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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈36〉生き様

 ――騙すことに罪悪感なんてなかった。

 ゼゼフのことが、自分は嫌いだったのだとリッジは思う。


 自分の頭で考えようともせず、すべてを受け入れてくれると勘違いした相手に依存する。そんな無償の存在は、母親でもなければ、思い込みの産物でしかない。真実に目を向けず、都合のいいように作り上げた幻。

 それが、ゼゼフにとっての『シュティマ』だ。


 ずっと、そう思って来た。利用したのはお互い様だ。

 ゼゼフは気が弱く、ある意味純粋で、素直だった。けれど、嫌なことからすぐに逃げ出す、ずるい側面も持ち合わせていた。

 だから、共にレジスタンスに参加してくれるはずだった友人がいなくなれば、自分一人で参加するような気概は見せないと思った。


 それなのに、組織に留まり、その上、他人を庇うような真似までした。あの臆病だったゼゼフがだ。

 そうして、親友だと信じた相手に騙され、裏切られたと知った後、傷付いた顔ひとつせず、笑った。笑顔で、それでも嬉しかったと――。


 ゼゼフは、変わった。

 すべてがではない。まだ、情けない部分も多くある。それでも、揺らがない思いを抱くことができるようになった。すべてを駄目な自分のせいにし、いじけるばかりではなくなった。

 そう、彼もはっきりと、前に進んでいる。成長している。

 変わらないものなんて、どこにもない。

 だとするなら、どう変わるか。

 自分は、どう変わるのか。そう、自問しながら道を駆ける。



 ゼゼフのけがは浅い。それに、サマルが駆け寄って来る姿が見えた。放置しても問題はない。

 問題はむしろ、この先にある。この先の王城に。

 レヴィシアたちはもう到達したのだろうか。

 リッジ自身のすべてを否定するような、あの思想。王のために生きることを定められた一族に生まれ付いた自分が、決して受け入れることの出来ないもの。

 そう思うことが、一族を捨てたつもりが、根底から変われずにいる自分の限界だろうか。


 『シュティマ』に依存するゼゼフをわらいながら、自分も何かに依存しなければ生きられない弱さを持つ。それが、自分が選んだ『真の王』であり、それを戴く思想である。自らのよりどころは、己の選び取る道を狭めたのではないのだろうか。


 今、ただひたすらに走り続けるこの先で、自分はどう動くつもりであるのか。

 それすらも定まらないまま、足は動く。


 自分は、彼女たちの思想を否定し、改革を阻むと決めた。けれど、彼女たちはそれほどにやわではなく、しっかりと前を見据え、歩き続けた。ただ独りの自分に、最早止めることなどできないと、どこかで理解している。


 それでも、このまま何もせず、大衆に紛れて成り行きを見守ることだけはしたくなかった。

 そうしてしまえば、自分は虚ろな心に穴が穿たれるような気がした。

 だから、それを紛らわせるために走っているのかも知れない。


 いつから、歯車が狂い、自分は壊れたのだろう――。



 混乱に乗じて城へ近付くことは、そう難しくはなかった。

 ただ、中へ進入するとなると簡単ではない。レジスタンスたちは正面から衝突するしかないだろう。

 多くの兵が城門の前に佇んでいる。けれど、あの兵士たちからは、漠然と何かおかしなものを感じた。この最後の関門を死守しようとする意気込みもなく、本当にただ立ち尽くしている木偶のようだ。


 レヴィシアたちはまだ到達していないのだろうか。そう考えたけれど、多分違う。

 二番街を抜ける際、リンランと戦うルテアを目撃した。その時、レヴィシアとよく似た背格好と髪形をした少女がそばにいた。多分、あの娘は囮で、その隙にレヴィシアは王城に向かったはずなのだ。


 だとするなら、手段まではわからないけれど、レヴィシアはすでにここを通り抜けたのだろう。

 兵士たちは、この場で討論するように声を張り上げている。何をもめているのかは知らないが、都合がよかった。


 リッジは城門前広場の木々や塀に潜み、徐々に城門への距離を詰めて行く。もともと、隠密行動に長けているのだ。そう育てられたのだから。

 高台にいる弓兵たちも、弓を番えるでもなく、ただひたすらに城を眺めていた。その飛距離は、城門の手前までだ。そこを抜けてしまえば、なんの脅威でもない。


 気配を殺し、城門の横へ回り込む。ぐるりと城を囲む城壁は、見上げても先が見通せないような高さだった。それでも、ここから上るしかない。

 鍵爪を装着し、リッジはその壁を登り始める。引っかけた鍵爪を、自分の体重を腕に感じる前に更に上へと繰り出す。ふわりと、軽やかに。

 もう、周りは見なかった。ただひたすらに壁を登る。下の喧騒はすでに遠い。空がとても近く感じられた。明るい、太陽が空に輝いている。


 城壁の天辺に手が届く。そうして、そこにフックの付いた伸縮性のあるロープを引っかけ、後は思い切りよく落ちるだけだ。長さが足りなかったとしても、途中で飛び移るしかない。

 そうして、その高みから体を傾けて落ちて行く。痛いような風を体に浴びながら、落ちて行く。


 不思議と、怖いとは思わない。いつも、そうだった。

 訓練のせいで慣れてしまったのか、それとも、落ちて死んでしまうことが怖くないからなのか。

 死ぬのなら、それまでだという諦観が、いつもどこかにあるのかも知れない。

 強く、生きたいと願うだけの確かなものが、今の自分にはない。


 生き甲斐がほしい。生き様を誇りたい。

 けれど、自分はいつまでも愚かなまま。



 リッジの体重により、伸縮性のロープが縮んで跳ね上がる前に、リッジは手を離した。くるりと回転して速度を落とすと、城内に植えられていた樹に鍵爪を引っかけてそこで落下を防ぐ。再び回転し、その枝の上に立つと、その瞬間に陽光に煌く投擲武器の先が視界に入った。

 それをかわす。手加減して放たれた。こんなものは、ただの挨拶だ。

 樹の上から、その人物へと視線を向ける。


 鋭利な刃物そのもののような、その視線。何度も何度も鞭で打たれ、屑だでき損ないだ、落ちこぼれだとなじられた。刻み付けられた恐怖が、再び胸に沸き起こる。


 ルオ。

 再会するのは何年振りだろうか。


 相変わらず、一片の慈悲も感じられない。

 言うのならば、師匠のような存在であるけれど、そこには情などない。


「――何をしに来た?」


 そう、問われる。

 答えられるはずもなかった。

 ルオは、正面ではなく側面から進入して来る敵に備えていたのだろう。

 脚がすくんでいた。震えていたのかも知れない。

 それほどに、根強く深く、染み付いたものがある。


「お前が離反したことは報告を受けている。ネスト様は放っておくようにと仰せだった。つまり、必要ないのだ。消したとしても支障はない。よって――排除する」


 シャラリと袖口からこぼれたのは、鞭だ。細身でしなやかなそれは、まるで蛇のようである。

 柔らかい幼心に食い込んだものは、そう易々と忘れられはしない。

 強張る体を、自分で感じていた。


「お前の存在は、誰にとっても最早無意味だ」


 無意味。

 要らない存在。

 意味をくれた、幸せな時は壊れたのだから。



 ゼゼフは、自分に似ていたのだ。

 誰にも必要とされなかった、落ちこぼれの自分と。

 だから、嫌いなくせに、気になった。

 けれど、彼は陽だまりにいる。間違えたのは、自分なのか――。



 このまま、ここで朽ち果てて、異国の地に眠る運命なのかも知れない。

 ここで死ぬのだと思った瞬間に、それならば最後に、意地を、生きた証を刻みたいと願う。

 リッジは、自らの袖下から投擲ナイフを数本抜き取る。


 ただ、タオ自身に仕込まれた技術がどこまで通用するのかはわからない。それでも、ここへ来て、自分が得たものもあるはずだと信じたかった。

 現実はそう優しくないと、知っている自分なのに――。 

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