表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ
6/311

〈4〉作戦会議 後編

 どの組織と合併するか。それも選び損ねれば一瞬で終わる。

 ここも気が抜けないところだった。

 ザルツは眼鏡を押し上げながら口を開く。


「合併するに当たって、どこの組織がいいか、レヴィシアに希望はあるか?」


 一応、参考までに尋ねる。


「どこの組織と合併したいかなんて、実績を上げるのが先じゃないの? まだ成功するかもわからないのに、気が早くない?」

「それでは遅すぎる。レジスタンス組織の多くが潰されてしまうのは、中途半端に目立ったくせに、生き残るだけの戦力を集め切れずにいるからだ。だから、行動を起こしたら後はどれだけ迅速に動けるかが生死を分ける。先に約束を取り付けておくことが重要なんだ」


 なるほど、とレヴィシアは納得した。けれど、それは難しいことのようにも思えた。


「ねえ、でも、レジスタンス組織は各地を点々としたりして、隠れてるよね。連絡はどうやって取るの?」


 すると、プレナが嬉々とした。


「いいところに気が付いたわね。偉い偉い」


 その横から、ザルツがしれっとつぶやく。


「連絡網ならすでに確保してある。その心配は要らない」

「あのねぇ、苦労してそれをしたのは私でしょう?」


 プレナはふぅ、と嘆息する。

 品よく微笑めば、男性はもとより、女性にも好印象を与える。プレナは情報収集を得意としていた。


「ああ、そうだな」


 抑揚のない声で、ザルツは返す。


「それだけ?」

「ザルツひどい」


 レヴィシアはプレナの味方をする。けれど、わかっている。

 本当は、感謝していないのではなく、それをうまく表現できない、不器用な人なのだ。もちろん、プレナもそれをわかっている。

 少し、さっきの仕返しがしたくなっただけのレヴィシアだった。

 ザルツは決まりが悪そうに、さっさと話題を変える。


「で、レヴィシアの希望がないなら、この繋ぎを取れた組織に決める。それでいいな?」


 彼が決めたのなら、間違いはないと思う。レヴィシアはうなずいた。


「うん。任せるよ」


 すると、ザルツは珍しくにやりと笑った。


「この王都近辺ではあまり活動をしていないから、レヴィシアは知らないだろうが、最近力を付けて来た組織だ。『イーグル』というんだが、そこのリーダーを知った時、さすがに俺も驚いたな」

「え?」

「ルテア=バートレット。レヴィシアと同じ十六歳だな。彼を覚えているか?」


 ルテア=バートレット。


 その名を反芻はんすうする。

 忘れていたわけではないが、とっさに出て来なかった。

 けれど、脳裏に浮かび上がったのは、その名を呼ぶ時の嬉しそうな笑顔だった。


「あ! ホルクおじさんの!」


 思わず叫んだ。プレナもにっこりと微笑む。


「そう。レブレムおじさんの盟友、ホルク=バートレットさんの一人息子」


 優しかった父の親友。

 特に一人息子の話をする時の、締まりなく崩れた顔が微笑ましかった。


「ああ、そうか。レブレムさんと一緒にレジスタンス活動に参加して処刑された、あの……」


 ユイは顎に触れながら、記憶を探るようにつぶやいた。レヴィシアはうなずく。

 仲間の救出に向かったはずの父が、助けた仲間と共に悲嘆にくれた顔で戻って来た。ホルクが逃がしてくれたのだと、あんなにも苦しそうに顔を歪めた父の姿は、今でも忘れられない。

 そして、それと同時に、あの優しかった人が死んでしまったという事実が苦しかった。その便りを聞いた時の家族のことも気がかりだった。

 ただ、その後には自分も同じ運命をたどることとなり、気にかけるゆとりがなくなってしまったのだが。


「そう……あの子、ルテアっていった」

「会ったことはあるのか?」


 ユイの問いに、レヴィシアはうーん、と戸惑いがちにうなずいた。


「小さい時に数えるくらい。おじさんは行商人だったし、家族は離れて住んでいたから。職業柄、情報収集はお手のものだったんだけど、レジスタンス参加後も家族は巻き込みたくないからって、たまにしか会いに行かなかったの。単身赴任でレジスタンスしてたって感じかな……」

「そうか。そんなに昔じゃ、覚えてることもないか」


 ザルツは嘆息する。少し残念そうだ。

 レヴィシアはなんとかして思い出そうと試みる。思い出せることは、なくもなかった。その姿を思い浮かべながら、レヴィシアはつぶやく。


「う~ん、かわいかったよ」

「かわいい……」

「うん。ちっちゃくて、髪の毛サラサラで、女の子よりかわいかった」


 要らない情報しか手に入らなかった。ザルツは冷ややかな目線を向ける。


「子供の頃の外見の話なんて、どうだっていい。内面の話だ」

「内面ねぇ。よく泣いてたけど」


 訊いた自分が馬鹿だったのだと、ザルツは思った。

 けれど、レヴィシアはあっさりと笑っている。


「おじさんはすごくいい人だったんだから、ルテアだってきっといい子だよ」


 楽天的なその発言に、結局のところはうなずくしかない。


「……それならそこに決めるとして、今度の計画を説明する」


 ザルツは自分の懐から、折りたたまれた紙を取り出し、テーブルの上に広げた。それは、几帳面に描かれた地図だった。レヴィシアはその地図に食い入る。


「これ、ケイゼル橋じゃないの?」


 この現在地、王都ネザリムとエイルルーの町の半ばにある、クォート川に架かっている橋だ。


「ここが計画の舞台だ」


 その続きをユイが引き継ぐ。


「エイルルーは鍛冶師が多く、兵士の武器もここから仕入れている」

「まさか、それを横取りしようとしてるの?」


 さすがに、レヴィシアもひやりとする。そんなことが可能なのかと。


「難しいけど、私たち一般人が武器の大量購入なんてできないでしょう?レジスタンスは人員が増えれば、どこも武器不足が深刻だし、これが成功すれば、かなり有利なはずよ」


 プレナの言うことはもっともだ。

 危ないけれど、危なくない活動なんてないのかも知れない。怖気付いている場合ではなかった。


「わかった。先を話して」


 覚悟を決めたレヴィシアに、ザルツは続けた。


「初戦だからな。みんな不慣れな上、戦闘員も少ない。そうすると、奇策しかないんだ」


 人には向き不向きがあり、レヴィシアに作戦の計画を練るようなことはできない。正面衝突以外の策は出て来ないのだ。だから、計画のほとんどをザルツに任せてしまうことになる。

 そのザルツの意見は、リーダーは士気を高めることだけを考えていればいい、とのことだ。


「この武器の運送は、三ヶ月に一度くらいしかないの。だから、今度は十二日後。それを逃すと、また三ヶ月待たなくちゃいけなくなるわ。失敗はできない……」


 プレナの瞳が一瞬、不安に揺らいだ。彼女は特別ではなく、ごく普通に生活して来た女性だ。荒事に不安を隠せないのは当たり前だった。

 そんなプレナを一瞥すると、ザルツはレヴィシアを直視した。それは、鋭い視線だった。


「レヴィシア、お前はどんなに危険でも、苦しくても、目的のためなら耐えられるか?」


 それを訊くのは今更だ。レヴィシアはうなずく。


「……プレナ、お前もだ」


 心なし青ざめた彼女にも、決意を迫る。


「うん……。ザルツの策なら信じるわ」


 二人の言葉を聞き、ザルツはようやく厳しい表情を解いた。


「それならいい。今度の作戦は、お前たちの覚悟と、ユイの腕に頼ることになる」


 ユイはすでに説明を受けているのだろう。静かにその続きを受け止めた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ