〈7〉消えた命
皆の視線を受けても、その赤い髪をした女性は少しも怯まなかった。
凛とした美しさの中に妙な迫力を身に付けている。ぴんと伸びた背筋と、意志の強そうな瞳のせいだろう。
彼女は胸を張り、堂々と少年を蹴り付けた男のそばまで歩き、手が届くほどの距離からきつく男をにらみ付けた。
「子供をいたぶって、それが正義だって偉ぶってるアンタたちを見てると、反吐が出るよ。この下衆!」
「何をっ!」
「ほんとのことじゃないか」
彼女はふぅ、とため息をついた。その仕草がいかにも馬鹿にしている風で、男はひげだらけの赤黒い顔をひく付かせた。
「偉そうな口を利くな! この、よそ者が!!」
唾が飛沫する剣幕で男は怒鳴り、彼女は顔をしかめた。
「よそ者だから、なんだって? どこから来ようと、人は人じゃないか。偉人と下衆の区別くらいはどこも同じだよ」
彼女、アーリヒ=マクローバは、誰に対しても自分の思いをはっきりと口にする。それが災いのもとであるとしても。
恐れを知らずに男を罵倒する彼女を、誰もがハラハラと見守っていた。けれど、男が耳まで赤黒く変色させたさまを見て、限界が近いことはレヴィシアにもわかった。無事を喜んだのも束の間だ。
その時、レヴィシアがルテアの腕から抜け出すよりも先に、一軒の家から飛び出して来た子供がその空気を破る。アーリヒと同じ髪色をした少年――息子のクオルだ。
半泣きの状態で、口論する母親のもとへ駆ける。幼いながらにも、母親を助けようとしているのだろう。
クオルが飛び出したことに驚いたルテアの隙を突き、レヴィシアはその手をすり抜けた。再びつかまれそうになるのを振り切り、レヴィシアは渦中へ足を踏み入れる。
男の手がアーリヒに向かって振りかぶられた時、レヴィシアは腰に忍ばせてあった短剣を男の首筋でぴたりと止めた。
「っ!」
思わぬ伏兵に、男は振り上げた手を下ろすこともできずに固まった。こうなってしまえば、空威張りも何もない。ただ、小刻みに震え、口を魚のように動かすだけだった。
「あたしもこんなのは許せない!」
けれど、男の仲間も黙ってはいなかった。
「この……っ!」
レヴィシアを取り押さえようと向かって来た男二人は、二人の背後を旋回した銀色の光によって昏倒する。二人が倒れた後には、短く細い組み立て式の携帯槍を手にしたルテアがいた。面持ちは複雑なものだったけれど、レヴィシアはそれには触れず、自分が捕らえていた男の首筋に短剣の柄頭を素早く連続して叩き付けた。
ぐぅ、とうめいて前に倒れ込んで来た男を、アーリヒはひらりとかわす。
ルテアは聞こえよがしにため息をついた。
「まったく、あれほど飛び出すなって言ったのに……。どうすんだよ、この後」
そんな緊迫した状況を無視して、クオルはレヴィシアに抱き付いた。
「レヴィシアちゃん!」
レヴィシアは自分の腰に腕を回しているクオルの頭をそっと撫でる。
「怖かったね。大丈夫?」
「うん、うん」
ルテアはそんなクオルの首根っこをつかんだ。どさくさに紛れているだけで、この子供は結構図太い。単に抱き付きたいだけなのだ。
「抱き付く相手が違うだろ。母親んとこ行けよな」
「今更お母さんに抱き付いて、何が楽しいっていうのさ?」
ぼそ、とそんなことを言う。このガキは、とルテアが思った瞬間、更なる絶叫が轟いた。
振り返れば、そこには泣き崩れる母親に抱きかかえられた少年の姿があった。白目をむき、口もとから血を滴らせたその顔に生気はない。
屍となった子供のそばでひざを付き、両手で顔を覆って嘆く父親と、弟の死という現実が受け入れられずに呆然とする少女。
駆け付けたアーリヒが脈を取るが、力なくかぶりを振るだけだった。
誰もが彼らを遠巻きに見守っていた。近付きたくないのではなく、近付けなかった。
かける言葉もなく、救える手立てもない。
悲しみを受け取って、共に悔やむことしかできずにいる。
レヴィシアたちもまた同じだった。
戻って来たアーリヒは、彼女にしては弱い声音でつぶやいた。
「なんで……こんなことになったんだろうね」
その声は、まるで自分を責めているかのようだった。




