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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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32/311

〈30〉彼の決断

 そうして、その日はやって来た。


 クオルが呼びに来て、レヴィシアはみんなと領主館の地下室へ向かう。ザルツだけは先に向こうにいるらしい。

 地下室へと続く階段に差しかかり、そこを下りて行くと、聞き取れないけれど細々とした声があった。ドアを叩き、中に迎え入れられる。

 そこにいた誰もが緊張を破られて固まったが、ロイズはすぐに会話を再開した。


「――そういうことだ。わかってくれるな?」

「本気で仰っているのですか?」


 始まりが震えていた。それは、何事にも動じないリッジには珍しいことのように思える。

 ただ事ではない空気を感じ、レヴィシアは踏み込んだタイミングの悪さを後悔した。


「こうすることが最善だと、今は思える。許してくれ……」

「許す?」


 その声は、一瞬、驚くほどの鋭さを持った。苛立ちが強く見え、糾弾にも似た響きがある。

 リッジがそれをロイズに向けていることに、誰もが驚きを隠せなかった。ザルツやエディアの他の『ゼピュロス』メンバーたちもただ押し黙っている。


「体調が万全でない状態で、気弱になるのは仕方のないことです。けれど、そんな決断を下してしまったら、取り返しが……っ」


 けれど、ロイズは椅子の上でゆっくりとかぶりを振った。


「いや、本音を言うなら、私はずっとその器でないことを自覚していた。それを言い出せなかった、弱い私が悪いんだ。それに……」


 宙を眺めるように、遠い目をして言葉を切った。彼のその面持ちは、穏やかだったように思う。


「私自身が見たいと思ってしまったんだ。その、国民が皆で作り上げる、『王様のいない国』というものを」


 ようやく、ロイズが重荷を下ろせる時が来たのだと、レヴィシアは安堵した。けれど、リッジにはきっと残酷なことだった。

 絶句したリッジを気遣うような視線を向けた後、ロイズは不自由な足で立ち上がった。それをティーベットが支え、エディアも寄り添う。

 ロイズはまっすぐにレヴィシアを見た。それは、初めてのことだったのかも知れない。


「レヴィシア、『ゼピュロス』はメンバーの合意が取れ次第、君をリーダーとする『フルムーン』に合併しようと思う。私もこんな体だが、協力は惜しまないつもりだ。どうか、よろしく頼むよ……」


 そうして、ロイズとそれを支える二人が退出した。



 残された者たちはひどく気まずい空気の中で佇んでいる。その中心はリッジだった。

 彼は顔を上げず、呆然と立ち尽くしていた。


 ザルツはそんな様子を眺めながら、そっと嘆息した。

 レヴィシアはショックを受けているリッジに声をかけられず、しばらく見守り続ける。

 ずっと夢見て目指してきたものが、急に形を変えてしまった。

 その形を受け入れられるまで、さまざまな葛藤があるだろう。

 リッジはうな垂れたまま、含み笑いをするような声を捻り出す。


「結局、こうなんだ。僕は……」


 それは、弱く小さな声だった。

 けれど、顔を上げたリッジは、いつものように微笑んだ。まるで何事もなかったかのように割り切ったかに見えるけれど、本心まではわからない。傷付いていないわけがなかった。

 それでも、微笑む。


「しばらくは気持ちの整理が付かないかも知れないけど、ロイズさんが決めたのなら、仕方がないんだ。僕なら、大丈夫だから」

「そっか……うん、ありがと」


 ほっとして言ったレヴィシアだったけれど、ザルツは複雑な面持ちでそれを眺めていた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 それから数日かけて、体調の思わしくなかったロイズは、それでもメンバーのひとりひとりを説得して回った。ティーベットや、体を支えてくれる人の手を借りてのことだったけれど、それでも容易ではない。

 その地道な誠意に打たれ、メンバーたちはレヴィシアたちとの合併を承諾する。


 ただ、彼らにとって、民主国家という思想は突飛であり、特に年老いたフーディーなどは目を回しそうな勢いだった。何度も突っぱねられ、組織を抜けると言ったフーディーに、ロイズは頭を下げて根気強く説得し続けた。

 その結果、フーディーは根負けしたと言って折れた。老い先短い人生、それも一興と思ってみる、と。

 腰は曲がり、歳は重ねても、みんなの幸せを願う気持ちは、若者たちと変わらない。

 そう言って笑った。


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