〈20〉代わることが出来たなら
レヴィシアたちの乗る船はアスフォテ港に戻った。この船は、帆の張り方で風向きを逆手に取り、進むこともできる。その性能で、レイヤーナ船を大きく引き離して戻ることが出来た。
ただ、陸に上がってしまえば、どんなに高価で高性能な船であろうとも、持ち運べない以上は過ぎた荷物だ。船底に穴を開け、放置する。
今なら、兵士たちが動き出すまでに潜伏することも可能だろう。
まず、びしょ濡れの二人がいる。着替えが先決だ。
二人はそれぞれにザルツとプレナから上着を借り、それを羽織って濡れた服を隠す。
その後は結局、ロイズの支援者だった老婆の家を頼ることとなった。レヴィシア、ユイ、ルテア、港で合流したサマルの四人だけを残し、他はシェンテルに移る。四人もしばらくしたらシェンテルで合流すると取り決めて別れた。
サマルは当事者たちが海の上だった頃から、持ち前の軽やかさで、あることないこと噂をばら撒き、捜査をかく乱する下準備をしていた。お陰で、町の中は大混乱だったけれど、中に紛れてしまうのは簡単だった。
今は下手に動くよりも、逃げたと見せかけて潜んでいる方がいいということだ。
レヴィシアはこの時ばかりは何の不安もなく眠っていた。目が覚めたら大変なことになっていると思いながらも、今だけはゆっくり休みたかった。
エディアが使っていたベッドの上で、レヴィシアは休んでいた。突然の移動だったので、エディアは残して行った持ち物もあったようで、中から白い厚手のワンピースを借りている。
目が覚め、まず状況を思い出したが、とりあえず伸びをすることから始めた。外はすでに薄暗い。
大あくびをしていると、カチャリとドアノブが回される音がした。レヴィシアは慌ててボサボサの髪を整える。
顔を覗かせたルテアは、レヴィシアが起きていたことに少し驚いた風だった。
「悪い、起こしたか?」
「ううん、さっき起きたとこ」
起き抜けの少しかすれた声で答えると、ルテアはためらいがちに室内に入った。
「体、大丈夫か?」
驚くほどに小さな声でそう尋ねて来た。
「うん、もう平気だよ」
元気だと示すように、レヴィシアは笑ってみせる。けれど、ルテアは笑わなかった。
伏目がちに、疲れたような仕草でベッドに腰を下ろす。疲れているのも当然だ。もしかすると、ろくに休んでいないのかも知れない。
そう考えると、急に後ろめたくなった。
けれど、ルテアは何かを切り出すでもなく、そのまま後ろに両手を付いて天井を仰ぐ。
少しの間が空き、レヴィシアは気まずさに耐え切れず、先に口を開いた。
「ごめんね、ルテア。いっぱい心配かけたよね」
あの時、自分がルテアに迫った決断を受け入れてくれて、本当に感謝している。苦しめてしまって、申し訳なかったと思う。
ルテアはそんなレヴィシアの言葉を聴いているのかいないのか、天井をにらんだままだった。
「ルテア?」
レヴィシアが声をかけると、ルテアはおもむろにレヴィシアを見た。その目は、見るたびに少しずつ大人びている。
声を出さずに、ルテアは口を微かに動かした。レヴィシアが首をかしげると、今度ははっきりとした声で言った。
「なあ、こんな目に遭っても、まだレジスタンス活動を続けたいと思うか?」
「え?」
一瞬、意味がわからなかった。ほうけていると、ルテアは姿勢を正す。
「どれだけ危険か、今回のことでわかっただろ」
「それは……そうだけど、まだまだこれからじゃない。辞めたりできないよ」
「わかってる。辞めろとまでは言わない。けど、リーダーなんて目立つところじゃなくてもいいんじゃないか。後方支援だって活動のうちだろ?」
紡ぐ言葉のひとつひとつを、苦しそうに吐き出す。心配してくれているのだと、痛いほどにわかる。それでも、レヴィシアは言った。
「下がってどうするの?」
「俺が代わる」
仲間思いのルテアは、仲間が苦しむくらいなら自分が苦しんだ方がマシだと思えるのだろう。
安心させてやりたい。けれど、レヴィシアの答えは変わらなかった。
「ごめん。それはできないよ」
すると、ルテアのため息が聞こえた。ルテアは再び天井に顔を向けている。
「いい。わかってる。ちょっと、言ってみただけだ」
そして、ルテアは立ち上がるとレヴィシアに向けて笑ってみせた。ただ、その笑顔は無理をしているようにしか見えなかったけれど。
「今更だよな。今更下がったところで、危険がなくなるわけじゃない。……変なこと言って、悪かったな」
レヴィシアはかぶりを振る。
「ううん、ありがと」
申し訳ない気持ちと、その思いやりが嬉しいという気持ちがあった。
そうして、ルテアが去った後、レヴィシアはようやくベッドから抜け出した。髪は束ねる気力がなく、下ろしたままでいる。
部屋から出ると、廊下にユイがいた。何をするでもなく、ただ立っている。
レヴィシアはその姿を見た途端、何も考えられずに飛び出していた。彼女の体が衝突したくらいでは揺らぐこともなく、ユイは自分の胴にしがみ付くレヴィシアにそっと声をかける。
「もう、体の方は大丈夫か?」
頭にふわりと手が添えられた。
「うん……うん……」
喋るのも億劫だった。感情があふれ出し、頭がうまく機能しない。
ただ、涙がこぼれてしまいそうで、ユイの服に顔を埋めた。この温もりがどれだけ恋しかったか、ユイにはわからないだろう。
「危険な目に遭わせて、すまなかった」
そんなことを言う。
「ユイのせいじゃないよ。あたしが選んだことだから」
そこで、ユイの体が少し揺れた。かぶりを振ったのだろう。
「そばにいるべきだった。離れた俺のせいだ」
「助けに来てくれたじゃない。十分だよ。ありがと……」
一方的な感情がこぼれて行く。
どんなに腕に力を込めても、想いが返ることはない。それを示すかのように、ユイの腕は優しく頭を撫でた後にだらりと下がった。
明確に確認できたそれを、レヴィシアは気付かなかったことにした。
レイヤーナ船が港に到着した後、ニカルドは責任のなすり付けに必死なグレホスに足を引っ張られ、ろくに追跡できずにいました(涙)




