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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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39/311

〈37〉月の名

 その重々しい空気から、誰もが解放されたがっていた。

 まばらに散って行くメンバーの中で、レヴィシアとユイ、ルテアとプレナだけが最後に残った。


「――びっくりしたよね。ごめん」


 レヴィシアはプレナに向けてつぶやく。プレナはかぶりを振った。


「謝らないの。私は今更、ユイのすべてを否定したりしないわ。だって、レヴィシアを守ってくれたのは事実なんだから」


 ユイはそっとまぶたを閉じた。優しい言葉を拒絶している風に見えたのは、彼自身が自分を許していないからだろう。


「もう戻ろう? 疲れたでしょ」


 レヴィシアはうなずく。そして、彼女たちは仮の家に戻った。たった四人には広い家だった。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そうして、更に夜は更ける。

 ベッドに横たわっていると、隣からプレナの規則正しい寝息が聞こえる。けれど、レヴィシアはとても寝付けそうになかった。

 夜風に当たりたい。そんな気分だった。

 実を言うと、屋根裏部屋の天井から屋根に上がってみたいと思っていた。今夜はそれを実行することにする。


 物置になっている、ほこりっぽい屋根裏部屋の中で、木製の脚立を広げ、ギシギシと嫌な音を立てる天窓をやっとの思いで開いた。その縁に手をかけ、寝衣のまま軽やかに屋根の上に上がる。

 頂上付近で座り込むと、薄い寝衣では屋根は冷たく、肌寒さを感じたけれど、少し我慢することにした。

 そこからぼんやりと月を眺める。カンテラの明かりも必要ない。

 明るい月がそこにある。

 半月を超え、凸となったそれを見るたび、嬉しそうに語る父を思い出した。


 『十六夜月イザヨイ


 どこかの古い言葉でそう呼ぶのだという。

 父が自ら立ち上げたレジスタンス組織にそう名付けた。

 完璧ではない姿の方が現実的だと。


 ガタン、と下で音がして、天窓からユイが上半身を現した。


「危ないな。それに、風邪をひく」


 正論過ぎて、レヴィシアは思わず苦笑した。


「ね、上がって来てよ」


 ユイはその言葉に従い、小さな音を立てて屋根の上に上がった。レヴィシアは微笑んで、自分の隣をトントン、と叩く。


「座って」


 無言のまま、ユイは腰を下ろした。レヴィシアは、隣で体温を感じられる相手にささやく。


「いつかはね、みんなに話さなくちゃって思ってたの。けど、どう話したらいいのかわからなくて。混乱を収められる自信もなかったし……。あたし、リーダーなのに駄目だね」


 ユイはかぶりを振る。


「レヴィシアが気に病む必要はない」


 悪いのは全部、自分だからと言いたいのだろう。それを言わせないため、レヴィシアは先に口を開いた。


「話せてすっきりした? 秘密を持ち続けるのはつらいよね。……これからどうなっちゃうのかはわからないけど」


 そうして、クス、と笑ってみせた。


「これで二人だけの秘密じゃなくなっちゃったね。少し、寂しいかも」


 珍しく呆気に取られたユイを見て満足すると、レヴィシアはそこから月を仰いだ。両手を伸ばし、月を捕まえるような仕草をする。


「ね、どうしてお父さんが組織に月の名前を付けたかわかる?」


 無邪気な笑顔を、ユイは眩しそうに眺め、かぶりを振った。


「いや……」


 伸ばした手を戻すと、レヴィシアはそっと語り出した。


「月を見ていると、色々なものの在り方を考えさせられるんだって。例えば、三日月を見上げた時、ほとんどの人は影の部分を意識しないよね。光の当たってる明るい部分だけを見て、きれいだと思う。でも、月はいつだって丸いの。影の部分も合わせて、ひとつのものだから。光と影、ふたつを併せ持つ姿。それは真理で、国そのものだって」


 ユイはその言葉を静かに聴いていた。レヴィシアはそんな彼に微笑む。


「光り輝く平和な町並みの裏には、陰になった貧民窟があったりする。だから、お父さんはこの国を、半月を越えた月にしたかったの。半分以上に光が当たる、水準よりも幸せな国にってね」



 その理想を壊した人間が何を言えばいいのかもわからず、ユイは月を見上げた。

 満ちては欠けるその姿は、栄え衰え行く姿であり、不安定な世を映す。

 自分たちは今、その周期のどこにいるのだろう。

 光はどこを照らしているのだろう。

 レヴィシアはそんなユイの横顔に言った。


「完璧を目指さなかったのは、大人の分別だよね。でも、あたしは子供だから、光があふれる国を目指すよ」


 そのまっすぐな気性が、いつも眩しい。その思いが曇らぬよう、ユイはそっとささやいた。


「目指せば叶うよ」


 そんなにも前向きな言葉が自分の口から出たことに、違和感がなかったわけではない。

 けれど、それを与えたかった。支えたい、その一心だけでここにいる。


「ありがと、ユイ……」


 レヴィシアは微笑む。


「それから、色々ごめんね。つらかったよね。でも……守ってくれて、ありがとう」


 そんな風に言ってもらえる資格はない。

 ユイはゆるやかにかぶりを振った。


「俺はこんな立場になって初めて、それまでの自分の戦いが薄っぺらで下らないものだったと気付いたんだ。自分のための戦いなんて、その程度のものだ。今まで、誰かを守るための戦いなんて、したことがなかったから、背負ったものの重みが俺を変えて行ったんだと思う」

「そっか……」


 レヴィシアは突然、ユイの肩に頭を預け、目を伏せた。冷えた体に温もりを感じる。

 けれど、ユイはそんな彼女に向けて言った。


「眠たいなら屋根から下りないと危ないぞ」


 途端にレヴィシアはむぅっと頬を膨らませた。そして、恨めしげにユイをにらむと、屋根を下りる。去り際には舌まで出して行った。


 やっぱり、まだまだ子供だ。

 一人残されたユイは、そこからクスクスと笑った。

 随分と久し振りに。


 題名、組織名の由来が出て来る話でした。


 この世界で「月の輝きは太陽の光によるもの」という説は、浸透率四、五割です。誰もが知っているという知識ではないようです。

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