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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈45〉父子

 ユイの父親、フォード将軍。

 その存在は有名であるけれど、こうしてまみえたのは初めてのことだった。


 レヴィシアは、ユイが間違いなくフォード将軍の息子であるのだと、この時改めて思い知った。

 それほどまでに、よく似ているのだ。刻まれたしわはあるけれど、涼しげな目もとや、意志の強そうな眉。筋の通った鼻梁。引き締まった口元。数年後のユイの姿が想像できるほどに。

 ただ、その瞳は冷たくこちらを見据えている。


 ユイの兄と同様に、ずっと行方不明だった息子との再会を喜んでいる風ではない。遠い昔に、言葉ではなく心で決別した二人なのだろう。

 自らの父親を誰よりも信じ、大好きだったレヴィシアには、この二人の関係は簡単に理解できるものではなかった。

 それでも、このままユイが父親と戦い、傷付け合うことは避けたい。彼の兄とも、そう約束した。


 ここでにらみ合っている時間はない。この先で、戴冠式が執り行われようとしているのだから。

 新たな王が、誕生しようとしている。

 だから、レヴィシアはまっすぐに思いを伝えた。


「将軍! どうか聴いて下さい! あたしたちが求めるのは、新たな王ではなく、民主国家という体制です! 一人の王にすべてを委ねる王制の廃止を! どうか――!!」


 懸命に、のどをからして叫んだところで、子供の戯言だと一蹴される。何度もそんなことがあった。

 けれど、だからといって諦めたことなどない。今だって同じだ。


「王様一人に全部押し付けちゃいけないんです! この国のことは、みんなで考えて、みんなで動かして行く! そんな未来がほしいんです!」


 嘲笑も覚悟していた。けれど、将軍は嗤わなかった。

 ただ、驚いたように瞠目し、レヴィシアの言葉に耳を傾けていた。


「まさか、本当に――」

「え?」


 将軍は、一度息を飲む。


「あの思想を語る者が他にいるとはな」


 この思想は、父の遺志。

 そして、レヴィシアの原動力だ。


「あたしが引き継いだ、父の想いです」


 宣言した途端に、何故だか将軍の眼光が和らいだように思う。その変化に、レヴィシアは戸惑う。


「そう、か。彼の娘が活動しているという噂は耳にしたが、真実だったか」


 その名を騙り、人を集めているのではないかと疑われたこともある。将軍の疑惑はもっともだった。

 将軍の口振りは、懐かしい友人に再会した時のような喜びが、微かながらに滲んでいた。そのことを感じたのか、ユイも驚いている。

 そんな彼に、将軍は再び厳しい目を向けた。


「それで、ユイトル。お前はなんだ? そこで何をしている? その思想を実現させるために働きかけて来たというのか?」

「……そうだ」


 ユイは押し殺した声で短く答える。


「享楽的に自分の力を誇示するばかりだったお前が、国の行く末に興味を示すとはな」

「その享楽的で傲慢な自分が、希望の芽を摘んでしまった。だから、俺がここに来たのは、その罪滅ぼしのため――」


 将軍の表情が険しくなる。その鋭い視線が、痛い。


「レブレム=カーマインを討ったのは、お前か?」

「ああ。俺が――殺した」


 その言葉の後に、沈黙が続いた。

 ただ、その後の将軍のため息が、レヴィシアには意外なことのように思われた。父は、レヴィシアにとってはかけがえのない存在で、一部の民衆の希望だった。

 けれど、将軍の立場からすればテロリストだ。それを討った息子を褒めるでもなく、むしろ呆れるような冷たさで突き放す。


「どこまでも愚かな」


 ユイに反論はなかった。誰よりも、彼自身がそう思い続けて来たのだ。


「罪滅ぼしのために民主国家を実現する、と。そう言うのだな?」


 ひと際低く、よく響く声が廊下をすり抜ける。レヴィシアとユミラ、ハルトも思わず体を震わせた。

 緊張で強張る体に、嫌な汗が滲む。将軍の声は、戦いの始まりを告げる、そんな声だった。


「ああ」


 はっきりと答えたユイに、将軍は微かに微笑んだ。その意味が、レヴィシアにはよくわからなかった。ユイならば理解できたのだろうか。

 ユイは将軍から視線を外さずに次の言葉を待つ。


「ならば――」


 一言が、体の奥深くに突き刺さる。ブン、と剣を振った。将軍のその仕草に、今まで戦って来た誰よりも力強さを感じてしまう。その存在に、それだけの厚みがある。

 将軍は、自らを最後の障壁と位置付けたのだろうか。


「我が首を民主国家の宣言に添えてみろ。 王に仕えた旧体制の権化として、風向きを変えるだけの価値はあるだろう。――そう、易々とやるつもりはないがな。それができるならばやってみるといい」

「なっ!」


 レヴィシアはぞっとして言葉もなかった。ユミラとハルトもだ。けれど、ユイだけは覚悟を決めたように剣を構える。


「ユイ!」

「……どんなことをしても、実現する。それだけの覚悟はした」


 息子の覚悟を、将軍もまた動じずに受け入れる。


「まともな目をするようになった。それだけ、お前は自分の罪を悔いたのか。ただ、あの男の死は、お前自身が背負える罪ではない。命ある限り、お前の罪は、許されることなどない」

「え……」


 将軍の口から、そんな言葉がこぼれるなど、レヴィシアには思いもよらないことだった。

 呆然と考えをめぐらせたところで、レヴィシアには理解できない。それでも、慰めひとつない、厳しいばかりの父の言葉を、ユイは正面から受け止めるのだった。


「許しがほしいわけじゃない。それでも、償うと決めた」

「私が加減などしないことはわかっているな?」

「ああ」

「それならば、すでに話すことはない。せめてもの情けだ。救いのない生から、死をもって解放してやろう」


 将軍の剣が、まっすぐに構えられた。ユイは、レヴィシアに下がるよう促す。その仕草には、有無を言わせない決意があった。

 このままではいけない。

 けれど、この二人をどうすれば止められるというのだろう。


 肌が切り刻まれそうに緊迫した空気によって、呼吸さえも困難に感じられる。レヴィシアたちが微動だにできないまま、父と子の戦いが始まる。

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