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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈39〉心の澱

 ザルツの暗号の内容をユイに状況を説明しようとすると、ルテアにも話さなければならなかった。けれど、ルテアはまだ疑っているのか、厳しい面持ちで押し黙っただけだった。

 そして、家に戻ってすぐにプレナから事情を説明されたサマルも、意外に冷静だった。すぐに合流すると言い残してまた外へ飛び出してしまったけれど、今は構っていられない。

 プレナに残るよう説得すると、レヴィシアはユイとルテアと共に領主館へ向かう。

 そうして、少し寄り道をしてから地下室に辿り着いた。



 レヴィシアは、震える手で扉を開いた。それだけの仕草が、ひどく難しく感じられる。

 ひとつひとつの動きが緩慢になる。時間を稼いだところで無意味なのに、体がうまく動かなかった。

 けれど、決意して扉を開き切る。

 中にいたザルツ、リッジ、エディア、シェイン、フーディーは、いっせいにそちらを向いた。

 ザルツ以外のメンバーは、レヴィシアたちを不思議そうに見た。


「お父さん?」


 ユイに支えられたロイズに目を向け、エディアは声をもらした。意外すぎる組み合わせに、首を傾げるばかりだ。


「珍しいですね。どうされたんですか?」


 リッジはそう微笑んだ。その笑顔はいつも明るく、人懐っこい。


「……リッジ」


 レヴィシアが呼びかけると、彼はレヴィシアにその微笑を向けた。


「うん?」


 こうして面と向かってみると、何かの間違いではないかという気がしてならない。

 そうでなければ、こんな風に笑えるだろうか。こんなにも穏やかに。

 エディアとシェインは、前に進もうとするロイズに駆け寄り、ユイから受け取るようにして支えた。

 ザルツは徐々に壁際に寄り、成り行きを見守る。フーディーも何かを感じたようで、それに倣った。

 ロイズは不自由な足で進むと、リッジにそっと声をかける。


「なあ、リッジ。お前、何か隠していることはないか?」


 すると、リッジは大げさなくらいに吹き出した。


「なんですか、それ」


 それでも、ロイズは真剣な面持ちで続ける。


「正直に答えてくれ。お前は私を支えてくれた大切な仲間で、息子のような存在だ。だから、信じたい。お前は、先日襲われた同胞の死に関わってないと……お前の口から潔白だと聞かせてくれ」


 リッジよりも、シェインやエディア、フーディーに衝撃が走る。むしろ、平然としている彼が異質に思えた。嘆息して口を開くさまに、なんの動揺も見られない。


「ラナンさんの? 僕には彼に死んでほしい理由なんてありませんよ。どうしてそんなことを仰るんですか?」


 ザルツが握り締めたこぶしが、僅かに震える。


「ラナンさんにはなかったかも知れない。巻き添えだったんだから」


 その声に、リッジはゆっくりと首を向けた。気だるげに見える動きだった。


「へぇ……」


 そんな彼に、ザルツは言う。


「殺したかったのは、俺だろう?」


 眼鏡の奥の感情を、リッジは受け取ったはずだが、取り合おうとしなかった。


「まさか」


 と、失笑する。

 誰もが慎重だった。けれど、その展開に痺れを切らしたのはルテアだった。


「ちゃんと答えろよ! お前は何もしてないのか、お前のせいなのか、答えろ!」


 その悲痛な声に、リッジは初めて寂しげな目をした。


「僕はね、ラナンさんに死んでほしいなんて思わなかった。それは間違いのないことだよ」


 その言葉の先を遮るように、開け放ったままの戸口から声が響いた。


「――ただ、結果的にそうなってしまっただけだって?」


 感情を抑え、強張った顔で現れたのはサマルだった。


「サマル?」


 彼の背後に、短く刈った褐色の頭髪をした青年がいる。

 見覚えはない。けれど、彼が誰なのか尋ねるゆとりがなかった。

 そして、それはすぐに語られる。


「襲撃者の中に、こいつの兄貴がいたそうだ。事件の後から聞き込みを始めて、やっと見付けた証人だ」


 ざわ、と室内が揺れる。

 青年は不安げにサマルを見やり、それから重々しく口を開いた。


「あ、兄のしたことは、決して許されません。それは承知しています」

「それはわかったから、先を」


 サマルが促すと、彼は声を絞った。


「兄はあの日、返り血を浴びて帰って来ました。僕は驚いて兄を匿い、事情を聞き出しました。ひどく怯えて、切れ切れに語った内容は、信じられないもので……。無頼とは言っても、兄も人の子です。そんなむごいことを、と――」


 青年の語りに、誰も口を挟まなかった。ただ静かに先を待つ。嫌な汗を手に握りながら。


「兄はここ数日のうちにやつれ、病みながら後悔し続けています。だから、僕が代わりにここへ来たんです。そのご家族にお詫びするために」


 息を切らして言い終えた青年は、怯えたような目を一点に向けた。それを正面から受けるリッジの瞳は、極寒の闇夜のような虚無を抱えていた。


「兄は……あなたに……」


 その言葉を、リッジは静かに遮った。


「もういいよ、茶番は」


 ぴしゃりとした口調で、それから小さく笑う。


「ねえ、サマルさん、あなたもザルツさんと同じですね。どうしてそんなにも僕を疑っていたんですか?」


 その穏やかな口振りが、かえって寒気を感じさせる。けれど、サマルは精一杯に虚勢を張って言葉を返した。


「お前は、向かって来る敵も、逃げる弱者も、同じように斬り捨てるやつだから。邪魔か、そうじゃないか、それだけの認識で、邪魔なら排除すると思った」


 リッジは、面倒な様子でため息をつく。


「それで、そんな証人をでっち上げて、追い詰めたつもりですか? セリフもご自分で考えたんですね。ご苦労様なことで」


 その一言に、サマルはたじろいだ。証人の青年も、強張った顔でサマルを見やる。

 レヴィシアは、サマルが一人で動き回っていた意味を知らなかった。だから、混乱する頭で必死に状況を把握しようとする。

 すると、ザルツの抑揚のない声が室内に響く。


「でっち上げと断言するのは、何かを知っていると言っているようなものだ」


 リッジはザルツの言葉に、一瞬だけ笑みを消した。


「別にいいですよ。そう思えば。これだけ疑われているなら、違うって言ったところで無意味でしょう。否定しても、これじゃあ動きにくいだけです。僕が関わっているという証拠はつかめなかったみたいですけど、おまけしておきますよ。認めてあげましょうか」


 ざわ、と周囲が騒いでも、リッジはまるで気に留めない。ペースを崩さず、にっこりとザルツに再び微笑む。状況が違うと、笑顔の持つ意味がこんなにも変わるのかと、レヴィシアは苦しくなった。


「ザルツさんにはずっと付いてたのに、どうやってレヴィシアたちと示し合わせたんですか? 本当に、二人きりになるような隙は見せないし、抜け目のない人ですね。まったく――」


 ゆるくかぶりを振りながら持ち上げた顔には、覆い隠していた殺気があふれていた。


「不愉快だ」


 言葉をなくして息を飲んだレヴィシアに、彼は悪びれた様子もなく言う。


「本当は、もう少しそばにいたかったよ」

「え?」

「君たちの理想を壊すまで」


 もう、彼の顔に笑みはなかった。凍て付くような冷たさを帯びて行く。

 気を抜けば、飲まれてしまいそうだった。

 けれど、それでは駄目だ。

 こんな時だからこそ、気を強く持ち、ちゃんと気持ちを伝えなければならない。

 リッジも、これまで一緒に戦って来た仲間だ。敵などではない。

 レヴィシアはまだ、諦め切れなかった。ロイズもそれ以上に諦めることができなかったはずだ。


「リッジ、どうして……どうして、裏切るようなことを――」


 その弱々しいまでの悲痛な声に、そばで支えるエディアは苦悶の表情を浮かべる。


「……裏切る?」


 誰のどんな言葉にも動じなかったリッジは、その一言を皮切りに激昂した。


「先に裏切ったのは、そっちじゃないか!」


 レヴィシアはびくりと身じろぎ、その他の面々も身構えた。ロイズは急激に老け込んでしまったかのように小さくなる。


「それは……私が王にならないと決めたことを言っているのか?」

「当たり前だ!」


 ロイズの顔が、斬り付けられでもしたかに見える。それほどに痛々しかった。


「わかってくれたわけではなかったのか……」


 あれだけの信頼が崩れた時、彼の心がどう変化するのか、本当の意味で気遣うことができなかった。もっと早くに、あの笑顔が偽りだと気付けていればよかった。笑顔の奥で、その心を痛めていたのに、話を聴いてあげることさえしなかった。


「勝手なことを……っ。あなたが言ったんじゃないか! 自分がこの国を救う、民を守る王になるって!」


 リッジの叫びとロイズの苦悶が、レヴィシアにも突き刺さる。

 彼自身も、自らの一言一言に傷付いているように見えた。


「そんなものを信じて、何もかもを捨てた僕が馬鹿だったのか? 『王様のいない国』を見てみたいなんて、今更そんなことを言うのが裏切りじゃないって? そんなのは、途中で放り出したくなっただけの言い訳だ! 統治者がいない国なんて、存在できないんだよ!」

「そんなことない! みんなが願えば、実現できるよ!」


 とっさにレヴィシアは口を開いていた。

 けれど、その必死な思いを、リッジは唾棄するように一笑した。


「そう。……でも、君が本当にその意味を理解できているとは思えないんだ。君の素直さは危うい。そうやって、踊らされているだけなんだよ」

「あ、あたしは――」


 リッジとレヴィシアの間には距離がある。けれど、すぐそばに詰め寄られているような感覚だった。


「君は確かにリーダーという旗印シンボルかも知れない。でも、事実上、組織を動かしているのは彼だ。だから、僕は彼を消そうと思った」


 その漆黒の瞳がザルツを捉える。その嫌悪感は、いつからそこにあったのだろう。笑顔に紛れて知らずにいた。


「殺戮が当たり前なんて世の中にはしたくない? あなたはいつだって、ずるい人だ」


 ザルツは表情を変えない。ただ、静かにうなずく。


「そうだな」


 否定も動揺もしない。

 リッジはおもしろくなさそうに前髪をかき上げる。その後は、何かが吹っ切れたかのように清々しい面持ちに変じていた。


「まあいいや。もう、小細工なんて必要ない」


 そうして、笑った。


「そろそろ死んでもらおうかな。あなたが死ねば、この理想の実現は大幅に遅れるか、あるいは頓挫するか。……試してみようよ」

 

 リッジはザルツが大嫌いです。

 直接手を汚さずに人を殺しているのに、時折きれいごととも取れる甘い考えを口にするので。


 では、次で一段落です。よければお付き合い下さい。

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