〈27〉レーデの帰還
すべてのレジスタンス組織が王都へ終結し、内戦はどのような形であれ、終結に向かっている。
そんな中、レジスタンスの構成員であるはずのレーデは、王都を離れていた。それは、レーデに限らない、三人のメンバーに託された役割なのである。
公爵の力添えのもとに、港を封鎖するための書状を届けることだった。
けれど、この状況だ。公爵の名を出したところで、絶対の効果があるものではない。無理難題である。
それでも、外来船の受け入れを一時停止してしまわなければ、この状況を他国――特にレイヤーナに付け入られてしまう。
ただ、重鎮たちもその危険性を重視し、港をすでに封鎖しているかも知れない。書状を出すか出さないかの判断は、レーデに任されている。まずは状況を知ることだ。
国内に、港は三つ。このエトルナに選ばれたのが、レーデである。
スレディがアスフォテを担当し、王都に一番近い港ウステリスにはサマルが向かった。このエトルナが、最もレイヤーナに近い、重要地点なのである。
そして、エトルナはレーデの故郷でもある。
ただ、諸々の事情を知るザルツは、最初、サマルをエトルナに行かせようとした。アランの実家もエトルナにあると知るからこそ、そこにレーデを向かわせたくなかったのだ。
それを、レーデが自ら買って出た。いつかは行こうと決めていた。それが、遅いか早いかの差でしかない。
エトルナは、ネストリュート王子が滞在していた迎賓館がある。本来ならば、もっと厳重な警戒態勢であったのだが、王子は今、王都におり、王都では大規模な戦いが起こっている。こちらに人員を割くことは出来なかったのだろう。
レーデは、生まれ育った町並みを懐かしく眺めながら歩いた。
いつ頃からか、こんな風に一人で歩くことはなかったから。
あったとしても、顔を上げることなどできなかった。ただ、うつむいて、足早に過ぎ去るだけだった。
そんなことを懐かしく思ううちに、レーデはファニングス子爵家の敷地の前に辿り着いた。ここがアランの実家で、レーデが半生を過ごした場所でもある。
すでに、覚悟は決めた。
レーデは、まっすぐにその門をくぐる。
すると、すぐに初老の庭師がレーデに気付いた。
「レーデ!」
「ああ、モーリスさん。ご無沙汰していました」
頭を下げると、彼は言葉に出来ないような複雑な眼をした。
「一人か? アラン様は……」
その問いには答えず、レーデはそっと微笑み、もう一度頭を下げて屋敷へと向かった。レーデの姿を認めた家人が、子爵その人を連れてやって来る。主が、使用人を出迎えるなど、おかしなものだ。
けれど、子爵はそれほどまでに息子を、アランを心配しているのだ。
「ただいま戻りました」
深々と頭を下げ、首を持ち上げると、子爵はもどかしそうにレーデを見た。アランとはあまり似ていない、どちらかといえばがっちりとした体付きの子爵は、レーデを揺さぶって問い質したい思いを抑えているようだった。
「ああ、よく戻った。とりあえず、奥へ――」
子爵の自室に通され、そのソファーに座るように促されたレーデは、正面の子爵が何よりも知りたがっていることを、尋ねられるまでは口にしなかった。避けて通れることではないけれど。
「アランは、あの子はどうしている?」
忙しなく動く子爵の眼を、レーデはまっすぐに見据え、はっきりと言葉にする。
「亡くなりました」
子爵は、その言葉の意味をすぐには理解できなかったようだ。簡単に認めたいことではないのだから、無理もない。
「ど……な、何、を――」
ひどい震えが、ひざに現れている。見る見るうちに、子爵は蒼白になった。
子爵は、使用人の自分にも優しくしてくれた。庇って、命を助けてくれた。その恩を忘れたわけではないから、レーデはここに戻った。アランの死を伝えるために。
「ど、どうして……っ」
息子の死という、まだ受け入れることの出来ない現実なのに、どうしてと尋ねる。嘘だと思いながらも、どこかで認めてしまう。悲しい矛盾だ。
レーデは深く息を吸い、そうして口を開いた。
「小さな子供が」
「子供?」
「小さな子供が溺れていたんです。とっさに、その子を助けようとして、共に……。亡骸は、確認できませんでしたが、あれでは……」
子爵のむせび泣く声がした。だから、レーデはそちらを見ないで済むように深々と頭を下げる。
「私が至らぬばかりに、アラン様をお救いすることができませんでした。どのような罰も、覚悟しております」
しばらく、言葉はなかった。けれど、ぽつりぽつりと発せられた言葉は、恨み言ではない。
「あれは……我がままに育って、お前にはたくさん苦労をかけた。親よりも先に逝ったことを悲しみこそするが、そのような死に目ならば、親として誇ってやりたい。……知らせてくれて、ありがとう」
レーデは、言葉に詰まってかぶりを振った。目から、止め処なく涙があふれる。それは痛く、苦しい、血のような涙だった。
子爵は、赤くなった眼を優しく細める。
「レーデ、お前は、これからどうするのだ?」
「……はい、やるべきことが残されています。勝手なことで申し訳ございませんが、お暇を頂きたく存じます」
忘恩の輩と罵られる覚悟はあった。けれど、子爵はうなずく。
「わかった。アランの分まで幸せにな。どうか、元気で――」
そうして、レーデはこの子爵家と決別する。
――嘘。
罵倒されるのが怖かったわけではない。
嘘をつくのは苦しかった。
責め立てられ、殴られでもした方が、まだ楽だったかも知れない。
けれど、アランの死を美化することで、子爵は救われる。そう信じた。
事実を伝えることが、最良ではない。
その判断を自分ごときがしたこと。それは傲慢なだけなのかも知れない。
だとしても、他には何も思い付かなかった――。
本題は、港の封鎖である。間違えてはいけない。
レーデは、気を引き締めて港へと足を運ぶ。
そこには、シェーブル兵よりもレイヤーナ兵の方が多いのではないかと思われるような状態だった。封鎖するよりも先に、レイヤーナはこのシェーブルの事情を察し、兵を向けてきたのではないかと不安になる。
それでも、なんとかして状況を探ろうとレーデはシェーブル兵の一人を捕まえるのだった。
そうして、この港がすでに封鎖されているという事実を知る――。




