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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈11〉拘束

 緊張が強すぎて、心臓がギリギリと痛む。首を絞められているみたいに、呼吸も苦しかった。

 そして――。

 深緑色をした制服に身を包んだ一団が、狭い路地を抜けてやって来た。そばにはオドオドとした通報者の青年がいる。


「どうやら、本当のようだな」


 隊長らしき男性が周囲を見渡しながら、体に深く沈みこむような低音で言った。

 年齢は四十代後半くらいだろうか。巨漢のティーベットと同じくらいかそれ以上の、人一倍大きな体躯。鋭い双眸、ひげを蓄えた太いあご。威圧感にあふれた人物だった。


 彼はそこで伸びている荒くれたちとルヴェラを確認すると、四人ともロープで縛るように指示を出した。ルヴェラを拘束されるのは望ましいことではないけれど、仕方がない。大した情報を持っているわけではないから、致命的とまではいかないと、レヴィシアは諦めた。

 四人を兵士たちがそれぞれに担ぐと、隊長らしき男は低く問う。


「それで、そのレジスタンスはどこに逃げた?」


 住民たちは、ざわざわと顔を見合わせてささやき合う。率先してレヴィシアを突き出そうとする者は、最早いなかった。彼らは恨み言をぶつけられる先を探して叫んでいたけれど、目の前の少女を労わる気持ちも確かに残っている。

 答える者もいない、そんな様子に兵士たちは苛立った表情を見せた。

 レヴィシアは深く息を吸うと、声が震えないように気を強く持ち、声を発した。


「ここにいるよ」


 声を出すと同時に、心臓が張り裂けそうだった。けれど、表に出してはいけない。

 正面を見据え、数歩前に出る。握り締めたこぶしに、じんわりと汗がにじんだ。


「なんだ、お前は?」


 訝しげな面持ちの兵士たちに、レヴィシアははっきりと答える。


「レジスタンス、探してるんでしょ? あたしがそうだよ」


 ルテアたちは無事にロイズたちと合流して町を出ただろうか。まだ、そちらに目を向けさせたくない。時間を稼げるだけ稼ぎたかった。

 隊長らしき男は、レヴィシアの言葉を鼻で笑った。


「お前が? 本物を庇っているのだとしたら、無駄なことだ。早く正直に話せ」


 レヴィシアは男の鋭い目をきつく睨み返した。そのことに、彼は少し驚いた風でもある。

 落ち着けと自分に言い聞かせるように、もう一度深く息を吸う。そうして声を張り上げた。


「あたしはレブレム=カーマインの娘、レヴィシア。レジスタンス組織『フルムーン』のリーダー……これを嘘だと思うなら勝手だけど」


 どよめく声がいっそう大きくなった。

 けれど、隊長らしき男だけは無言でレヴィシアを見ていた。その言葉の真偽を見抜こうとしているのだろう。だから、レヴィシアも目をそらさずにいた。

 この空間には二人しかいないのだと錯覚してしまうくらい、二人はお互いを直視していた。その空気を先に破ったのは、彼だった。


「レブレム=カーマイン、か。その娘だというなら、あのヴァンディア監獄を破り、ロイズ=パスティークを脱獄させたのはお前の仕業だと? そう、噂されているが」

「一人でってわけじゃないけどね」


 隊長らしき男に、部下のささやき声が届く。


「……それじゃあ、本当にこの娘が?」

「確かに、ただの小娘にしては肝が据わっている。ただ、自分から名乗ったことが気にかかるが」


 その一言に、レヴィシアははっきりと答える。


「あたしはあたしの信念で行動してるの。名乗って不利になっても、今ここで捕まっても、それは曲げられないものだから」


 すると、彼はレヴィシアの企みを探るような目をしたが、フン、と鼻で笑った。ただの少女にこの状況から逃れることなどできないだろう、と。


「いいだろう。それでは、武器を投げて寄越せ」


 レヴィシアの武器は、鮮やかな真紅の柄をした短剣一本だけだ。三日月のように湾曲したそれは、亡き父からの贈り物で、本来なら片時も手放したくないけれど、それは通らない。

 腰に固定してあったベルトを外すと、それごと前方に放った。カシャン、と硬質な音がして、歳若い小柄な兵士が慌ててそれを拾い上げる。


「それだけだから」

「よし、前に出ろ」


 少しずつ歩いた。ひざがうまくいうことを利かない。

 部下の兵士たちは丸腰のレヴィシアを囲むと、腕をひねり上げ、後ろで縛り付けた。縄目が痛いけれど、そんなことは瑣末だ。



 ただ、隊長らしき男は、亡くなった少年のそばにひざまずくと、何か悔やみの言葉を家族に残し、目礼して戻って来た。

 彼は国軍の兵という理想を共有できない相手だけれど、きっと立派な人なのだと、それだけは認めた。それは少し苦しいことだったけれど。

 そして、レヴィシアは繋がった縄を引かれ、兵士に挟まれながら歩いた。それでも、顔は上を向いた。うつむく必要なんてない、と。



 そうして、人ごみの中を歩き続け、兵士たちの詰め所と拘留所のある敷地内へと足を踏み入れることになる。緑の芝の上に立つ、飾り気はないが白く大きな建物が詰め所だろう。その建物の前に、とある一団が控えている。その姿を見た時、レヴィシアは呆然としてしまった。

 グレーの制服を着た兵士たち。白い襟とすそは装飾的で、すっきりとしたシルエットが洗練されているが、そんなことはどうだっていい。


「レイヤーナ……軍」


 レヴィシアは思わずつぶやいていた。

 兵士に囲まれた小柄なレヴィシアは、彼らからは見えなかったのだろう。レイヤーナ軍の制服に腕章を付けた男が一人、こちらに向かって来る。かろうじて見えたその人物は、驚くくらい印象が悪かった。

 年齢は三十代半ばというところか。短髪を撫で付け、外見におかしなところはない。ただ、にやけた表情や、ねっとりとした視線が、人間性を表しているように思えた。


「ご苦労だったね、ニカルド君」


 隊長らしき男はニカルドというらしい。けれど、この男に軽々しく呼ばれることに違和感を感じた。ニカルドの方が年齢は随分上なのに、敬意がない。

 それは当のニカルドも感じているのだろう。顔は見えないが、声が硬い。


「これはグレホス殿。まだおいででしたか」


 ハハ、と笑う耳障りな音がする。


「いたとも。君たちがレジスタンスを取り逃してしまったら、手伝わなければならないと思ってね。……そこの小汚い男たちがレジスタンスかい?」

「……いえ、この者たちは市民に暴行を働いた者たちで、レジスタンスではありません」

「ほう。じゃあ、レジスタンスには逃げられたのかな?」


 心底小馬鹿にしたような喋り口調に、ニカルドの部下の一人が噛み付くような声を上げた。


「ちゃんと捕まえましたよ! ほら、ここに!」


 そう言って、レヴィシアの正面を空ける。レイヤーナ軍のグレホスは、一瞬目を丸くしたが、嫌な笑い声を響かせながら歩み寄って来た。そして、その手をレヴィシアに伸ばし、彼女の顎を強くつかんで顔を更に上に上げさせた。乱暴な指が頬に食い込む。


「これが? この小娘がレジスタンス? なんともかわいらしいものだな。この国はこんなものも鎮圧できずにいると? これは傑作だ!」


 グレホスは癇に障る笑い声を轟かせながら、その場を去って行った。

 レヴィシアは、その背が見えなくなるまでにらみ付けてやったが、ニカルドの部下たちも同じような目をしていた。


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