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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈8〉歪んだ叫び

 小さな男の子の動かない体。その母親の、狂乱に等しい慟哭。

 痛ましいその中で、レヴィシアは傍らのアーリヒに尋ねた。


「一体、何があったんですか? シェインもいないみたいだし……」

「アイツなら出かけてるよ。タイミングが悪いったらないね」


 顔をしかめると、アーリヒは伏し目がちにつぶやいた。


「いや、悪いのはアタシか」

「アーリヒさん?」


 すると、急にクオルが声を張り上げた。


「お母さんは悪くない! 悪いのはアイツだよ!」

「あいつ?」


 ルテアが尋ね返すと、アーリヒが静かに答えた。


「この前の作戦で助けた組織のやつだよ。そのうちの何人かは、そのまま活動を手伝いたいって言い出しただろ?」

「はい。アーリヒさんのところにも一人、お願いしてました。ルヴェラっていう青年ひとでしたよね?」


 名前はかろうじて思い出せたけれど、顔は曖昧だった。目まぐるしい作戦の中、困憊した状態で一度会っただけだ。それでも、アーリヒたちに託せば大丈夫だと、特に気に留めていなかった部分がある。


「その人が、何か?」

「うん。……実は、遁走中だ。うちの宿六が留守ってのは、そいつのことを探しているせいで、それが今回のことの原因かも知れない」


 ため息の似合わないアーリヒがそれをするから、レヴィシアはひどく不安になった。クオルはその傍らでプリプリと憤る。


「あいつ、最初はさ、いつ作戦が始まるんだとか、自分にはいつ武器がもらえるんだとか言っちゃってさ。作戦の時は最前列で戦ってやる、自分はこんな下っ端で終わるなんてあり得ないイツザイだとか、都合のいい夢ばっかり見てさ、すっごくうっとうしかったよ」


 クオルは男には厳しいが、ここまで辛辣になるにはそれなりの理由があったのだろう。ルテアは嘆息した。


「たまにいるな、そういうやつ」


 その一言に、アーリヒは苦笑する。


「まあ、そうなんだけど。下手に出歩くなって言っても聞きやしなくてね、たびたび外を出歩いてたんだけど、そのうち噂でレジスタンス狩りの噂を耳にしたらしいんだ。前の組織の時は、摘発されても助けが来たから悲惨な目には遭ってないし、活動もほとんど参加してなかったらしいから、詳しくは知らなかったんだって……」


 そうしてようやく、アーリヒの自責の意味を知る。


「それから、すごく怯え出して閉じこもっていたかと思えば、朝にはいなくなってた。アタシがもう少し、気を付けていればよかったのにね」


 その言葉を吹き飛ばすように、クオルは勢いよく顔を上げた。


「違うよ! お母さんが悪いんじゃない! あのヨワヨワの馬鹿が悪いんだってば!」


 けれど、アーリヒは自分を気遣う息子にかぶりを振った。


「でもね、組織ってのは、そんな風に割り切れないんだ。一端が全体を壊すことになる。以前にもそんなことがあったんだ。わかるだろう?」


 アーリヒたちがレヴィシアたちとで会う前の組織『ゼピュロス』は、内部の裏切りによって崩れた。そのことを言うのだろう。


「……ただ、組織どころか、周りにまで迷惑がかかるようではどうにもならないね。あれが、家を間違えた結果でないとは言い切れないよ」


 ひやりと背筋の凍る一言だった。


「い、家を間違えた? まさか、ボクたちの……?」


 クオルが震えている。

 まさかとは思う。


 けれどもし、ルヴェラが保身のためにマクローバ一家を売り渡そうとした可能性があるのだとしたら。

 そのせいで、関係のない家族が犠牲になったのだとしたら。

 レヴィシアはアーリヒの心情を思うと、うまく言葉が出てこなかった。

 すぐにでも飛び出したかったはずなのに、クオルを置いて行けなかった。その結果が、息子と同じ年頃の子供の命を奪う結果になってしまった。

 本当は、あそこで泣き叫んでいたのは自分だったのかも知れないと、アーリヒは口に出さずに自分を責めている。

 込み上げて来るたくさんの思い。それらの収拾が付かないまま、勢いで口を開いた。


「ねえ、このこと、ユイやザルツに知らせ――」


 言い終える前に、その言葉は消滅した。

 こんなことのあった後で、物音に敏感になっていたレヴィシアたちの耳に、カタンと小さな音が飛び込んで来る。とっさに音がした家の方に顔を向けたが、人影は見当たらなかった。

 猫か何かかと思った瞬間、ルテアだけが駆け出していた。

 隣接する家の隙間、両腕を広げるほどの幅もない空間に、槍を放り出して滑り込む。そこに置かれていた雨水の溜まった水瓶を、手を使わずに飛び越し、更に奥へともぐる。


「ル、ルテア?」


 とっさのルテアの行動にレヴィシアがうろたえていると、奥からもみ合うような短い悲鳴が上がった。そうして出て来たルテアの前には、一人の青年がいた。


 血走った眼と土気色の顔は、見るからに弱り切っている。なのに、それでも消えない貪欲さを感じた。

 かろうじてルテアが押さえているものの、ゆとりはない。手負いの獣のような必死の抵抗にルテアは顔をしかめ、広い場所に出た途端、ひざで彼の背に乗るような形で地面に押し付ける。

 彼はそのままの体勢で顔だけを上げ、うなった。


「俺をどうしようってんだ!」


 ルテアは複雑そうな面持ちでアーリヒに問う。


「こいつが例の?」


 アーリヒは神妙にうなずいた。


「ああ。まだこんなところにいたなんてね。一人で逃げる度胸もなかったようだ」


 その言葉に、彼――ルヴェラは噛み付くような勢いでアーリヒをにらみ付けた。


「黙れ!」


 けれど、その勢いは長く続かなかった。

 感情が昂ぶり、言葉に詰まると、今度は涙を浮かべた。そして、口もとを歪めて嗚咽を漏らす。


「俺だけじゃないだろ……っ! レジスタンス活動なんて、俺はまだ何も……。してんのはお前らだろ? なのに、なんで俺がこんな目に遭うんだよっ?」

「何……言ってるの?」


 レヴィシアは唖然とつぶやいた。彼の言葉が理解できずにすり抜けて行く。


「なんでこんな、怯えながら逃げなきゃならないんだよ!」


 それからも、ぶつぶつと独り言を繰り出し続ける。レヴィシアはそれを遮るようにして口を開いた。


「レジスタンスは国の、みんなの未来のために存在するの。あなたはそれに参加しようと思ったんでしょう? だったら、あなたがみんなを守らなきゃいけないのに、自分だけ逃げてどうするの? ――人が一人亡くなったんだよ。あなたはあの子にどうやって報いるの?」


 けれど、ルヴェラは少年とその家族に目を向けることすらしなかった。

 見たくない。きっと、それだけの理由だった。

 彼の中には、自分しか存在しない。


「知るか、そんなこと! 俺が殺したわけじゃない! 大体、一歩間違えたら俺がああなってたんだ!」

「こいつ……っ」


 ルテアでさえも嫌悪感を露にしていた。それでも、彼の言葉は止まない。


「レジスタンスなんて、やっててもいいことなんかひとつもないじゃないか! こそこそ隠れてばっかりで、捕まれば悲惨なだけで! だから、俺はもう辞めたんだ! もう放っておいてくれ!」


 その言葉のひとつひとつが、レヴィシアにはただ悲しかった。


「じゃあ、あなたはどうしてレジスタンス活動をしようと思ったの? 国を変えたい、みんなを助けたいと思ったからじゃないの?」


 恐怖の前で、自分の思いを貫くことの難しさを痛感する。

 それとも、簡単に歪んでしまった志が紛い物だったのか。

 自分はどうなのだろう。どこまでこの心を貫き通すことができるのだろう。

 少なくとも、ルヴェラにそれだけの強さはなかった。


「うるさいうるさい黙れ黙れ!! 綺麗事ばっかり吐くな! お前みたいなやつ――」


 半狂乱でわめき散らしていたルヴェラの脳天に、レヴィシアの背後から伸びた樫の杖の先端が振り下ろされた。堅い堅い杖により、ルヴェラはぱたりと昏倒する。


 いつの間にやら忍び寄っていた杖の持ち主の老人は、

「やかましい」

 と、吐き捨てた。


「フーディー……」


 組織の最長老、フーディー=オルズである。


 レヴィシアはアーリヒのことはさん付けで呼び、敬語で話しますが、その旦那のシェインや最年長のフーディーにはタメ口です。

 ようするに、その場のノリです。凛とした大人の女性であるアーリヒは、呼び捨てできる気がしないのです。シェインは出会い方が悪かった上、気さくな性格なので、問題ありません。フーディーもそうです。

 今後も、レヴィシアにはそういう部分があります。

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