〈4〉作戦会議 後編
どの組織と合併するか。それも選び損ねれば一瞬で終わる。
ここも気が抜けないところだった。
ザルツは眼鏡を押し上げながら口を開く。
「合併するに当たって、どこの組織がいいか、レヴィシアに希望はあるか?」
一応、参考までに尋ねる。
「どこの組織と合併したいかなんて、実績を上げるのが先じゃないの? まだ成功するかもわからないのに、気が早くない?」
「それでは遅すぎる。レジスタンス組織の多くが潰されてしまうのは、中途半端に目立ったくせに、生き残るだけの戦力を集め切れずにいるからだ。だから、行動を起こしたら後はどれだけ迅速に動けるかが生死を分ける。先に約束を取り付けておくことが重要なんだ」
なるほど、とレヴィシアは納得した。けれど、それは難しいことのようにも思えた。
「ねえ、でも、レジスタンス組織は各地を点々としたりして、隠れてるよね。連絡はどうやって取るの?」
すると、プレナが嬉々とした。
「いいところに気が付いたわね。偉い偉い」
その横から、ザルツがしれっとつぶやく。
「連絡網ならすでに確保してある。その心配は要らない」
「あのねぇ、苦労してそれをしたのは私でしょう?」
プレナはふぅ、と嘆息する。
品よく微笑めば、男性はもとより、女性にも好印象を与える。プレナは情報収集を得意としていた。
「ああ、そうだな」
抑揚のない声で、ザルツは返す。
「それだけ?」
「ザルツひどい」
レヴィシアはプレナの味方をする。けれど、わかっている。
本当は、感謝していないのではなく、それをうまく表現できない、不器用な人なのだ。もちろん、プレナもそれをわかっている。
少し、さっきの仕返しがしたくなっただけのレヴィシアだった。
ザルツは決まりが悪そうに、さっさと話題を変える。
「で、レヴィシアの希望がないなら、この繋ぎを取れた組織に決める。それでいいな?」
彼が決めたのなら、間違いはないと思う。レヴィシアはうなずいた。
「うん。任せるよ」
すると、ザルツは珍しくにやりと笑った。
「この王都近辺ではあまり活動をしていないから、レヴィシアは知らないだろうが、最近力を付けて来た組織だ。『イーグル』というんだが、そこのリーダーを知った時、さすがに俺も驚いたな」
「え?」
「ルテア=バートレット。レヴィシアと同じ十六歳だな。彼を覚えているか?」
ルテア=バートレット。
その名を反芻する。
忘れていたわけではないが、とっさに出て来なかった。
けれど、脳裏に浮かび上がったのは、その名を呼ぶ時の嬉しそうな笑顔だった。
「あ! ホルクおじさんの!」
思わず叫んだ。プレナもにっこりと微笑む。
「そう。レブレムおじさんの盟友、ホルク=バートレットさんの一人息子」
優しかった父の親友。
特に一人息子の話をする時の、締まりなく崩れた顔が微笑ましかった。
「ああ、そうか。レブレムさんと一緒にレジスタンス活動に参加して処刑された、あの……」
ユイは顎に触れながら、記憶を探るようにつぶやいた。レヴィシアはうなずく。
仲間の救出に向かったはずの父が、助けた仲間と共に悲嘆にくれた顔で戻って来た。ホルクが逃がしてくれたのだと、あんなにも苦しそうに顔を歪めた父の姿は、今でも忘れられない。
そして、それと同時に、あの優しかった人が死んでしまったという事実が苦しかった。その便りを聞いた時の家族のことも気がかりだった。
ただ、その後には自分も同じ運命をたどることとなり、気にかけるゆとりがなくなってしまったのだが。
「そう……あの子、ルテアっていった」
「会ったことはあるのか?」
ユイの問いに、レヴィシアはうーん、と戸惑いがちにうなずいた。
「小さい時に数えるくらい。おじさんは行商人だったし、家族は離れて住んでいたから。職業柄、情報収集はお手のものだったんだけど、レジスタンス参加後も家族は巻き込みたくないからって、たまにしか会いに行かなかったの。単身赴任でレジスタンスしてたって感じかな……」
「そうか。そんなに昔じゃ、覚えてることもないか」
ザルツは嘆息する。少し残念そうだ。
レヴィシアはなんとかして思い出そうと試みる。思い出せることは、なくもなかった。その姿を思い浮かべながら、レヴィシアはつぶやく。
「う~ん、かわいかったよ」
「かわいい……」
「うん。ちっちゃくて、髪の毛サラサラで、女の子よりかわいかった」
要らない情報しか手に入らなかった。ザルツは冷ややかな目線を向ける。
「子供の頃の外見の話なんて、どうだっていい。内面の話だ」
「内面ねぇ。よく泣いてたけど」
訊いた自分が馬鹿だったのだと、ザルツは思った。
けれど、レヴィシアはあっさりと笑っている。
「おじさんはすごくいい人だったんだから、ルテアだってきっといい子だよ」
楽天的なその発言に、結局のところはうなずくしかない。
「……それならそこに決めるとして、今度の計画を説明する」
ザルツは自分の懐から、折りたたまれた紙を取り出し、テーブルの上に広げた。それは、几帳面に描かれた地図だった。レヴィシアはその地図に食い入る。
「これ、ケイゼル橋じゃないの?」
この現在地、王都ネザリムとエイルルーの町の半ばにある、クォート川に架かっている橋だ。
「ここが計画の舞台だ」
その続きをユイが引き継ぐ。
「エイルルーは鍛冶師が多く、兵士の武器もここから仕入れている」
「まさか、それを横取りしようとしてるの?」
さすがに、レヴィシアもひやりとする。そんなことが可能なのかと。
「難しいけど、私たち一般人が武器の大量購入なんてできないでしょう?レジスタンスは人員が増えれば、どこも武器不足が深刻だし、これが成功すれば、かなり有利なはずよ」
プレナの言うことはもっともだ。
危ないけれど、危なくない活動なんてないのかも知れない。怖気付いている場合ではなかった。
「わかった。先を話して」
覚悟を決めたレヴィシアに、ザルツは続けた。
「初戦だからな。みんな不慣れな上、戦闘員も少ない。そうすると、奇策しかないんだ」
人には向き不向きがあり、レヴィシアに作戦の計画を練るようなことはできない。正面衝突以外の策は出て来ないのだ。だから、計画のほとんどをザルツに任せてしまうことになる。
そのザルツの意見は、リーダーは士気を高めることだけを考えていればいい、とのことだ。
「この武器の運送は、三ヶ月に一度くらいしかないの。だから、今度は十二日後。それを逃すと、また三ヶ月待たなくちゃいけなくなるわ。失敗はできない……」
プレナの瞳が一瞬、不安に揺らいだ。彼女は特別ではなく、ごく普通に生活して来た女性だ。荒事に不安を隠せないのは当たり前だった。
そんなプレナを一瞥すると、ザルツはレヴィシアを直視した。それは、鋭い視線だった。
「レヴィシア、お前はどんなに危険でも、苦しくても、目的のためなら耐えられるか?」
それを訊くのは今更だ。レヴィシアはうなずく。
「……プレナ、お前もだ」
心なし青ざめた彼女にも、決意を迫る。
「うん……。ザルツの策なら信じるわ」
二人の言葉を聞き、ザルツはようやく厳しい表情を解いた。
「それならいい。今度の作戦は、お前たちの覚悟と、ユイの腕に頼ることになる」
ユイはすでに説明を受けているのだろう。静かにその続きを受け止めた。