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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈29〉気付けば、ここに


 その翌日は、穏やかなものだった。

 体を休めて今後に備えるために、こういう日があってもいいと思う。

 レヴィシアはいつもよりもゆっくりとした朝を迎え、プレナが用意してくれた具だくさんのスープとパンでブランチにした。

 それから、アーリヒのところへ出かける。そこで簡単な治療道具の入った救急箱を借りて来た。放っておけば自分のけがの治療などしそうにないユイのためだ。先手を打ち、道具をそろえて挑む。


「ユイ――」


 どんどん、と扉を叩く。


「レヴィシア?」

「そ。入るよ」


 二階の左の部屋は男性部屋にしてある。

 その部屋で、ユイは椅子に座り、何をするでもなく考え込んでいた風だった。顔だけを緩慢に、レヴィシアに向ける。


「みんなは?」

「出かけてるよ」


 レヴィシアはユイの正面の机に救急箱をどん、と置き、もうひとつの椅子を引き寄せてユイの左側に座り込んだ。


「じゃあ、腕出して」


 ユイは傷口のある腕を押さえ、ふわりと微笑む。けれど、その言葉には従わなかった。


「ありがとう。でも、自分でできるから」

「できるけど、放っといたらやらないじゃない」

「……かすり傷だ。戦いに支障はない」

「そんな心配してないよ。……もう、往生際が悪いなぁ。ほら、早く傷口出してよ」


 強引に服を引っ張るレヴィシアに、ユイは当惑しながら諦めた。

 肩に近い位置にある傷口は、袖をまくるよりもシャツの前を開いて片袖を引き抜くしかない。ユイは片肌脱ぎの状態で包帯の巻かれた腕を露にした。

 今まで、何度も目にしたことがあるはずが、何故か一瞬どきりとした。そんな自分に、レヴィシアは言い訳を探す。


 うつむき加減でその引き締まった腕に触れる。きっちりと巻かれていた包帯を巻き取り、当てられていた綿布を外すと、現れた傷口はレヴィシアの指よりも長かった。塞がり切らずににじむ血が痛々しい。

 自分から手当てを言い出したくせに、その生々しさにくらりとした。

 ユイが自分でやると言った理由が、なんとなくわかったけれど、今更引けなかった。

 レヴィシアは必死で、アーリヒに教わった通りに手を動かす。


「で、でもさ、ユイがけがなんて珍しいね。よっぽど手強い人がいたんだね」


 気を紛らわせるために始めた会話だった。けれど、ユイの声音はレヴィシアの心を軽くしてくれなかった。


「ああ。強かったな……昔から」

「昔?」


 きょとんとしたレヴィシアに、ユイは小さくつぶやいた。


「古い知り合いだったんだ」


 その一言で、レヴィシアの手がぴたりと止まる。その途端、気遣わしげな口調が続いた。


「戦って終わった。それだけだ」


 それだけ。

 それだけとはなんだろう。


 淡々と語りながら、ある種の悲しさは味わっている。

 昔なじみと戦うことになるなんて、苦しかったに違いない。いよいよ今の自分が置かれた状況に嫌気が差したのではないだろうか。

 そんな考えが頭を支配する。

 黙り込んでしまったレヴィシアから、ようやく言葉がこぼれる。


「帰りたい?」


 言ってしまってから顔を上げると、ユイは瞠目して固まっていた。

 それがどういった意味を持つのか、判断が付かない。だから、無性に不安に揺れた。

 それが表にも出ていたのだろう。ユイは困ったように声をかける。


「レヴィシア?」


 答えずに顔を背けた。

 ユイは帰りたくても帰れない。そんなことはわかっている。自分が縛っているのだから。

 なのに、今は色々な感情が交錯して、気付けば涙がにじんでいた。

 以前は、何もかもユイに当り散らし、いなくなればいいと泣き喚いたりもした。

 けれど、本当はいつしか、そばにいてくれたことへの感謝も感じていた。

 素直にそれを認められなかったけれど。



 レヴィシアは手首で乱暴に目もとをこすった。涙がこぼれる前に消し去りたかった。

 何度もこすり続けると、急にユイが手を伸ばしてそれを止めさせた。そうして、ささやく。


「帰らないよ。俺は、レヴィシアとレブレムさんの理想を叶えるために存在するから」


 ユイを見上げた。すがるような目をしてしまう。そんなレヴィシアに気付いて、ユイは困惑気味に手を引いた。


「そう……だよね」


 何か、惨めな気分だった。

 欲していた言葉は、自分でも驚くようなものだった。

 それ以上、言葉を交わす気になれなくて、レヴィシアは黙々と手を動かした。

 最後に包帯をぐるぐると巻いて、大急ぎで部屋を出た。



 救急箱を返すため、アーリヒのところへ走る。走る必要など微塵もないのに、走っていた。

 そうしていないと、顔がほてっていることの説明が付かない。

 触れた指先と、触れられた手に意識が行ってしまう。

 それが意味することを、いつまでもごまかせるものではない。


 駄目だと思う。

 絶対に、好きになってはいけない人だ。

 自分も、相手ユイも、つらいだけなのに。

 いけないと思うほどに惹かれてしまう気持ちは、どうしたら止められるのだろう。

 気付けばここに、この胸に花開いた気持ちは、虚しく舞い散るためだけにあるのかも知れない。


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