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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈10〉ごめんね

 幼さの残る少女は、気の強さを物語っている目を怒らせ、レヴィシアに向ける。


「レイヤーナの属国だろうとなんだろうと、今日みたいなことが起こるくらいなら、その方がまだマシじゃない!」


 その言葉が終わるよりも先に、ルテアは手にしていた折りたたみ式の槍を手際よく解体して服の下にしまった。そして、レヴィシアの横をすり抜け、駆け出す。兵士を呼びに走った青年を止めるつもりだったのだろう。

 その時、レヴィシアは思わず叫んだ。


「待って!」

「っ!」


 ルテアは勢い余って前につんのめるように大きな動作で急停止する。顔をしかめ、レヴィシアを振り返った。


「待ってる暇なんかないだろ! 早く止めないと――」


 けれど、レヴィシアはかぶりを振った。

 今から走れば、ルテアなら追い付ける。だから、止めた。


「駄目。ルテアが行くのはそっちじゃない。ロイズさんやみんなを避難させて。急いで……お願い」


 この切迫した状況で、ルテアは思考が停止してしまった。切れ切れに言葉を吐く。


「……何、言ってる?」


 レヴィシアは、視線を子供の骸とその家族に向けた。


「あたしもね、あの子にどうやって報いたらいいのかわからない。……けど、きっと怖くて痛くて苦しかったはずだから、あたしはここで逃げちゃいけないんだよ」


 今、背を向けたらきっと、二度と向き合えない。

 けれど、ルテアは今までに見たこともないような険しい表情で向かって来ると、レヴィシアの腕を強くつかんだ。それは思いのほかに乱暴で、顔をしかめてしまうくらいに痛かった。


「ふざけるな! 一時いっときの意地で、全部棒に振るつもりか? ここで逃げないなら、捕まってどうするんだよ!」


 痛い。締め付ける力が、ルテアの声と同調して更に強くなる。

 けれど、これほどまでにルテアが怒るのは、それだけ心配してくれているからだ。それをわかっているから、レヴィシアは穏やかな声で言った。


「ただ待ってるよ。みんなが助けに来てくれるのを」


 レヴィシアは強く食い込んだルテアの手に自分の手を重ねた。


「それとね、これは意地じゃないよ。あるのは覚悟。それを語る以上、あたしはなんだって賭けなくちゃいけない。それがあたしの責任だから」

「そんなのは……っ」

「今逃げたら、この人たちにはレジスタンスに対する強い憎しみしか残らない。それがわかっててただ逃げるなんて、そんな人間には何も変えられないよ」


 アーリヒやフーディーは、レヴィシアの想いを否定することはしなかった。手放しで賛成もできないけれど、人の憎しみの強さを知るからこそ、彼女の可能性に賭けたかったのかも知れない。


「レヴィシアちゃん!」


 クオルは泣きそうな顔でレヴィシアに飛び付こうとしたが、アーリヒが首根っこを引っ張ってそれを止めた。


「シェインに事情を説明する暇がないけど、あれで場数は踏んでるから、下手は打たないと思うよ。せめて役に立つといいんだけどね」

「ありがと、アーリヒさん」


 レヴィシアは微笑んだ。アーリヒは心配しつつも、レヴィシアの覚悟を優先してくれる。時間がないことも理解してくれた。

 ただ、問題は――。


「ルテア」


 大事な人を喪い、乗り越える強さもあった。けれど、彼は臆病にもなったのだと思う。

 それが悪いはずもなく、心配してくれる気持ちをありがたく感じる。それでも、時間は待ってくれない。


「まだまだ、やることいっぱいなんだから。あたしは少しも諦めてないし、みんなが来てくれるって信じてる。だから、行って。……お願い」


 腕を締め付けていたルテアの指が少しずつ解れ、そして離れた。

 その次の瞬間、もう一度だけ、離れたはずの温もりが戻った。体を包み込むように満たされる。ルテアは抱き締めたレヴィシアの耳元に言葉を残した。


「絶対、抵抗はするな。すぐ、助けに戻るから……」


 震えているのはどちらだったのか、お互いにわからなかった。

 レヴィシアは、自分がひどいことを頼んでいるのだと自覚した。もし逆の立場で、仲間を置いて去れと言われたなら、自分にはきっとできない。

 だから、心の中でごめんねと謝ることしかできなかった。



 彼らの去った方角をぼうっと眺める。去り際の彼らがどんな顔をしていたのかは見えなかったけれど、その方がいいと思えた。

 そんなレヴィシアの背に、細々とした声がかかる。


「お嬢さん、どうしてあんたがそこまでする? レジスタンスとやらは、覚悟なんて重たいものを、あんたみたいな娘さんにまで強いるのか?」


 レヴィシアは振り返ると、穏やかに微笑んだ。


「覚悟は人それぞれ。でも、あたしは役割を全うしたいの。……がんばるから、見ていてね。捕まったって、立ち直ってみせるから。そうしたら少しでもいい、無駄じゃないって……諦めなければ、この国の未来は明るいって思ってほしいな」


 誰かがそれに答えようとした。

 けれど、ガッガッと叩き付けるように荒々しい靴音に気を取られ、その先の言葉は消え失せた。

 来たのだと、レヴィシアは覚悟を決める。


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