〈28〉黒い瞳
三番街の往来で、シェインは仲間たちと共に戦っていた。
ただ、ここに来るまでは、敵はシェーブル軍とレイヤーナ軍――軍人だと思っていた。思想の違うレジスタンス組織も、同時に王城を目指すことになると理解はしていた。戦うことは仕方がないと思ったけれど、こうまで敵意が色濃いなんて、認識が甘かった。
シェインはその混乱の中、共に戦う仲間を援護していた。歳若く、経験の浅い者たちも多い。
そんな彼に、横から細長い影が迫った。ガッと鈍い音を立て、とっさに剣で迫って来た棒を受け止める。その棒は、本当にただの棒きれだった。武器とも呼べないようなものを振り回す、素人だ。
それでも、殴られればけがをする。
それを振り払うと、シェインと同世代の男が棒きれを構え直していた。
「……けがしないうちに、止めとけよ?」
そう忠告したのは、親切心のつもりだった。間違っても、侮ったわけではない。
本当に、身の程を知らなければ死ぬことになる。戦いに身を置いてきた自分は、それを知っているから。
けれど、相手はそう素直に受け取ってくれなかった。目を怒らせ、シェインをにらみ付ける。
「お前たち、『あの組織』のやつらだろ? その、黄色の布切れが目印だ」
「ああ……」
自分の手首に巻いたハンカチを、シェインは一瞥する。
「それで?」
すると、男は牙をむくような仕草でがなり立てた。
「子供を祭り上げて、卑怯な連中だ! レブレム=カーマインの娘だ? そんな娘で人気取りをして、ふざけるなよ! それで、誰が王になる? その小娘か? その娘を影で操るつもりなんだろう!? お前たちにだけは絶対に負けられない!!」
そんな発言を、シェインは口を挟まずに聞いていた。けれど、彼が言い終えた時には声に出して笑っていた。その笑い声に、男は苛立ちをあらわにする。
「何がおかしい!」
シェインは、場違いな笑い顔のまま、答える。
「何がって、そりゃあ、オレたちを敵だと決め付けてるくせに、オレたちを何も理解していないからだ」
「なんだと!?」
「敵を知らないまま、戦いを挑むなら、始める前から負け戦だ」
背後の喧騒から切り離されたような二人は、にらみ合う。男は、棒きれを握る手に力を込めた。
「俺たちには――これと決めたリーダーがいる。その人こそが、王に相応しいんだ。邪魔なんてさせない!」
どこかで見たような瞳だな、とシェインは思った。
ロイズに心酔し、彼を王にすることだけがすべてだったリッジ。
あの、黒い瞳と重なる。
たった一人をよりどころとする危うい灯は、あっさりと吹き消されてしまう。
「た、助けてっ!」
そんな声がひと際大きく響いた。
戦いの場だ。そんな叫びは珍しくない。シェインは振り向きもせず、さして気にも留めなかった。
けれど、眼前の男の黒い瞳は、大きく揺らいだ。
「もう止める! 止めるから、助けてくれっ!」
シェインが振り向くと、遠くに、兵士に追い立てられ、頭を抱える男性の姿があった。
「少し夢を見ていただけで、本気で王になんてなるつもりはなかった! ほ、ほんの少し、味わってみたいと思ったけれど、命まで賭けたくないっ!」
よくあることだ。
贅沢な暮らしと、たくさんの家臣にかしずかれる自分を夢想した。
背負うべきものの重みも知らず、その代償がなんなのかを考えなかった。上辺だけ、もっともらしいことを並べ立てていても、危険にさらされれば鍍金がはげる。
けれど、彼の仲間たちが、日々の暮らしが変わることを願い、本気で思い悩み、真剣に向き合って活動に参加していたのだとしたなら、こんなにも哀れなことはない。
見る目の甘さを指摘してやりたくはあるけれど、信じた者がこんなにも脆く呆気ないなんて、悲しすぎる。
「……なあ、オレたちは王様なんて選ばない。俺たちの描く未来は、『王様のいない国』だからな。絶望するなら、その未来を見てからにしてくれよ」
シェインは棒きれを取り落としてうな垂れた男に、そう声をかけた。そうして、また激しい戦闘に戻る。
けれど、その中で、剣を交えながらも頭の片隅で思った。
リッジは、答えを出せたのかと。




