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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈24〉ある晩の風景

 前の晩はメンバーの半数が宿に移ったけれど、ゼゼフは民家に残された。

 まだ信用されていないのかと思ったら、そうではなかった。訊きたいことはないかと気を遣ってくれたようだ。ゼゼフは言葉に甘えて、レヴィシア救出のあらましを尋ねた。その活劇にゼゼフは眠ることも忘れて聴き入り、それからこの組織が目指す理想を聴かされた。


 それを聴くまでは、彼女たちの戦いは、レイヤーナの属国となり、一方的に搾取され続けることを回避するためのものだと思っていた。けれど、それだけではなかったのだ。


 王の存在のない、民主国家。

 唯一の高みに立つ王の、絶対的な支配ではなく、代表者たちが話し合い、国を動かす仕組み。

 その代表者とは、平民であってもよいのだと。身分を越え、民が政治に介入することができるような仕組みを目指すのだと。代表者たちが意見し合い、お互いの間違いを否定できる関係を築き、人と人との繋がりによって、国の支えとする。


 正直、あまりに話が大きすぎて、ピンと来なかった。どこか他人事のように曖昧な相槌を打ちながら聴いていた。けれど、それを語る時のレヴィシアの瞳の強さに、ゼゼフは彼女がつかもうとするものが非現実的なものではないのだと気付かされた。少なくとも、彼女はそう思っている。

 そして、必死なその姿に、協力したいと思う気持ちが強くわいた。それに嘘はなかった。



 多少、寝不足気味ではあるものの、ゼゼフは午前中のうちにシェンテルを発った。

 辻馬車を拾ってそれに揺られている間は、本当に彼女たちの仲間入りをしたのだということが信じられない思いだった。

 だから、本当だと実感するために、早くシュティマに話したかった。もどかしい気持ちを抱えながら、ゼゼフはエイルルーまでの道のりを行く。



 ――日が沈みかけた頃、ゼゼフはようやくエイルルーに到着する。帰宅するよりも先に、シュティマのもとへ向かった。もうすぐ、食堂が忙しくなる時間帯だ。

 勘のいいシュティマは、ゼゼフが窓の外にいることに気付き、慌しい厨房からこっそりと抜け出して外へ来てくれた。純白のエプロンに汚れはない。ゼゼフはいつもどろどろに汚すのだが、シュティマは常に仕事がきれいだった。


「おかえり、ゼゼフ」


 シュティマの労いの言葉を遮るように、ゼゼフは昂ぶったままに喋っていた。


「聴いてよ、シュティマ! 僕、僕ねぇ、ついにやったよ! あの、レ――」


 もごもご。

 シュティマはゼゼフの口を両手で塞いだ。


「ゼゼフ、そういうことを大声で話すものじゃないよ。それじゃあ僕たち、あっという間に檻の中だ」


 納得してしょげたゼゼフから、シュティマは手を放す。


「仕事が終わったらゼゼフの家に行くよ。その時にゆっくり報告してもらうから」


 シュティマは手を振ると、賑わいのある厨房へと戻った。ゼゼフはそれをぼんやりと見送ると、きびすを返した。



 夜は更け、寝不足気味のゼゼフがうつらうつらし始めた頃、長屋の扉が叩かれた。

 扉を開けると、小さな包みを持ったシュティマが微笑んでいる。


「お疲れ、シュティマ!」

「残り物だけど、ゼゼフの分ももらって来たから」

「あ、ありがとう」


 包みの中身はフリッターと香草風味のパンだった。明日の朝食に丁度いい。

 ゼゼフはシュティマを招き入れると、あたためたミルクにラム酒を落として出した。シュティマがそれを口に含んだ瞬間に、ゼゼフは言った。


「あ、あのさ、『フルムーン』の仲間に入れてもらえることになったんだよ」


 シュティマは心底驚いた風だった。ああ言って送り出してくれたものの、それがどれだけ難しいことかわかっていたのだろう。瞠目していたけれど、それから柔らかく微笑んだ。


「すごいじゃないか! さすがだな。やっぱり、ゼゼフに行ってもらってよかったよ」


 この友人の賞賛こそが、何よりの褒美だった。ゼゼフの胸にじんわり、喜びと達成感がわいて来る。


「いや、運がよかっただけだよ」


 照れながら、それでもゼゼフは息継ぎも忘れて語り続けた。ミルクは冷めたけれど、構わなかった。シュティマはそれを静かに、真剣に、相槌を交えながら聴いてくれた。

 あらかた語り終えたゼゼフが息を切らしていると、シュティマもようやく息をつけたようだった。


「そうか。大変だったんだな」

「でも、レヴィシアはすごくいいコだったし、やっぱり力になってあげたいよ。あ、それで、仕事は休暇願い出さないと駄目かな? シュティマも、だよね?」


 念を押すように言ったのは、確かな言葉を聴きたかったからだ。いくらレヴィシアがいいコだろうと、ゼゼフに一人で活動に参加する度胸はない。シュティマと一緒だと思うから、できるのだ。

 頼りのシュティマはそっと微笑み、それから空のカップに視線を落としてつぶやいた。


「ひとつだけ気がかりなことがあるんだけど」

「え?」

「さっきの話だと、船を丸ごと買い取ったりしてたよね。そんな大金、どこから出たんだろう? それ以外でも、活動を続けるには資金が必要なはずだ。彼らの資金源って、どうなってるんだろう?」


 きょとんとしているゼゼフに、シュティマは苦笑する。


「レジスタンスの中には、活動に必要だからと言って、民間人から略奪をする組織もあるんだって。ゼゼフがいない間に、そんな話を耳にしたんだ」

「まさか!」


 レヴィシアたちはそんなことしない。ゼゼフは疑いなくそう思った。

 けれど、シュティマの深みのある瞳には暗いかげがあった。


「この町に来てからまだ誰にも話してないんだけど、実は僕、小さい頃に家族を強盗に殺されたんだ。僕は遊びに出てて助かったけど……。だから、嫌なんだ。どんな理由があったって、略奪とか絶対に許せない。国を救うって言いながら、民間人から搾り取るようなことはしてないって、はっきりさせてほしい。それだけはどうしても譲れないんだ」


 シュティマにそんな過去があったなんて、まるで知らなかった。そんな悲しい過去があるからこそ、シュティマは他人を思い遣る優しさを持ったのだろう。

 彼の心中を察すると、ゼゼフのつぶらな瞳には涙があふれていた。


「そ、そんなことがあったなんて! わかった、わかったよ。次に会った時、ちゃんと訊いておく」


 悲しく微笑んだまま、シュティマは虚空を見つめた。そして、詩を詠うような心地よい声で言った。


「多分、彼女たちはそんなことはしてないんじゃないかって思うよ。でも、確かめずにはいられないんだ。馬鹿だよな」

「シュティマは悪くないよ!」

「ありがとう、ゼゼフ……」


 シュティマは微笑むと、小さく何度か咳をした。

 

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