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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈34〉狂犬

 そうして、一行は館の壊れた門を潜った。

 レヴィシアはザルツとサマルの服のすそをそれぞれにつかんでいた。放すつもりはない。

 痛んで重そうな扉をユイが開く。青年は一切手伝ってくれなかった。

 中は薄暗く、ほこりっぽい。白くなった床には、いくつかの足跡があった。

 上を見上げるより先に、そのエントランスの中に懐かしい声が響いた。


「ようこそ、みなさん。お久し振りです」


 黒い髪、黒い瞳、黒い外套。何ひとつ変わっていない。

 半年振りの再会。けれど、何十年も昔に別れたかのように遠い。

 リッジは階段の上にいた。二股の階段の分かれ目に佇んでいる。彼は一人だった。


「プレナはどこだ!」


 サマルが怒鳴った。その途端、リッジは心底楽しそうに笑った。


「ああ、そうだね。今、連れて来てもらうよ。……それより、ザルツさん、サマルさん、プレナさんと引き換えになるものを差し出してもらるかな?」


 二人の体が強張った。それが、繋がっているレヴィシアにはわかった。


「もう止めてよ、リッジ!!」


 痛切なレヴィシアの叫びに、リッジは答えなかった。笑顔を消し、息をつく。

 ユイはそんな様子のリッジに言った。


「お前の言うことは信用できない。彼女が無事だという証拠を見せろ」


 すると、リッジは気だるげに首を回す。そして、階段の上を見上げると、手を軽く振った。それが合図だったのだと、すぐにわかる。ぐったりと動かない彼女の体を抱え上げた、癇性そうな顔立ちをした男が階段の上から僅かに下りた。

 プレナは意識がないらしく、顔を男の方に向けている。茶色のショールがずれて、頭に半分ほどかかっていた。けれど、あの服は間違いなくプレナのものだ。遠目でもそれがわかる。

 ザルツとサマルがこぶしを握り締めていた。


「彼女は大事な人質だから、無事だよ。変な動きをしたら、保障はしないけど」


 プレナまでの距離が遠い。ユイにもあそこまで助けに行くことはできないだろう。立ち塞がるリッジに、レヴィシアは瞳で懇願し続けた。けれど、リッジはレヴィシアに顔を向けようとしなかった。


「二人とも、こっちに進んでよ」


 その一言に、レヴィシアはぞっとして両手に力を込めた。そんな彼女を、二人は悲しげに見やる。

 そんな時、彼女たちの背後からあの青年がすたすたと前に出た。あまりに平然とリッジの方へ進もうとするので、思わずサマルは青年の腕をつかんだ。


「おい! 状況見ろよ! 下手に動――」


 その途端、青年は振り向きざまにサマルの鳩尾にこぶしを沈めた。サマルはうめいてゲホゲホと崩れ落ちる。腕が外れ、青年は吐き捨てた。


「邪魔をするな」


 誰もが唖然とする中、青年は前へ進んで行く。リッジは眉根を寄せた。


「君は誰? 新入り?」


 けれど、青年は答えずに前進した。走り出した青年のロングコートがはためき、その下になっていた幅広の剣(ブロードソード)が引き抜かれる。

 青年は、リッジの力量を知らない。次の瞬間には赤い血がほとばしり、彼が果てる姿をレヴィシアは想像してしまった。


「駄目!!」


 叫んだけれど、青年は止まらなかった。

 窓から落ちる光を反射した一閃を、リッジは易々とかわした。そう思ったけれど、青年の切り返しは速かった。次の攻撃を避けた時、間合いが少し詰まった。青年のためらいのない気迫に、リッジの方が一瞬押された気がした。人質を抱えた男は、その戦いに戸惑っている。

 それでもリッジは、常人離れした身のこなしで青年の剣筋をかわす。青年の剣をギリギリまで引き付けてから、するりと流れるように動いた。それは、リッジの計算だった。

 リッジにかわされても、青年の剣はとっさに止めることはできず、階段の手すりに深く食い込んだ。


 ただ、次の攻撃がすぐに繰り出せないと油断したのはリッジの方だった。青年は手すりに剣が食い込む寸前にはすでに手を放し、そのままこぶしに替えてリッジの頬を殴り付けた。


「一発入った!」


 二人の戦いを見ているしかなかったルテアが、思わず声を上げる。ユイもその隙に階段に向けて走った。

 青年から距離を取ると、リッジは頬を押さえる。口の中が切れたのか、血の混じった唾を吐いた。


「いって……。めちゃくちゃするね。まったく、狂犬みたいな人だ。プレナさんがどうなってもいいのかな?」


 リッジの言葉に、青年は牙をむいたまま吐き捨てる。


「何がプレナさんだ。そいつは別人だろうが」

「え!」


 思わずレヴィシアは声を出していた。遠目ではわからないし、あれは確かにプレナの服だ。

 けれど、リッジは苦笑する。


「ばれた? でも、人質には変わりなくない?」

「殺すぞ」


 青年は凶悪に凄んだ。青年は丸腰のままだというのに、その勢いのまま階段を上る。ユイがそれに続き、剣を引き抜く。慌ててルテアも携帯槍を組み立てながら追いかけた。ただ、青年すでにリッジを見ていなかった。すぐさま、うろたえている男の横腹に回し蹴りを叩き込み、落ちかけた彼女の体を受け止める。それでも更に、苦痛にうめいている男の背を執拗に踏み続けた。ガ、ガ、と男が意識を手放すまで加減がない。

 一同は唖然とその光景を眺め、それからユイはリッジに剣先を向ける。


「プレナはどこだ?」


 すると、リッジは急に笑い出した。狂い出したかのような声に、彼らは薄ら寒さを覚える。


「知らないよ。こっちが訊きたいね」


 軽い口調とは裏腹に、その瞳には憎悪を燃やしている。


「いいよ、今は諦めるから。じゃあね」


 背を向ける寸前、リッジは一瞬だけレヴィシアを見た。遠く、はっきりと判別できたわけではないのに、ほんの少し物悲しく見えたのは、レヴィシアの願望だろうか。

 リッジは二階の廊下に向かって走ると、すでに割れてしまっている窓の一角から下に落りた。あれくらいの高さなら、彼には余裕だっただろう。追う者はいなかった。


 青年は踏み付けていた男に興味を失ったのか、そのまま放置する。そして、プレナの服を着た女性を抱えたまま、階段の上に腰を下ろした。その白い頬を、無骨な手で何度か軽く叩いて呼びかける。


「おい、ユーリ、起きろ」


 レヴィシアたちは二人に駆け寄った。

 彼女――ユーリは、近くで見るとプレナと髪の色や顔立ちまでは似ていなかった。けれど、この青年が執着するのもうなずけるような美しさだった。あんなにも凶悪だった青年の、彼女の名を呼ぶ声は、どこか切ない。


 ん、と小さくユーリはうめいてうっすらと目を開いた。プレナの行方を知るのは彼女だけだ。早く尋ねたい。レヴィシアは二人の感動の再会が早く終わらないかな、と少し思った。


 けれど、その再会は、ユーリの悲鳴から始まった。

 最初は、怖い思いをしたせいだと思った。目が覚めて錯乱したのだと。

 ただ、それは少し違ったのかも知れない。横たわったユーリの体をひざに乗せ、顔を覗き込む青年に、彼女は悲鳴を浴びせている。青年は顔をしかめた。


「苦労して助けに来てやったのに、その態度はなんだ?」


 ユーリは途端に狼狽した。


「わかったけど、近い! もういいから下ろしてよ!」


 すごく嫌がっている。事情はわからないけれど、それだけは見て取れた。


「俺の目を盗んで外に出て、ふらふらした結果がこれだ。そのくせ、謝罪ひとつないなんてな」

「わかった。ごめん、ありがと」


 嫌々言っている。そして、落ち着きを取り戻した彼女は、


「まあいいや。そんなことより――」


 と、結構ひどいことを言った。何故か口調が見た目に反して少年のようだ。


「ねえ、リトラ」


 どうやら、それが青年の名前らしい。リトラは自分を押しのけようとするユーリに逆らうように、その肩をつかんでいた。


「この方たちはもしかしてレジスタンス? プレナさんのお仲間?」


 その一言に、ザルツとやっと立ち直ったサマルは過敏に反応した。


「プレナはどこに!?」


 ユーリはリトラに抵抗しながら言った。


「二階の突き当たり……当主の部屋らしきところに、隠し部屋があります。棚を手前に引くと、それが扉みたいに動きますから、早く迎えに行って安心させてあげて下さい」


 その言葉に、二人は安堵のため息をつく。

 弾かれたように駆け出したサマルとは違い、ザルツはその場に残った。そして、ようやくリトラから解放されたユーリに向かって言った。


「よく、隠し部屋なんて見付けられたものだ。それに、その服……」


 すると、ユーリは軽く微笑む。


「隠し部屋はですね、外観に対して中の構造が少しだけ合わなかったので、多分あるだろうと気付いただけです。服は、私とプレナさんは体型や髪型が似ているので、交換しておけば多少の目眩ましにはなりますし」


 そこで一度言葉を切ると、ユーリは探るような目をした。


「ところであの、リッジさんは?」

「彼は去った」

「そこの彼が殴って……」


 思わずレヴィシアが口を挟む。ユーリは一度リトラを見やり、それから嘆息すると、ぽつりとつぶやいた。


「返答が聞けないままか。けれど、あながち間違いでもなかったかな。もっと話して、確かめたかったなぁ……」


 すると、そこでパタパタと廊下を駆けて来る足音が響く。ユーリのものなのか、若草と生成りの落ち着いたローブ姿のプレナだった。疲れているのだろう、足取りが怪しかった。


「プレナ!」


 レヴィシアは思わずプレナに駆け寄って抱き付いた。そんなレヴィシアの頭を撫でながら、プレナは一度だけザルツに視線を向ける。けれど、何かを言うこともなく、彼女は顔をユーリに向けた。


「よかった、無事で……。全部ユーリのお陰だもの。どんなに感謝しても足りないくらい」


 その背後から、サマルも頭を下げた。


「妹を助けてくれてありがとう」


 ユーリはかぶりを振った。


「いいえ、たいしたことはしていませんから、お気になさらず」


 そこでリトラはようやく自分の剣を鞘に収めると、ユーリの手を強く引いた。


「もういいだろ。行くぞ」

「え? あ……」


 抗えず、手を引かれてユーリは歩き始める。けれど、どこか後ろ髪を引かれるような面持ちで振り返った。そんな二人に、ザルツはとんでもない一言を口にする。


「待ってくれ。ものは相談なんだが、我々の活動を手伝ってはもらえないだろうか――?」


 あれ?

 サマルが殴られてばっかりいるような?

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