表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

280/311

〈27〉レーデの帰還

 すべてのレジスタンス組織が王都へ終結し、内戦はどのような形であれ、終結に向かっている。

 そんな中、レジスタンスの構成員であるはずのレーデは、王都を離れていた。それは、レーデに限らない、三人のメンバーに託された役割なのである。


 公爵の力添えのもとに、港を封鎖するための書状を届けることだった。

 けれど、この状況だ。公爵の名を出したところで、絶対の効果があるものではない。無理難題である。


 それでも、外来船の受け入れを一時停止してしまわなければ、この状況を他国――特にレイヤーナに付け入られてしまう。

 ただ、重鎮たちもその危険性を重視し、港をすでに封鎖しているかも知れない。書状を出すか出さないかの判断は、レーデに任されている。まずは状況を知ることだ。



 国内に、港は三つ。このエトルナに選ばれたのが、レーデである。

 スレディがアスフォテを担当し、王都に一番近い港ウステリスにはサマルが向かった。このエトルナが、最もレイヤーナに近い、重要地点なのである。

 そして、エトルナはレーデの故郷でもある。


 ただ、諸々の事情を知るザルツは、最初、サマルをエトルナに行かせようとした。アランの実家もエトルナにあると知るからこそ、そこにレーデを向かわせたくなかったのだ。

 それを、レーデが自ら買って出た。いつかは行こうと決めていた。それが、遅いか早いかの差でしかない。



 エトルナは、ネストリュート王子が滞在していた迎賓館がある。本来ならば、もっと厳重な警戒態勢であったのだが、王子は今、王都におり、王都では大規模な戦いが起こっている。こちらに人員を割くことは出来なかったのだろう。


 レーデは、生まれ育った町並みを懐かしく眺めながら歩いた。

 いつ頃からか、こんな風に一人で歩くことはなかったから。

 あったとしても、顔を上げることなどできなかった。ただ、うつむいて、足早に過ぎ去るだけだった。


 そんなことを懐かしく思ううちに、レーデはファニングス子爵家の敷地の前に辿り着いた。ここがアランの実家で、レーデが半生を過ごした場所でもある。

 すでに、覚悟は決めた。

 レーデは、まっすぐにその門をくぐる。

 すると、すぐに初老の庭師がレーデに気付いた。


「レーデ!」

「ああ、モーリスさん。ご無沙汰していました」


 頭を下げると、彼は言葉に出来ないような複雑な眼をした。


「一人か? アラン様は……」


 その問いには答えず、レーデはそっと微笑み、もう一度頭を下げて屋敷へと向かった。レーデの姿を認めた家人が、子爵その人を連れてやって来る。主が、使用人を出迎えるなど、おかしなものだ。

 けれど、子爵はそれほどまでに息子を、アランを心配しているのだ。


「ただいま戻りました」


 深々と頭を下げ、首を持ち上げると、子爵はもどかしそうにレーデを見た。アランとはあまり似ていない、どちらかといえばがっちりとした体付きの子爵は、レーデを揺さぶって問い質したい思いを抑えているようだった。


「ああ、よく戻った。とりあえず、奥へ――」


 子爵の自室に通され、そのソファーに座るように促されたレーデは、正面の子爵が何よりも知りたがっていることを、尋ねられるまでは口にしなかった。避けて通れることではないけれど。


「アランは、あの子はどうしている?」


 忙しなく動く子爵の眼を、レーデはまっすぐに見据え、はっきりと言葉にする。


「亡くなりました」


 子爵は、その言葉の意味をすぐには理解できなかったようだ。簡単に認めたいことではないのだから、無理もない。


「ど……な、何、を――」


 ひどい震えが、ひざに現れている。見る見るうちに、子爵は蒼白になった。

 子爵は、使用人の自分にも優しくしてくれた。庇って、命を助けてくれた。その恩を忘れたわけではないから、レーデはここに戻った。アランの死を伝えるために。


「ど、どうして……っ」


 息子の死という、まだ受け入れることの出来ない現実なのに、どうしてと尋ねる。嘘だと思いながらも、どこかで認めてしまう。悲しい矛盾だ。

 レーデは深く息を吸い、そうして口を開いた。


「小さな子供が」

「子供?」

「小さな子供が溺れていたんです。とっさに、その子を助けようとして、共に……。亡骸は、確認できませんでしたが、あれでは……」


 子爵のむせび泣く声がした。だから、レーデはそちらを見ないで済むように深々と頭を下げる。


「私が至らぬばかりに、アラン様をお救いすることができませんでした。どのような罰も、覚悟しております」


 しばらく、言葉はなかった。けれど、ぽつりぽつりと発せられた言葉は、恨み言ではない。


「あれは……我がままに育って、お前にはたくさん苦労をかけた。親よりも先に逝ったことを悲しみこそするが、そのような死に目ならば、親として誇ってやりたい。……知らせてくれて、ありがとう」


 レーデは、言葉に詰まってかぶりを振った。目から、止め処なく涙があふれる。それは痛く、苦しい、血のような涙だった。

 子爵は、赤くなった眼を優しく細める。


「レーデ、お前は、これからどうするのだ?」

「……はい、やるべきことが残されています。勝手なことで申し訳ございませんが、お暇を頂きたく存じます」


 忘恩の輩と罵られる覚悟はあった。けれど、子爵はうなずく。


「わかった。アランの分まで幸せにな。どうか、元気で――」


 そうして、レーデはこの子爵家と決別する。



 ――嘘。

 

 罵倒されるのが怖かったわけではない。

 嘘をつくのは苦しかった。

 責め立てられ、殴られでもした方が、まだ楽だったかも知れない。

 けれど、アランの死を美化することで、子爵は救われる。そう信じた。

 事実を伝えることが、最良ではない。

 その判断を自分ごときがしたこと。それは傲慢なだけなのかも知れない。

 だとしても、他には何も思い付かなかった――。



 本題は、港の封鎖である。間違えてはいけない。

 レーデは、気を引き締めて港へと足を運ぶ。


 そこには、シェーブル兵よりもレイヤーナ兵の方が多いのではないかと思われるような状態だった。封鎖するよりも先に、レイヤーナはこのシェーブルの事情を察し、兵を向けてきたのではないかと不安になる。

 それでも、なんとかして状況を探ろうとレーデはシェーブル兵の一人を捕まえるのだった。

 そうして、この港がすでに封鎖されているという事実を知る――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ