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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈22〉激しい後悔

 その頃、ゼゼフ=アーネットは肩を落としたまま、大好物のポークステーキにかぶり付いていた。

 硬い。この店はイマイチだなぁ、とため息をつく。


 親友のシュティマの言う通り、ゼゼフはアスフォテへとやって来た。そうして、レブレム=カーマインの娘の押送などとっくに終わってしまったことを知った。

 町の人々の井戸端会議に耳を澄ませたところ、彼女は思っていたよりもずっと普通の少女だったという。小柄で華奢な彼女は、厳つい兵士たちに囲まれていたけれど、大きな青玉のような瞳は瞬きすらせずに開かれていた。そして、背中を押されて馬車に詰め込まれると、その馬車は走り去った。

 それだけのことだったそうだ。

 町の人々は、ぺちゃくちゃと喋りながらあっさりと散って行く。ぽつりと取り残されたゼゼフは、あまりの呆気なさに立ち尽くしていた。


 終わった。

 大急ぎでここまでやって来て、結果がこれだ。間に合わなかったなんて、途端に虚しくなった。

 シュティマは、ゼゼフがレジスタンスと接触することを望んで送り出してくれた。それができると信じて任せてくれた。なのに――。



 それから、おろおろして数時間を費やし、今更どうにもならないことを理解した。

 けれど、シュティマにどう説明したらいいものか、考えがうまくまとまらなかった。そうなると、歩みも遅々として進まず、アスフォテの隣の小さな村(シェンテル)に着いた頃には小腹が空いて食事を摂っているという有様だった。

 ゼゼフは付け合せのグラッセにフォークを突き刺す。頬張ると、少し芯があった。思わず、またため息がこぼれる。

 彼女は今頃、仲間たちに救出され、今後は二度と場所が特定できないだろう。少なくとも、ゼゼフにはできないと思われる。



 これからどうしよう。

 そう考えて、もうひとつため息をつく。また、平凡な日常に戻るだけの話だ。

 もとより、レジスタンス活動に参加しようなんて考えが異質だったわけで、平凡が自分には相応しい。

 それでも、昂ぶった気持ちが冷め切るには、まだ時間が必要だ。楽しい夢から覚めた後の虚しさは感じているくせに、それならもう一度がんばろうという気は起きない。

 自分は駄目な人間だ、とそればかりを思う。



 そうして、また幾許かの時間が経過する。



 ――日が暮れた。

 夜道は危険だ。今日は諦めて、明日こそシュティマのいる自分の居場所へ帰ろう。

 ほんの少しの後ろめたさと、自分への言い訳のようなことを考える。

 ゼゼフは夕食にとテールシチューを追加し、それを平らげてから食堂を出た。

 空腹も満たされたことだし、後は素泊まりできる安宿で休めばいい。何をしたわけでもないのに、気が滅入ったせいでひどく疲れた。


 まだ明かりなしでも歩ける。けれど、暗くなるのはあっという間だ。急いだ方がいい。

 ゼゼフは落ち葉のような色の外套を着込み、前を合わせて手を擦った。日が落ちると、少し寒い。

 すでに人通りは少なくなっていた。もともと、小さな村なので住民自体が少ないのかも知れない。

 村の入り口のアーチを潜る人影があるのを、ゼゼフは遠目に見た。


 寒いのか、身をぴったりと寄せ合った二人。背の高い青年が、コートの内側に女性を包み込むようにして歩いている。恋人同士だろうか。ああしていれば、女性はあたたかいだろうが、歩きにくそうだ。

 その後ろからも、少年と青年の二人組がいる。

 彼らは村人には見えない。旅人だとするなら、もしかすると宿がいっぱいになってしまうかも知れない。彼らより先に宿を取らなければ。


 けれど、下調べを怠っていたゼゼフは、この村の宿の位置を把握していなかった。先回りすることもできず、結果的に彼らに付いて行けば宿に着けるのではないかと思った。

 寸前で追い越せる自信はないけれど、とりあえず付いて行こう、と。

 傍目には挙動不審にしか見えない動きで、ゼゼフは彼らに近付いた。その時、さっと夜風が吹く。

 身を震わせる冷たい風は、青年のコートをはためかせ、ほんの刹那、そこに包まれていた女性の姿が見えた。

 まだ少女だった。清楚なワンピース姿に、肩に落ちている栗色のまっすぐな髪。滑らかな頬に大きな瞳、形のよい唇。ちらっと見えただけだったけれど、きっとかわいいコなんだろうなと思った。

 ただ、栗色の髪に小柄な体、年の頃は十五、六。この特徴を、どこかで聞いたことがあるような。そう考えて、ゼゼフはハッとした。


 ――でも、まさか。


 ゼゼフはうろたえ、戸惑った。

 こんなところにいるはずがない。けれど、もし本物だったとしたら。

 どうしようどうしようと焦っているうちに、二人は急ぎ足で遠ざかって行く。

 考えはまとまらず、結論は出ないままにゼゼフは彼らに張り付いていた。尾行というほど高度なものではなく、本当にただ付いて行っているだけである。


 だから、気が付かれないはずがなかった。

 そうして、角を曲がった時、ようやく自分の置かれた状況を理解する。


「ひっ!」


 心臓が口から飛び出しそうなくらいに驚いた。彼らは角を折れた先でゼゼフを待ち構えていた。

 狼狽して引くと、背後にも気配を感じる。振り向けば、後から来た二人組がいた。

 細身で中性的な少年と、垂れ目の青年。この二人も厳しい面持ちをゼゼフに向けている。

 挟まれた。

 彼女を守るようにして控える長身の青年を見上げた途端、ゼゼフは頭が真っ白になった。


「あ、あ……」


 ひどく鋭利な視線に射すくめられ、ゼゼフは晩餐のためにくびられることが決定した家畜の心境だった。取って食われる。そうとしか思えない恐ろしさだった。

 その緊迫感の前では、レジスタンス活動やシュティマのことも全部吹き飛んで、ただ怯えるしかなかった。

 頭を抱えて首を振る。涙を浮かべて怯えるゼゼフに、潜めているけれど高い声が届いた。


「兵士でも傭兵でもなさそう。ただの民間人だよ。怯えてるみたいだし」

「演技かも知れない」


 ぼそ、と長身の青年はゼゼフから目をそらさずに言う。整った顔立ちが、より冷たく感じられた。

 すると、少女はため息混じりにぼやく。


「そうかな? あたし今、苛めてるみたいですごく嫌なんだけど」

「ん~、そうだなぁ。いきなり暴れそうな感じでもないし、ほっといていいんじゃないか? こっちも急いでるし」


 背後の垂れ目の青年が軽く言った。ゼゼフが振り返ると、隣の少年は表情を浮かべずに答える。


「俺も敵じゃないと思う」

「うん、そうだよね。じゃあ行こう」


 そうして、少女はゼゼフに微笑んだ。


「怖がらせてごめんね?」


 ただ、それで納得しなかった人間が一人。


「敵でなくても、とりあえずは同行してもらおう。今、騒がれたくない。ここを離れる時には解放するから、それまではおとなしくしていてくれ」


 そう青年がゼゼフに言うと、小さく嘆息した少年がゼゼフの腕に手を回した。細い腕をしているのに、慣れた手付きでゼゼフの腕を後ろに回して押さえる。


「悪いな。少しだけ辛抱してくれ」


 痛くはない。少年の目には、弱者に対する労りがあったように思う。抵抗さえしなければ、危害を加えられたりしない。そう信じて、ゼゼフは何度もうなずいた。



 この警戒具合からして、間違いなく彼女がレブレム=カーマインの娘だとゼゼフは確信した。

 結果として、レジスタンスとの接触に成功したらしい。

 激しい後悔はあるけれど。

 

 ゼゼフは、イラッとするタイプになるように書いています(笑)

 ただ、ゼゼフって書きやすいんですよね。延々、彼の日常を書き続けることが出来ますが、読んでくれる方はいなさそうです……。

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