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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈38〉言えない理由

 その翌朝、プレナはおずおずとレヴィシアに声をかける。


「ザルツも兄さんも、こっちの家には戻って来なかったわね」

「リッジのところかな? こっちの家よりも近かったから。ザルツ、歩くの辛そうだったし」


 何気なくそう答えたレヴィシアに、プレナは真剣な目を向ける。その強張った表情に、嫌な予感を感じてしまった。


「ねえ、昨日、ザルツがあんなに泥酔していた理由って、なんだと思う?」

「え? あんなことの後だもん。無茶な飲み方したくなったって、不思議はないよね?」


 すると、プレナははっきりとかぶりを振った。


「あんなことの後だもの。お酒に逃げるような真似、ザルツなら余計にしないわ」

「じゃあ、なんで……」

「私も確信があるわけじゃないの。ただ……確かめたいことがあるから、領主館の地下室まで今から行けないかしら?」


 そこでレヴィシアはちらりとユイを見た。ユイは悲しげな色をした瞳を向け、そっと口を開く。


「俺が行くと収拾が付かなくなる。俺は残った方がいいか?」

「そう……だね」


 もう、ユイがいなくなる心配なんてしなかった。待つというなら、待っていてくれるだろう。


「じゃあ、行こうか――」


 レヴィシアはプレナとルテアと共に領主館へ向かった。




 辿り着けば、そこはすでに口論の場となっていた。騒ぎ立てているのはティーベットである。

 昨日の集まりに欠席したシェインたちマクローバ一家は、今になってようやく状況を知ったのだろう。

 シェインは嘆息している。


「とりあえず、ちょっと落ち着けって。今まで普通に付き合って来ただろ? あんまり怨恨に囚われるとろくなことにならないから」


 そんな彼にも、ティーベットは吠え立てた。


「人事だからそう言えるんだろ! お前だって、もしアーリヒやクオルが殺されたら、そんなこと言えねぇはずだ!」


 クオルがアーリヒに寄り添い、びくりと体を震わせる。

 けれど、ティーベットの熱気とは対照的に、シェインは落ち着いた口調だった。


「言えねぇよ。けどな、あんたの荒れ方が、オレは嫌なんだ。父親が殺されて、一番つらかったのは嬢ちゃんだ。当たり前だろ。だから、あんまり苛めてやるなよ」


 ティーベットは一瞬、ぐ、と言葉に詰まった。


「俺は別に……」


 ほんの少し勢いをそがれた隙に、アーリヒも口を挟む。


「憎いって感情が、何もかもを塗り潰してしまうくらいに強いってこと、今のアンタならわかるだろ? それを抱えながら、隣に並んで立てるようになったレヴィシアは偉いよ。だから、駄々をこねて困らせるような真似は止しな」


 ティーベットは、ただ苦しそうに顔を歪めていた。すると、アーリヒは不意に優しい目をした。


「ユイもアンタも、レヴィシアには必要なんだ。選べなんて、残酷だよ。それともアンタは、それほどまでに恩義を感じている人の忘れ形見に、そんな仕打ちができる人間なのかい?」

「アーリヒさん……」


 自分は、そんな風に言ってもらえるような立派な人間ではない。それでも、レヴィシアは嬉しかった。

 ティーベットは押し黙ると、ぼそりとつぶやく。


「それでも、俺にはまだ、なんの整理も付かねぇ。だから、そばには寄せるな。それが最大の譲歩だ」


 彼自身、自分の感情を持て余して苦しんでいる。彼が悪いわけではないのに。

 うつむいたまま、部屋を出ようとする。その背中に、レヴィシアは言葉をかけた。

 ありがとう、と。



 騒動は一段楽したかに思われた。

 けれど、プレナは机の上を何故か丹念に調べている。細い指がたどるその先を、レヴィシアもなんとなく見やった。

 そして、その爪痕を見付けてしまう。


「え……」


 プレナも痛々しい面持ちでうなずいた。


「やっぱり……でも……」


 その場所は、昨日ザルツが酔い潰れて突っ伏していた場所だった。

 酒を煽った理由は、酔い潰れたように見せて、これを書き込むためだったのだ。


 机の木目に紛れた爪痕は、一見して文字には見えない。それは、暗号だった。

 ザルツが暗号用に作り出した文字。

 以前、これを無理やり覚えさせられた。これを解読できるのは、活動前から共にいるレヴィシアとプレナ、ユイだけだ。他の人間の目に触れても、なんのことだかわからないのだから、消されずに残った。

 その内容に、レヴィシアは愕然とする。


「まさか――」


 状況が飲み込めないルテアは、眉根を寄せてレヴィシアを見た。


「どうした?」


 けれど、レヴィシアに答えることはできなかった。

 そんなレヴィシアの気持ちをプレナは察したけれど、ゆるくかぶりを振る。


「ザルツは確信がないことを私たちに伝えようとはしないはずよ」


 それでも、まだはっきりとした言葉として受け入れたくない。思わず頭を抱えた。


「言わないで……。わかったから。ちゃんと……話してみるから」



 プレナはそれ以上、何も言えなかった。

 最早、話して解決できる問題ではなくなっている。

 なのに、それを気付かせてやらなかったのは、プレナ自身が解決できることを夢見たからだろうか。

 レヴィシアを気遣う、傍らのルテアに目を向け、プレナはそっとため息をもらした。

 これ以上、近しい人たちが憎しみに歪んで行く姿は見たくない――。

 

 第一章はあと二話です。

 

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