〈42〉城下 ~一番街~
一番街まで走った。普段からあちこち飛び回っていたお陰で、ここ一年で随分と体力が付いたものだとサマルは思った。まだ、大丈夫だ。
一番街は一等地。
貴族の邸宅の多い場所。
この混乱の中、貴族たちは自らの身を守ることで精一杯のようだ。やはり、混乱に乗じて金目の物を盗もう、日頃の鬱憤を晴らそうとする者たちがいる。ただ、さすがにクランクバルドの屋敷を襲う度胸のある者はいないと思うけれど。
一等地には、昔ザルツが住んでいた屋敷がある。いい思い出も、悪い思い出も詰まった場所だ。
今はどんな人間が住んでいるのか、ザルツだって知らない。知りたくないから調べないと言った方がいいのだろう。
なんとなく、サマルはそちらを見た。やはり、窓は割られ、悲惨な有様だ。
貴族制度もいずれ廃止にするつもりだという。この改革が成功した時、一番のあおりを受けるのは貴族を始めとする富裕層なのだ。身分というものが存在しなくなったのなら、彼らはどのように生きるのだろうか。
クランクバルド公爵やユミラのように、平民を見下す人間ばかりではない。けれど、アランのような人間の方が多いのも現状だ。
王族という血筋を否定する以上、貴族もまたその血筋に意味を成してはいけない。己の力のみで生きる道を探してもらうよりない。
その矜持を捨てることができた者のみが生き残ることとなるのかも知れない。それはきっと、過酷な道のりになるだろう。
貴族の邸宅へ押し入ろうとする者は、兵士が取り締まっていた。ただ、その他の混乱にも対応しなければならないため、万全とは言えない。
この状況を見越して先に傭兵を雇い、屋敷の警備を強化している貴族もいた。その立ち回りの差が、今後を表しているようだ。
一番街を更に進む。美しかった町並みは、ところどころが血に濡れていた。
ズキリ、と心が痛む。
必要だと判断した戦いでも、やはり痛い。
ルテアやアイシェたちの姿を探した。まだ、会えていない。
この辺りにいると思ったのに、いない。もっと先に進んだのだろうか。
アイシェはレヴィシアに模した囮だ。そんなに城に近付くとは思えないのに。
城門前広場の辺りまで来ると、急に騒がしさが増した。けれど、その騒がしさは戦闘ではない。レジスタンスもただの住民たちも入り混じって、噂をしている。城の中に入った集団を見た、と。
他のレジスタンスたちに覇気がないのは、すでに出遅れたことを知ったからだ。
サマルはそのまま先へ進む。そうして、城門に辿り着いた。
そこに、ようやくルテア、シーゼ、アイシェ、ニール、クラウズの仲間たちの姿を見付けた。真っ先にサマルに気付いたのは、ルテアだった。
「サマル!」
サマルが駆け寄ると、仲間たちが彼を囲むようにして集まった。
「みんな、無事だな?」
それぞれの顔を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「ここまで一人で来たのか? 何か、あったのか?」
ルテアが難しい面持ちで問う。サマルは、安心させるために少しだけ笑った。
「いや、そうじゃない。ちょっと様子を見に来ただけだ。……レヴィシアたちは、中に?」
皆がそれぞれにうなずく。アイシェは束ねてあった髪をばさりと下ろした。
「もう、囮も要らないでしょ」
それから、シーゼが城を見上げながらつぶやく。
「加勢に行けたらいいんだけど、これ以上近寄れないの」
サマルも城門に目をやる。すでに兵士たちがしっかりと守りを固めていた。ただ、自分たちから持ち場を離れてレジスタンスの捕縛に来る様子はない。動かずに、佇んでいる。
けれど、その表情からは戸惑いが強く伺えた。
「あのリンランっていう姉ちゃんは中に入って行ったけどな。けがもしてるけど、どうなったかなぁ?」
ニールがそんなことを言う。
彼女が中へ入ったというなら、レヴィシアたちが苦戦するかも知れない。けれど、中にいる者たちにすべてを託すしかない。
「俺たちが今、できることは、ここから祈ることだけなのか……」
ルテアは、悔しそうにそんなことを口にする。棍を強く握り締めた手が震えていた。
それに気付いたのは、サマルだけではない。アイシェにも見えたはずだ。
「戻ったら、がんばったなって褒めてやればいいんだよ」
精一杯の慰めをサマルは口にして、それから自分も高くそびえる王城を見上げた。
あのバルコニーから顔を覗かせるのは、戴冠式を済ませたジュピトなのか。それとも、レヴィシアたちなのか。それを、この場所から見届けるのだ。




