う。つらいのは同じだ。サマルは一人めそめそしている自分が、ひどく女々しい存在に思えて来た。これ以上、エディアに情けないことを言える気がしない。

 だから、サマルはようやく、いつものように笑った。


「エディアは厳しいけど、優しくもある。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして――」



         ※※※   ※※※   ※※※



 その頃、レヴィシアはベッドの上を転がりながら、プレナに声をかけた。


「ね、プレナ」

「何?」


 風呂にゆっくりと入り、幾分すっきりした。プレナは古着屋で調達して来た着替えに袖を通し、鏡台で髪をすく。


「ザルツとは話せた?」

「……ううん」


 すると、レヴィシアはベッドから飛び起きた。


「話しておいでよ。伝えたいこともあるんじゃないの?」


 レヴィシアは、まっすぐな言葉とまっすぐな視線をプレナに向ける。


「あたしたち、いつどうなるかわからない危険の中にいるんだよ。明日とか、今度とか、悠長なこと言ってちゃ駄目なんだからね。後悔しちゃうよ」


 そんな風にレヴィシアに諭される日が来るなんて、とプレナは苦笑する。


「そうね。……じゃあ、行って来る」


 すると、レヴィシアは満足げに笑った。


「ユイとルテアと一緒にロビーでお茶飲んでるね。がんばって」




 けれど、プレナは部屋の前で体が冷えるほどに立ち尽くしていた。

 まず、何から話そうか、頭の中で考えがまとまらない。何度も扉を叩こうとして手を伸ばしたけれど、触れもせずに引いてしまった。

 そんなことを繰り返していると、内側から扉が開いた。


「!」


 プレナは思わず、とっさに後ろに飛び退く。


「あ、ごめんなさい……」


 意味もなく慌てて謝ってしまった。そんな彼女に、ザルツは僅かに微笑んだように見えた。


「廊下は寒い。話があるなら、入るか?」


 耳を疑った。けれど、プレナはすぐにうなずいて中に足を踏み入れた。ここでためらってしまったら、もう何も言えない気がした。

 ザルツは扉を閉めると、プレナに座るように促した。けれど、プレナは座らなかった。入り口のそばに立つザルツに視線を向けている。そんな彼女に、ザルツは困惑したような表情を見せた。


「怖い思いをさせて、すまなかった」


 声に感情を乗せないことの方が多いザルツにしては、珍しいくらいに痛ましい響きだった。プレナは精一杯かぶりを振る。


「ザルツのせいじゃないわ」

「……そうとも言い切れないだろう」


 今、誰のせいだとか、そんな話をしたくない。そのために来たのではないのだから。

 言いたいことはひとつだけだ。


「私、伝えたいことがあって、ようやく決心したから、聴いてほしいの」


 迷って、ためらって、そこまでをやっと口にできた。ただ、プレナと対峙するザルツは悲しげに見える。その表情の意味がプレナにはわからなかったから、口を開こうとした。けれど、その先を、ザルツは残酷な言葉で遮った。


「悪いな。聴かなくてもわかっているから、その先は聴けない」

「え……」


 思わず声がこぼれた。頭が真っ白になる。それでも、これは間違いなく現実だった。

 あの時、助けに来てくれた。自分のために命を投げ出そうとしてくれたのだと、レヴィシアから聞いた。だから、心のどこかでは完全な拒絶を予想していなかったのかも知れない。そこまでの心構えがなかった。

 自分が泣いているという自覚もないまま、ぽつりと涙が床に落ちた時、ようやくそれに気付く。それを眺めていたザルツも、ひどく苦しそうだったことがおぼろげにわかった。


「……お前が俺をどう見ていたか、気付いていなかったわけじゃない。応えたいと思うこともあった。それでも、やっぱり駄目なんだ」


 同じ部屋にいても、二人の距離は縮まらなかった。触れることもできない遠さ。

 一緒に過ごした歳月は、この距離を縮めてはくれない。少しずつ、引き離されて行くばかりだった。

 プレナは言葉を発することができなかった。ただ、涙を拭う。もう、正面を見ることもできない。ザルツの声は、だんだんと感情を覆い隠した。


「俺のせいでお前が死ぬようなことになるのなら、俺が代わりに死ぬのは仕方がないと思った。でも、気持ちに応えることはできない。俺にはこの改革が何よりも大事なんだ。他のことは優先できないから」


 この活動に、ザルツが強い覚悟を持っていることはわかっている。それを自分のために捨ててほしいなどとは思わない。ただ、そばで支えることすら許されず、行き場のない想いが苦しいだけだ。


「全部終わるまで待っていても駄目なの?」

「駄目だ。終わりはない。改革を形にしたとしても、国の混乱は続いて行く。それを軌道に乗せるために、俺は生涯を賭けるつもりだ」


 どうしてこう、融通が利かないのだろう。ザルツらしいと思う反面、それが恨めしくもある。

 プレナはようやく涙を抑えると、震える声で言った。


「ひとつだけ聞かせて。私のことをどう思っていたのか、今だけは正直に答えて」


 二度と、彼がその言葉を口にすることはないのかも知れない。それでも、プレナにとっては、その言葉が今後のただひとつの支えとなる。


「ずっと、好きだったよ。プレナの幸せを、これからも誰より願っている――」


 これでようやく、強い自分になれる。そんな気がした。


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