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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈35〉不協和の調べ

 ラナンの葬儀が執り行われたその晩、レジスタンスの面々は領主館の地下に集まった。

 故人を悼み、語り合うために。


 ただ、無理の利かないロイズと、子供のクオル、その両親は欠席だった。シェインとアーリヒも、物騒な事件の後で子供一人を置いて出られなかったのだろう。

 残りのメンバーたちは、机を壁際に寄せ、床に座りながら中でひしめき合う。

 そして、幾許かの酒の力を借りて各々語り出した。


 レヴィシアもユイとプレナ、サマルと顔を付き合わせて座っている。レヴィシアはりんご果汁のジュースを口に運んでいた。けれど、ため息がもれるばかりだった。

 その一角で、なめるくらいにしか酒を飲んでいないにも関わらず、でき上がってしまっている男たちがルテアに訴える。元『イーグル』のメンバーだった。


「なあ、ルテア。絶対おかしいよな? どうしてあんなところで襲撃されるんだ? どう考えたって不自然だろ!」


 ラナンと付き合いが長く親しかった者ほど、諦めは付かず、納得も行かないのだろう。

 そこに、ひざを立ててグラスを傾けていたティーベットが口を挟む。


「賊に唐突も何もねぇだろ。こればっかりは……」


 ザルツが語ったことは、その場にいたメンバー以外には伝えていない。混乱を招くだけだ。

 それでも、何か感じることはあったのだろう。


「賊って、ほんとにそうか? なんか盗られたのか?」


 赤い目をした彼は、ティーベットにきつい視線を向ける。八つ当たりに近いものだとしても、今はどうにもできない。

 ティーベットの視線は、リッジとエディアのそばで壁際の椅子に腰かけていたザルツに向かう。ザルツはそれを感じ、静かにかぶりを振った。


「金銭は俺が身に付けていたから」


 抑揚なくつぶやいたザルツを、プレナはじっと見ていた。二人の位置がこんなにも離れていることが、レヴィシアには不自然でならない。

 そんな時、ぽつりと投じられた言葉が波紋となる。


「賊でないとしたら、なんだろう?」


 すると、元『イーグル』の青年は床の上にこぶしを打ち付けた。


「密告者がいるんじゃないのか? あそこで襲われるように、情報を漏らした。誰かがラナンを恨んでて、だからあんな……っ」


 ラナンは人から恨みを買うような人間ではなかった。


「あいつは――」


 仲間を宥めようとしたルテアは、そこで言葉を失くす。ふと、思い当たってしまった。

 恨みはなくとも、邪魔だったとしたら。

 そう考えて、ぞっとした。

 知られたくない秘密を知られてしまったなら、消したいと思うだろうか。

 あの名を、忘れろと口にした時のラナンの顔を思い出す。

 人を雇えば、誰にでも襲撃は可能だ。あの時、誰かと一緒にいたなんてことは否定材料にはならない。

 そんなことをする人間ではないはずだ。

 まさかと思う。思うけれど――。



 ルテアの視線がユイに止まっていた。

 ユイはただ、憂いの潜んだ目を返すだけだった。

 そのほんの少しの沈黙が疑惑を呼び、最初にそれに気が付いたのはリッジだった。


「……疑ってるの?」

「そ、そういうんじゃ……」


 とっさにルテアは視線を外す。レヴィシアの前でできるような内容の話ではない。

 けれど、リッジは立ち上がってユイのそばへ歩み寄る。リッジの表情は穏やかでいて、どこか悲しそうでもあった。けれど、それらを隠している風にも見える。


「疑われても仕方ないって、あなた自身はわかってるんじゃないですか? だって、あなたは――」


 レヴィシアはその言葉の先を言われたくなかった。リッジがユイの正体に気付いていると思っただけで、心臓がひりひりと痛み出す。


「ユイは裏切り者じゃない! あたしが保証するから止めて!」


 思わず甲高く叫んでしまった。その場の空気が一変し、静まり返る。

 リッジは、そんな彼女に慈悲のこもった笑みを向けた。


「そうだね。あんなことをする人じゃないって、僕も思うよ。けど、この際はっきりさせてほしいんだ。潔白なら、この事実も疚しくはないでしょう? ねえ――『ユイトル』さん」


 ユイは表情を変えず、座ったままでリッジを見上げていた。返答のないまま、リッジは続ける。


「気付いてましたよ。でも、本人が言い出すまではと思って黙ってました。ただ、今となっては、ユイさんの真意が知りたいんです」


 二人の視線が交錯する中、周囲は潜めた声がざわざわと起こる。


「『ユイトル』って、あれだろ? あの、一時期噂になってた、傭兵の……」

「ああ、失踪したとか、死んだとか言われてた」


 レヴィシアは、そんな声を聞きながら、体の震えが止まらなくなった。

 真実が露見する。それは間近に迫っていた。


「……本当なのか?」


 動揺を隠せない声がした。

 ティーベットは持っていたグラスを置こうとして、それを床の上にぶちまけた。それを放ったまま、リッジの隣に立つ。

 そんなティーベットを落ち着けようと、リッジは彼の腕に触れた。


「ちゃんと話を聴きましょう?」


 そして、再びユイに向き直る。その言葉はユイにではなく、独り言のようにささやかれた。


「『ユイトル』さんといえば、その強さと、傭兵なんていう職種に合わない家柄の人間だったから、有名になった。用意されていた将来を蹴って、自由気ままに剣を振るっていたってね」


 レヴィシアは耳を塞ぎたかった。塞いだところでどうにもならないのに、続きを聞くのが怖かった。

 それでも、声は止まない。


「ねえ、ユイトル=フォードさん。あなたは何故、将軍である父親と敵対する場所にいるんですか? それも、隣にはその父親が殺した男の娘がいる。……みんなが納得できるように、答えてくれますか?」

 

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