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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈40〉城下 ~三番街~

 怒ったクオルがペシペシとゼゼフの額を叩き続ける音がする。サマルはその音に慣れてしまったけれど、まだまだ外は騒がしかった。ゼゼフは一向に起きる気配はないが、なんの心配もいらないはずだ。


 ――城に向かったレヴィシアやザルツはどうしているだろう。

 他の仲間たちは無事だろうか。

 その他にも、街の人々も心配だった。

 港の封鎖を確認した時点で、サマルの割り振られた役割は終わりである。ザルツは、それ以上のことは何も言わなかった。

 けれど、サマルは言う。


「俺、少し外を見て来るよ」


 その途端に、室内のすべての目がサマルに向かう。


「サマルさん!?」


 エディアが耳を疑ったようだ。


「戦えないくせに、うろちょろするでない。アーリヒの手間が増える」


 そう、冷ややかな一言をくれたフーディーも、心配しているからこその言葉だ。


「でも俺、まだできることがあるかも知れない。だから、行くよ」


 臆病なはずの自分が、馬鹿なことを言っている。それでも、これが最後だと思うから、がんばれる。

 後悔しないために、全力を尽くす。それだけだ。


「何かができるなんて、馬鹿な勘違いかも知れませんよ?」


 いつかの仕返しだ。エディアへの返答に困る。けれど、エディアは不意に微笑んだ。

 その笑顔の柔らかさに驚いて、胸がどきりと高鳴る。


「嘘ですよ。サマルさんは私を救って下さいました。だから、サマルさんができることはたくさんあると思います。ただ、くれぐれも気を付けて、無事にお戻り下さい。私が言いたいのはそれだけです」


 サマルは、このエディアの強さに勇気をもらった気がした。だから、笑みがこぼれる。


「ありがとう、行って来る」


 扉を開き、その喧騒と光の中へ身を投じる。



 忙しく働いていたアーリヒが、エディアを慰めるように、一度手を止めてその背を叩く。

 フーディーは、深々と嘆息した。

 クオルは、ようやくお目覚めのゼゼフに怒鳴り散らすのだった。



 三番街を駆けると、往来での戦いは徐々に勢いを失くしていた。もともと、戦い慣れない一般人が多いのだ。長期戦など向かない。それでも、兵士たちは手こずったようだ。数名の捕縛者を連れているせいで身動きが取れないといった状況である。


 サマルはその往来を避け、横道を通る。その道中、遠くにシェインの姿を見た。

 声をかけるには距離がありすぎるものの、無事な姿にほっとする。そうして、そのまま奥へと進む。

 途中、逃げ遅れて怯えている子供に出会い、サマルは近くにいた構成員の一人に声をかけ、子供の保護を頼んで先へ急ぐ。


 この横道に兵士が潜んでいるかも知れない。戦闘に巻き込まれるかも知れない。

 不安がなくはない。この手首に巻いた目印が、レジスタンスの証だ。言い逃れは難しいだろう。

 わかっていても、これを外す気にはなれない。皆の思いがここにある。

 今は、彼女の仲間であることを誇りたい。



 そうして、サマルが選んだ道の先に待っていたものは――。



 目の前には、疲労から座り込んでいる男が二人。肩で息をし、手には折れた剣の残骸が握られている。

 フィベルとヤールは、汗が目に入るのか、二人して上を見上げるような格好だった。


「おいコラ、お前のせいで折れただろうが!」


 ヤールの双剣は、どちらも半分以下の長さになっていた。フィベルの剣も同様だ。

 フィベルの剣は、彼が惚れ込んでいる師匠の作品であるが、ヤールの二本の剣との衝突には耐え切れなかったようだ。


「お互い様」


 ただ、そう返したフィベルはいつになく悲しげだった。やはり、剣が折れてしまったのはショックだったのだろう。

 ヤールもすでに戦意を喪失してしまっているらしく、その折れた剣で戦うつもりはないようだ。


「なんでよその国まで来て、こんなしんどい目に遭うんだかな」

「じゃあ、出てけば?」


 それはそうなのだが。サマルはそんなやり取りを眺める。


「ああ、うるせ。まったく、帰るまで丸腰とかあり得ねぇ……」


 深々とため息をついたヤールに、フィベルはぼそりと言った。


「剣、ほしい?」

「あぁ?」

「腕のいいとこ、知ってる」


 それって、と突っ込みたくなったが、サマルは踏み込まなかった。

 ヤールは不審そうな目を、フィベルの糸目に向ける。


「ほんとか、それ?」

「ほんと」

「お前の使ってた剣を作った職人か?」

「そう」

「……まあ、一度覗いてみたいような気もするけど」

「うん」


 フィベルの接客する姿を初めて見た。こんな状況だというのに、サマルは笑ってしまう。完全に、戦いの気は消え失せている。フィベルのああした、深刻にならない空気は、ある意味剣術以上の才能かも知れない。

 サマルは安心してその場を後にした。

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