〈1〉沈んだ街角
この地は、世界の片隅にひっそりと存在する、ブルーテ諸島という群島の一角、シェーブル王国。
この島国に目立った特性はないが、領土は諸島の中で二番目に広く、自然は豊かで、平凡だけれど住みやすい土地だったと言える。
けれど、それを統べる人間が、すべてを台なしにした。
子のいない国王レウロスは、次期王位継承者を頑として決定させなかった。
その国王が病み付いているとの報が、市井にもれた時から、国は荒れ始めた。
国王は、この国を他国に譲り渡すつもりなのではないかとささやかれた。
その噂が真実なのか、今となってはわからない。
けれど、属国にされるくらいなら、自らの手で国を救おうと立ち上がった人々は多かった。
国を案じる人々の手によって、抵抗勢力が多く立ち上げられ、皮肉にも内戦が勃発する不安定な状態へと成り果てる。
そんな最中、国王はそのまま崩御した。
確たる立太子もない状態で取り残された遺臣たちは、誰を擁立すべきか惑う。それも仕方のないことだった。意見は割れ、収拾もつかぬままに時だけが過ぎて行く。
未だ王位は空席のまま、その王の崩御から半年が経った頃――。
その場所は人は多くとも、まるで活気がなかった。
話し声はどこからもするが、その声は耳をそばだてる必要があるくらいに小さく、通りかかっただけで飛び込んで来る勢いがない。
さわさわと風に消されてしまうような音は、当人たちがわざと声を落としているからだろう。
わざわざ足を止めて聴き入らずとも、その会話の内容は容易に想像できた。今日はもう、どこへ行ってもその話題しか聴けないだろう。
けれども、彼女は立ち止まった。
「……おい、聴いたか?」
薄暗い路地の壁にもたれかかりながら、青年が投げやりな口調で友人に尋ねる。返事をする青年も、負けず劣らず投げやりだった。
「何を? ロイズ=パスティークが捕まったって話か?」
「そう、それ。……まただな」
二人の間には沈黙が流れる。けれど、考えていることは同じだろう。
「レブレム=カーマインの時と同じ。また期待して落胆する結果になる。もともと無理な話なのかも知れないな」
「そうだな。国を救うなんてことはな……」
路地裏と同じくらい、彼らの心境も暗かった。それが見て取れたから、少女は前を向いて駆け出した。後頭部で高く束ねた栗色の髪が、それ自体が生き物のように元気に揺れている。
彼女は、大きな青い瞳と、眉の上で短く切った前髪が快活な印象を与える少女だった。細身だが、少しも弱々しさはなく、むしろ溌剌としている。
だが、彼女は幼くかわいらしい顔立ちに不似合いなふくれっ面をしていた。憤りを隠そうともしない。そんな直情的な性格がすぐに見て取れる。
その瞳は、闊歩するグレーの制服を見るたびに、いっそう険しくなった。
そして、彼女は足早にその場を去る。
逸る気持ちのままに。