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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈31〉幸か不幸か

 朝になり、レヴィシアたちはリレスティに向かうつもりでエイルルーの通りを歩いていた。いつ他の仲間たちが来るとも知れない状態なので、エディアには残ってもらうつもりだったのだが、頑として受け入れられなかった。ロイズなら気付ける場所に置手紙を残して付いて来る。


 早朝で人通りは少ないが、念のためにケープのフードを目深に被ったレヴィシアは、周囲に気を配っているユイに守られながら歩いていた。

 店もほとんどが閉まっている。三人はただ早足に通りを抜けようと急いだ。


 すると、急にユイの手がレヴィシアの肩に添えられ、彼の方に引き寄せられた。レヴィシアがユイを見上げると、ユイの視線は通りをこちらに向かって歩く男性に向けられていた。

 年齢も身長もユイと同じくらいだろうか。後ろに軽く撫で付けた鳶色の髪と、同色の瞳。鎖骨の辺りまでざっくりと開いた灰色のカットソーに、薄手のロングコートを羽織っている。旅の途中なのか、荷物を肩から提げていた。


 彼を見た途端、ユイが警戒した理由がわかった。

 目付きが尋常でなく険しいのだ。手当たり次第ににらみ付けている彼は、肩がぶつかっただけで斬り殺されてしまいそうな空気を放ってる。

 猛禽類か野生の狼を思わせる眼をした青年は、レヴィシアたちに気付くと、何故かぴたりと足を止めた。レヴィシアは思わずユイにしがみ付く。エディアも隣で緊張しているのがわかった。

 青年はレヴィシアの怯え方と、顔を隠そうとする仕草を不審に思ったのか、斜め上から視線を向けた。


「何か事情がありそうだが、お前たちのことはどうだっていい。俺は人を探している。女だ」


 彼は一方的にそう言った。レヴィシアから視線を外すと、ユイに向ける。


「十代後半、身長はやや高めで細身。髪は短くて、整った顔立ちをしている。物腰が柔らかで、育ちがよさそうな娘だ。お前たち、見かけなかったか?」


 青年が語る人物の特徴は、プレナにぴったりと一致した。

 レヴィシアはすぐさま、プレナは単独で逃げ出し、この青年が逃げたプレナを探しているのではないかと思った。つまり、彼はリッジの手先だ。

 だから、とっさに言葉が返せなかった。嘘の苦手なレヴィシアの反応を見て、青年はスッと目を細める。


「何か、知っているのか?」

「し、知らない」


 けれど、青年は納得しなかった。


「知らないなら、何をうろたえてる?」

「うろたえてなんか、ないです。ほんとに知らない……」


 それだけを言い捨てると、レヴィシアはユイの後ろに隠れた。


「すまないが、俺たちは急いでいる。その探し人にも心当たりがない。他を当たってくれないか」


 警戒を解かず、ユイは言った。すると、青年は薄く笑う。


「先を急ぐ、か。だったら、その先とやらに付き合わせてもらおうか」

「えぇっ!」


 レヴィシアは思わず声と顔に出してしまった。けれど、青年は平然と言い放つ。


「無関係と判断すれば、すぐに去る。俺だって、暇じゃない。ただ、お前たちの抱える事情に、あいつが関わっているような気がして来た」

「何を根拠にそのようなことを仰るんですか?」


 距離を保ちつつ、エディアが尋ねると、青年はしれっと答えた。


「根拠なんてない。俺はこの国で、自分の勘以上に信じられるものなんてないからな。特に、あいつに関してなら、尚更だ」


 探し人を、親しげにあいつと言う。もしかすると、探し人はプレナではなく、リッジとも無関係なのだろうか。万が一を考えると、確認することはできないけれど。

 ここで足止めされている場合ではないと判断したのか、ユイは妥協点を探した。


「何度も言うが、急いでいる。こちらに危害を加えないと約束するのなら、好きにするといい」

「お前らが俺に敵意を向けないなら、俺から向けることはない。あいつが無事だということが前提だけどな」


 その険しい目付きを見る限りでは、本当かと聞き返したくなるけれど、レヴィシアは口を挟まなかった。


「わかった。それなら拒絶はしない。ただ、危険は伴うと覚悟してくれ」


 すると、青年は鼻で笑った。


     

    ※※※   ※※※   ※※※



 道中、青年は一言も口を利かなかった。そのくせ、妙にイライラとしている。こちらの焦りが伝染したのか、ただ気が短いだけなのか。



 ザルツたちが宿泊しているのは、リレスティの町で最南の外壁に近い宿だ。連絡が取りやすいよう、一番南の宿にいると言っていた。深緑色の屋根、クリーム色の壁。リレスティには安宿などないのかも知れない。洗練された造りだった。看板には『白鹿亭』とある。

 玄関先でユイがザルツの名前を出すと、女将は二階の八号室だと教えてくれた。八号室は階段を上がって一番遠い廊下の端だった。


 扉の前に立って、レヴィシアとユイは一度顔を見合わせた。レヴィシアは手紙をしまってあるポケットに手を当てる。どう切り出そうか考えると、気が重い。二人がどれだけ苦しむのかわかっているから、それがつらかった。

 けれど、こうしている時間はない。レヴィシアはドアを叩きながら言った。


「ザルツ、サマル。開けて」


 いつもなら、この行動に対してのお小言が飛んで来ただろうが、すぐに扉を開けてくれたザルツは、疲れた顔をしていた。


「あの、あのね!」


 身を乗り出したレヴィシアの肩を、ザルツは受け流すように室内へ押しやった。


「中で話せ」


 ユイとエディアの背後に、見たこともない眼光鋭い青年を見付け、ザルツはたちまち警戒を前面に出した。けれど、青年は顔色ひとつ変えない。


「……誰だ?」

「話は中でするんだろ?」


 と、青年はユイたちを通り越して中に入った。室内にいたルテアとサマルが緊張している。青年は無言で壁際の一角を占拠した。

 ザルツたちは予定にはないレヴィシアたちの来訪に、驚いている風ではなかった。けれど、平静を欠いていたレヴィシアはそのことに気付かなかった。

 ポケットの封筒を取り出し、サマルに向ける。けれど、サマルは受け取ろうとしなかった。硬い表情で吐き捨てる。


「そっちにも来てたのか。念入りだな」

「もしかして……こっちにも?」

「ああ」


 それでも手を引っ込められなかったレヴィシアから、ザルツが手紙を引き取る。彼はそれを開き、目を通した。


「内容、同じだろ?」


 サマルは苦々しい表情で言う。ザルツは表情には出さずに答えた。


「ああ」


 手紙を懐にしまう。


「ただ、この手紙の送り主は、サマルの居場所は特定できなかった。だから、手紙が二通ある。けれど、逆に言うのなら、俺の居場所は知っていた。これはどういうことだ?」

「確かにそうだけど、今は考えてる時間がないよな」


 ルテアが言うように、指定の時間は近付いていた。だから、レヴィシアは暗黙の一言を、違えばいいという気持ちで口にした。


「プレナをさらったのは、やっぱりリッジ……なのかな?」

「ああ。間違いないだろう」


 ザルツはそう答えた。彼は、自分のせいだと間違いなく感じている。そして、プレナもこれから起こることは自分のせいだと嘆いている。そう考えると、レヴィシアは心臓がギリギリと痛んだ。三人は大事な幼なじみだから。


 もし、この三人の誰かがリッジの手にかかるようなことになったら、それでも自分はリッジを許すことができるだろうか。前に進むことを選ぶだろうか。

 多分、答えは否だ。

 許せないし、活動を始めたことを後悔するだろう。

 だからこそ、そうならないために絶対に止めなければならない。

 いつだって支えてくれる大事な仲間と、あの悲しい青年のために。


 そこで、壁際でじっと耳を傾けていた青年にザルツは視線を移した。


「それで、彼は? 参加希望者か?」

「そんないいものじゃないよ。ただの――」


 迷惑な人、という一言を、レヴィシアはすんでのところで飲み込んだ。本人を目の前にして言うだけの勇気がない。


「えっと、人を探しているそうです。それで、私たちに付いて来れば見付かる気がする、と」


 エディアが困ったように説明した。ザルツが眉間にしわを寄せると、青年はようやく口を開いた。


「お前たち、仲間が敵方に捕まってるみたいだな」


 最初にレヴィシアが疑った、リッジの手先だという疑惑は誤りのようだ。いくらリッジでも、こんなに扱いにくそうな男は雇わないだろう。

 青年は口の端をつり上げた。


「それがプレナとかいう名の女で、俺の探し人に特徴が似ているとか言い出すんじゃないだろうな?」

「言うよ! 言います!」


 半ばやけになって答えたレヴィシアに、彼は冷笑した。


「単なる偶然だ。俺が探しているやつは、ユーリという。別人だ」


 けれど、彼はそう言い放ってから小さくつぶやいた。


「――その偶然が曲者か。あいつなら、巻き込まれる可能性もなくはない」

「その人も一緒に捕まってるって?」


 ルテアの一言に、青年は顔をしかめた。ただでさえ怖いのに。レヴィシアは慌てて言う。


「もしそうだとしても、一緒に助けるよ。絶対、傷付けさせたりしないから」


 けれど、そんな言葉は彼には不要だった。小さく、馬鹿にしたように笑う。


「言っただろ? 俺は自分しか信じない。お前たちなんてあてにするか。あいつは俺が取り戻す」


 そんなにも強い言葉を、ザルツが言うことはないのだろうけれど、プレナのために言ってくれたらいいのにな、とレヴィシアは思った。そんな風に言ってもらえるその人は、恵まれている。


「その人はあなたの恋人?」


 なんとなく尋ねた。けれど、その言葉を向けられた途端に、険しかった彼の表情にほんの少しの隙ができた。この時初めて、未だに名前すら名乗ろうとしないこの青年に人間味を感じた。


「お前には関係ない」


 そう言って、横を向く。どうやら、即答できない微妙な関係らしい。

 ザルツは嘆息すると、青年に言う。


「来るのは勝手だが、何が起こるかわからない。危険は承知していてくれ」


 青年はまたニヒルに笑った。馴れ合うつもりはないという意思表示のように思える。


「……そろそろ行こう。覚悟はできてるから」


 サマルの張り詰めた声がして、レヴィシアはどきりとした。覚悟という言葉が何を指すのか、それを問うことができない。


「わかった。行こう」


 うなずいたザルツも、同じものを抱えていた。


 ユーリを探す青年。彼に出会ったことが幸か不幸か、ですね。

 どうでもいい人間には冷たいので。

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