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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈46〉ジュピト

 荘厳な音楽が奏でられ、ステンドグラスから降り注ぐ光が道を染め上げる。

 その中を、ジュピトは重いマントを引きずりながら、仰々しく歩いた。両脇に、申し訳程度の人数の家臣が控えている。跋扈ばっこするレジスタンスへの対応に忙しいのかも知れないが、ジュピトを軽んじているとも取れる光景だ。

 それでも、重鎮たちは恭しく順に頭を垂れる。茶番だ。滑稽だ。

 けれど、誰よりも滑稽なのは、お飾りの王となる自分だろう。


 ただ、長ったらしい文言が読み上げられる。身をかがめ、その王冠を頭上に受け入れた。

 ぐらりと重い。マントもそうだが、煌びやかな王冠は、それ以上の苦痛だった。

 兄もきっと、これには閉口したのではないだろうか。ふと、そんなことを思う。


 歓喜の声と拍手。

 新王の誕生に安堵する顔。顔。顔。


 不愉快極まりない。

 戴冠式とは言うが、随分と呆気ない。早足で済ませてしまいたかったのだろう。


「さあ、バルコニーに出て、城下に御手をお振り下さいませ」


 名前も知らない家臣の一人がそう言った。

 ジュピトは無言できびすを返し、歩き出す。

 そう、すべてはここからだ。ここから、ただひとつの願いを叶えに行くのだ――。



         ※※※   ※※※   ※※※



 キィン、と澄んだ音が響き渡る。それが、剣と剣のぶつかり合う音だった。

 ユイの剣技は、今までどんな強敵も退けて来た。けれど、今度ばかりは絶対とは言えない。

 王国最高位の武人である前に、父親なのだ。情を捨てて挑んでいるつもりであろうと、本気で捨て去れるような人ではない。少なくとも、レヴィシアはそう思う。


 そうして、フォード将軍も、本気で息子を葬るつもりであるのか。こちらも、答えは否だ。

 二人は、やはりよく似ている。

 どちらも、迷いの中にいる。迷いを捨てきれずに戦っている。

 ここで殺すくらいならば、殺されたい。そういう気持ちがあるのではないか。

 お互いに、譲れないしがらみがあり、退けない戦いであるけれど、どちらも口先だけだ。

 ただ、お互いを思い遣る気持ちがありながら、素直になれない二人。

 傍目には明らかなのに、本人たちにはわからないのだろうか。


 年齢を感じさせない将軍の太い腕から繰り出される一撃は、正面から受けるには重過ぎる。競り合えば押し負ける。ユイもそれを承知しているのだろう。素早く受け流すばかりである。

 けれど、ユイの方が断然に手数が多い。切り返しの速さも勝っている。払った剣先に、将軍の式典用の軍服の一端がかすった。服は裂けたが、血は流れない。

 むしろ、その隙に将軍はユイの足元からわき腹にかけて下から斬り込む。


「っ!」


 とっさに、ユイは剣の柄頭で将軍の手もとを強打し、その攻撃を止めた。一瞬の出来事だった。次の瞬間には二人は離れ、再びにらみ合う。緊張と疲れから、息が上がっていた。


「レヴィシア」


 ハラハラと見守るレヴィシアに、ユミラの声がかかる。


「な、何?」

「僕たちは先へ行こう」

「え!」


 驚いたレヴィシアに、ユミラは強い瞳を向ける。


「このままだと、戴冠式が終わってしまう。時間がないよ」


 それは事実だった。きっと、今はすでに戴冠式の真っ最中なのではないかと思う。

 ここまで来て、手遅れなんて、それだけは駄目だ。

 だとするなら、進まなければならない。この戦いの結末を見届けられないとしても。


「ユミラ様の言う通りだ。レヴィシア、君はどうする?」


 傍観者であるハルトも、そうレヴィシアに問いかける。レヴィシアは、戦い続けるユイの姿を眺めながら、はっきりとした口調で言った。


「わかった、先に進むよ。戴冠式を止めなきゃ!」


 その言葉に、ユミラは力強くうなずいた。

 戦い続けるユイと将軍の脇をすり抜けようとしたレヴィシアたち。けれど、将軍はレヴィシアたちを止めようとはしなかった。ユイとの戦いに没頭するあまりだろうか。

 このまま、時間を稼いでくれたらいい。二人の戦いの決着がつく前に、全部終わらせる。そうすれば、二人の争いを止められるかも知れない。



 ただ、儀式の間へ向けてレヴィシアたちが駆け出した時、その扉が大きく開いた。パイプオルガンの荘厳な音楽が鳴り響き、レヴィシアは思わず足を止めた。

 そこには、豪奢な真紅のマントをはおり、頭に冠を頂いた、高貴な男性の姿がある。煌びやかな、王の証である王冠。そして、手にした王笏おうしゃく


 戴冠の儀式は執り行われたのだ。

 この人物が、新たな王となった。

 その事実に、レヴィシアは愕然とする。


 間に合わなかった。すべてが、ここで潰えた。

 燃え尽きて、頭が真っ白になり、脚が立っていられないほどに震えてしまう。

 そんなレヴィシアの姿を、新王は一瞥しただけで、興味も何もないといった目をした。背後のユミラのことも、まるで気に留めない。

 それは冷たく、虚無そのものの、うろのような眼だった。


「陛下、さあ、バルコニーに出て、民衆にご尊顔をお見せ下さい」


 ジュピトの背後にいた家臣がそうささやいた。

 ユイと将軍も、最早戦うことが無意味だと気付いたのか、緩やかに剣を下ろす。

 鷹揚にうなずいたジュピトが、レヴィシアに背を向け、ゆるりゆるりと歩み始める。その重たいマントを引きずりながら、光に向かって。


 その光景を、家臣たちは満足げに眺めていた。覚悟を決めたジュピトは、思いのほか従順に、家臣の言葉を受け入れている。積年の恨みなど、すでにどこかへ打ち捨てたのだろうか。

 これからは、この国を豊かに平穏に統べる王として生きて行くのだろうか。

 孤独に、ただ独り――。


 その時、真っ先に異変に気付いたのは将軍だった。


「いけない――!」


 将軍の声が発せられた瞬間に、ジュピトは王笏を放り、豪奢なマントを脱ぎ捨てた。そうして、身軽になった彼はバルコニーに向けて駆け出す。その勢いで、王冠が床に転がり落ちたけれど、それに構っている者などいなかった。

 レヴィシアたちもその異変に気付き、とっさに駆け出した。けれど、距離がある。追いつくことはできなかった。

 ジュピトは、バルコニーに飛び出す。その背中だけしか見えなかったというのに、レヴィシアにはそこに彼の感情のすべてが集束しているように感じられた。


 長く続いた幽閉生活。夢も希望もない毎日。突然押し付けられた重責。

 すべてが彼にとって意味のないものだった。

 彼の望みは、すべてからの解放であったのだろうか。

 従順に思われたのは、この瞬間のためだ。格子のない窓。羽ばたくその場所へ行けるように。


 両手を広げ、彼はその空気をいっぱいに吸い込む。

 そうして、白く美しい造りのバルコニーの縁へ身を乗り出すのだった。

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