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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ

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〈6〉知らずにいたこと

 その時、先に異変に気付いたのはルテアの方だった。

 もうすぐそこに路地の切れ目がある。そこを抜ければ、マクローバ一家の滞在している家があるはずなのに。

 明らかに異質な怒声が耳をつんざく。


「うるさい!」


 それから、ガッと何かがかすれ、ぶつかった音がした。そして、音そのものよりも、空気が伝えた振動のような咳。

 二人は顔を見合わせると慎重に路地からその光景を見やった。最初、その光景を目の当たりにし、それでも理解できずに立ち尽くした。


 粗末な民家に囲まれ、ほんの少しだけ開けた場所。そのはがれた石畳の上で、まばらな人垣ができている。その人垣が囲んでいる先に、無骨な三人の男がいた。粗野な格好からして、傭兵だろう。彼らは、一軒の家から連続して出て来る家族を引っ張り出していた。

 まず父親。痩せた両手を白髪だらけの後頭部で組んでまっすぐに歩く。

 続いて母親。つぎを当てた肘を上げていた。

 そして、十二歳くらいの娘。泣きじゃくりながらも母親に付いて歩く。

 最後の一人、まだ七、八歳の痩せ細った少年は、立つこともままならず、激しく咳き込みながらも、首根っこをつかまれて引きずられていた。

 その四人には、それぞれに殴られたような痕が真新しくある。温厚そうな彼らには似合わない傷だった。


「な……」


 レヴィシアは言葉を失くしていた。その光景に、吐き気すらする。

 特別ひどく殴り付けられた様子の父親が、口もとに付着させている血が鮮やかに視界に浮かび上がる。自覚もないまま足元が覚束なくなっていた。ルテアの手が背中を支えてくれた時、それに気付く。


「何……あれ。あんな弱った子にまで……。なんで? 嫌だ、こんな……っ」


 うわ言のように声をもらすレヴィシアに、ルテアは言い聞かせるような落ち着いた口調で言った。


「あれは多分、レジスタンスを匿った家への仕打ちだ。ああいう、褒賞金目当てで過度なことをするやつもいるからな」

「え?」


 レヴィシアが振り返ると、ルテアはどことなく青ざめていた。


「まさか、シェインたちが見付かって――」


 自分で口にしてぞっとした。けれど、ルテアは冷静だった。落ち着けと諭される。


「まだ、マクローバ一家のことがバレたとは限らない。もう少し、様子を見ないと……」

「でも、あの家族はどうなるの? あの家族が直接活動をしたわけじゃないのに、あれじゃあとばっちりじゃない! あんなの、許せないよ!」


 口では威勢のいいことを言いながらも、震えが止まらなかった。

 ルテアは何故か、虚無的な遠い目を垣間見せた気がした。急にかすれて消え入りそうな声で言う。


「お前さ、ほんとにうまく隠れて来られたんだな。……ユイのお陰か」

「ルテア?」


 その時、レヴィシアはようやく気付けた。

 ルテアが落ち着いているのは、この光景を初めて目にしたわけではないからなのだと。

 自分が知らずにいたことの重みが、今になってレヴィシアにずしりと重くのしかかる。

 危険がなかったわけではない。危なくなって、肺がおかしくなるほどに走って逃げたりもした。

 けれど、それは自分に降りかかった出来事に過ぎない。それ以外の場所で、巻き込まれた人が悲惨な目に遭っているなどとは考えが及ばなかった。


「やっぱりすごいんだな、ユイは」


 自嘲気味につぶやいたルテアの声は、すでにレヴィシアの耳には届いていなかった。

 ついには血を吐き、冷たい地面の上に倒れた少年の横っ腹を、男の一人がしたたかに蹴り上げる。振り返って、耳を覆いたくなるような悲鳴を上げた母親の顔を、そばにいた他の男が殴り付ける。そして、泣き出した少女も、駆け寄ろうとした父親も。


「っ……」


 限界だった。

 目立つ行動は避けるべきだという考えは頭から抜け落ち、ただあの男たちを殴り付けたい衝動だけが先に立った。

 けれど、飛び出しかけたレヴィシアの腕を、ルテアがつかんで引き寄せる。


「止めろ。あれは見せしめだ。あの家族が実際にレジスタンスを匿ったかどうかなんて、真偽は二の次なんだ。ああやって民衆に見せ付けて、レジスタンスと関わりを持たせないように……歯向かおうなんて気を起こさせないようにしてるんだ。後は、お前みたいに飛び出して来る不穏分子を捕まえられたら一石二鳥だ。……だから、飛び込んだら駄目なんだ」


 頼むから止めてくれと言うルテアから、レヴィシアは目をそらした。

 正論だろうと聞きたくない。

 同じように飛び込んで行きそうに思えたルテアに止められたことが、レヴィシアにはショックだった。


 つかまれた腕を振り払おうと力を込めた。けれど、外れない。その力の差すら量れなかった。

 わからないこと、知らないことばかりだ。

 組織をまとめなければいけない立場なのに、知らないことばかりで許されて来た。

 そんな甘えを今更に感じる。

 恥ずかしいし、悔しい。それよりももっと、情けない。

 馬鹿みたいだ。ぐったりと、体から力が抜けて行く。

 何をやっているんだろう、と思った。



 そんな時、鮮烈なその声に目を覚まされた。


「いい加減にしなよ!」


 その場にいた人間の視線がすべて、一点に集結する――。


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