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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈25〉エイルルーへ


 ゼゼフを見送った後、せせこましい室内で、サマルはザルツに問う。


「なあ、エイルルーを通るってことは、ここから東だよな。その後は、王都? それとも、セベレス大橋経由で更に東か?」


 セベレス大橋とは、グレノア峡谷に架けられた、国内最大の橋である。まだ建設十年にも満たないが、それができたことで東部への行き来の短縮が可能になった。ただ、便利になったのは確かだが、大規模な建設工事の結果、通行税が課せられている。つまり、通過するには金がかかる上、検問を抜けねばならないのだが。


「いや、今回の目的地は大橋の手前……リレスティだ」

「は?」


 サマルは思わず間抜けな声を出してしまった。レヴィシアは意味がわからずにひたすら首をかしげている。

 リレスティとは、豊かな森林と湖のそばにある町だった。優美でゆったりとした、上流階級に人気の別荘地。レヴィシアたちには縁がない町だと認識している。

 上流階級の人間が多いということは、それだけ警護する私兵が多いということだ。そんな場所へ何故向かうのか、ザルツの考えがわからなかった。

 全員がそろって不可解な顔をしたので、ザルツは思わず苦笑した。


「危険なのはわかっている。それでも、今は戦力の強化を図りたい。あそこは上流階級の人間が多い分、それらに不満を持った人間も比例して多くいるはずだ。うまくそれを味方に付けることができれば、今後の活動が有利になる」

「そりゃあ、そうだけどな」

「何も全員で行かなくていい。まずは下見だから、リレスティ行きは俺とサマルと、ルテア。他はエイルルーで待機だ」


 プレナを安全な場所に残していけるのなら、サマルはこき使われても文句はなかった。



 シェンテルからエイルルーへの道のりは、足の悪いロイズと年配のフーディーには負担が大きい。なので、彼らはマクローバ一家とティーベットと、とりあえずはシェンテルに残る。その後、彼らの体調と相談し、時間をかけてエイルルーへ移動するということになった。


 サマルは出立前にアスフォテまで赴き、スレディの工房を訪ねる。依頼品を受け取るためである。

 けれど、そんなにすぐできるか、と門前払いを受けそうになった。ただ、そんなスレディの目は生き生きとしていたように思う。

 とりあえず、シェンテルにいる仲間のこととエイルルーに向かうこと、エイルルーでの連絡先を伝えて工房を去った。


 エイルルーでの連絡先というのは、エディアが母親と暮らしていた家である。ロイズの家でもあるのだが、彼は長らくそこには戻っていないらしい。

 いつも父親に付き添っているエディアが、今回ロイズから離れてレヴィシアたちと先に向かうのは、そうした理由からだった。ただ、自宅は半年以上もほったらかしてあるから、きっとひどい有様だと、エディアは微笑んでいた。

 顔では笑っているけれど、母親を看取った家には数々の思い出があって、そこへ戻るのは複雑な思いもあるだろう。そう考えると、笑顔が悲しく映る。



 レヴィシアたちは王国の西から、一日かけて中部へ進んだ。

 レヴィシア、ユイ、ルテア、ザルツ、プレナ、サマル、エディア、七人もの人間が固まって動けば、目立って仕方がない。彼らは三組に分かれ、お互いに目の届く範囲に在りながら、声をかけ合うことをせずに、他人の振りをして旅をした。皆がはぐれないように確認し合って進んだため、時間は余分にかかったけれど、仕方がない。

 そうして、ようやくエイルルーに辿り着く。


 エイルルーは通称鍛冶師の町。

 製鉄工房も町外れにあり、鍛冶師たちにとっては環境が整っている。スレディのような変わり者でなければ、大抵はここに工房を構える。

 鍛冶師は男性の多い職だ。活気はあるものの、総じて粗野な男が多いのも仕方のないことだった。

 荒っぽい声が響く町の中、レヴィシアは傍らのエディアに苦笑した。


「エディアみたいに上品な人が、ここで育ったとは思えないよ」


 すると、エディアはクスクスと声を立てて笑った。


「私が上品かどうかは別として、ここは職人通りだから、特に気の荒い方が多いのかもね。飲食店とかだと、もう一本隣の通りになるのよ」

「じゃあ、ゼゼフはそっちにいるんだ?」

「ええ。でも、私はあまり詳しくないから、なんとも言えないのだけれど」

「会いに行くのは明日でいいだろう。みんな疲れているはずだ」


 ユイの言う通りだった。正直、くたくたである。要所要所で馬車は使ったが、徒歩も多かったのだから、無理もない。

 ただ、意外なことに、儚げに見えたエディアは疲れを見せずに歩いていた。


「エディアって、意外に体力あるね。一見、か弱いのになぁ」

「そう? 日頃から歩いていたからかしら。それに、人間は重たいから、介護も体力を使ったし、それで逞しくなったのかも」


 そっと微笑む。その表情が、彼女を年齢以上に落ち着いて見せた。

 自分を削るようにして人に尽くしたその心は、とてもきれいだ。


「エディアはすごいね」


 レヴィシアの口から素直な賛辞がこぼれた。それを、エディアはかぶりを振って否定する。その仕草は悲しげだった。


「少しもすごくないわ。もっと何かできたかも知れないって、後で思うだけ」


 今度はレヴィシアがかぶりを振った。


「エディアが自分のしてきたことを否定しても、あたしにはすごいって映るんだよ。自分が認めなくても、そうなんだよ」


 エディアは返す言葉に詰まっていた。笑ってはいなかったけれど、ほんの少し、抱えていた荷物を下ろしたような、ほっとした表情に見えたのは、気のせいではなかったはずだ。


「ありがとう……」


 そう、言ったのだから。


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