〈34〉シェーブル王城
クランクバルド公爵の助力により、レヴィシアたちはようやく城内へ足を踏み入れることが出来た。
ただ、その城壁を越えた先には花のない庭園と、二股に分かれた長く緩やかな傾斜の階段が見えた。その奥に、王城が聳え立っている。
もうすぐ、すぐそこに。
レヴィシアは、逸る気持ちを落ち着けようと、服の胸元を強く握り締めた。そんなレヴィシアを、ユイは心配そうに見下ろしている。
ジビエは不思議なほどに澄んだその場の空気を感じながら先を見据えていた。
ザルツの光る眼鏡の奥は見通せないけれど、思うことは人一倍だったはずだ。
ユミラは、祖母と執事の傍らで、緊張の面持ちである。そうして、ニカルドは無言で佇んでいた。
城門は開かれている。けれど、兵士たちは中へ踏み込むことをためらっていた。
公爵の言葉が、自身が取るべき行動を踏みとどまらせてしまう。
未来を捨て、命を賭ける覚悟。
そう問われて、迷わずにいられる人間など僅かだ。
いかに王姉であっても、これは謀反。ここで止めなければならない。
けれど、公爵たちが目指すものが国の未来にとってどのような意味があるのか、それを知りたい気持ちもある。あの、不遇に長い歳月を過ごした王弟が王位に就くことに対する恐怖が、兵士たちの中にも間違いなく存在した。彼らとて、人である。
だからこそ、城門前の兵士たちは、この門をくぐり彼女たちを止めることをためらうのだ。
ただ、レヴィシアたちが城を見上げていると、中から一部隊の兵士が下りて来た。ただ、それはシェーブル兵ではない。レイヤーナの兵士である。
そうして、それを統括していたのは、鋭い印象の中年男性である。ジビエは軽く口笛を吹いた。
「結構痛め付けたのに、なかなかの回復力だな」
どうやら彼は、先の作戦でジビエが叩きのめした相手であるらしい。相手もジビエに気付き、今にも吠えかかりそうなほどに獰猛な目をした。それでも、彼はジビエから視線を外した。自分の役割を忘れていないようだ。
「……ようやくお出ましか。では、相手をしてもらおう」
レヴィシアは、ダガーを構える。ユイも剣を抜いた。
そんな二人に、ジビエがつぶやく。
「お前らは先に行けよ。ここが落ち着いたら追いかけるから」
確かに、先を急がなければならない。城で決着を着けさえすれば、街の混乱もすべて収束させることができるはずだ。それが近道である。
ただ、そんなジビエの申し出に、公爵が冷静に言葉を発した。
「お前も、先へ進むように。この場は、それ以外の者でまかなう」
「え!」
レヴィシアは不安げにニカルドを見上げた。
ニカルドが城内の案内役となるはずである。その不安もあるが、それ以上に、彼を残しておくと、彼は仲間であった兵士たちと戦えず、自らが傷付く方を選んでしまいそうな気がした。あのレイヤーナ兵の男性に勝てるかどうかもわからない。
「ニカルドの案内がないと……」
それらのことすべてが入り混じった、すがるような瞳をニカルドに向けると、ニカルドは苦笑した。
「あの男は強い。こちらにも、戦力は必要だな」
公爵は、ふと隣のユミラを見遣る。
「ユミラ、お前が城の案内をなさい」
確かに、ユミラは何度もこの城に足を踏み入れていてもおかしくない身分だ。けれど、危険が伴うとわかっていて、戦えないユミラを同行させる公爵が、信じられなかった。
それなのに、ユミラは迷うことなく、力強くうなずく。
「はい。僕が見届けてまいります」
その瞳は、強く、明るく輝く。公爵は満足げだった。
「必ず戻ると、お約束しますから」
そうして、ユミラはレヴィシアを振り返る。
「では、行こう。まず、城内では西、東の階段があるけれど、バルコニーは最上階。まずその階段を上らないとね」
「う、うん」
ユミラの決意は、公爵に促されたものではない。始めから、彼の中にあったのだ。だから、レヴィシアはもう何も反対は出来なかった。
「でも、あの人強そうだし、城門前の兵士だって、いつ動き出すかわからないよ? ほんとに、大丈夫?」
すると、ユイとジビエは公爵の背後に控えるレーマニーを一瞥した。
「多分、なんとかなる」
「城下で戦ってる仲間も、手が空いたらこちらに加勢してくれる」
ニカルドはその言葉にうなずき、レヴィシアを促す。
「さあ、行って来い。お前にしかできないことを成し遂げるために」
レイヤーナ兵が隊列を組み変え、こちらに備える。空気が変わったと感じながら、レヴィシアはユイとジビエ、ユミラを従え、駆け出す。
そうして、その四人に進ませるため、残されたニカルドたちは尽力する。小競り合いを繰り返し、レヴィシアとユミラを庇いながら、ユイとジビエはその中を切り抜ける。
城は、四人に大きく口を開いた。
ただ、自らが飛び込んだ途端、回廊に広がるその赤い絨毯が、怪物の舌のように感じられるのだった。




