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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈24〉スタート

 ここは、王都二番街の民家の一室である。商工組合の長でもあり、青果店を営むアプランという男性の自宅に、レヴィシアたちはいた。

 アプランは、この地元で活動に対する数々の支援をしてくれたうちの一人である。その青果店の奥にある自宅は、夫人との二人暮らしだった。

 忙しいながらもまめまめしい夫人の、行き届いた気配りが窺える部屋だ。テーブルクロスの上の一輪挿しが、それを物語っている。


 混乱に乗じ、少人数ならここまで入り込むことも難しくなかった。ただ、この先の一番街より上は、そう簡単には行かないだろう。


 レヴィシアはソファーに腰かけ、緊張をほぐそうと目を閉じた。

 かといって、そうそう楽になるはずもない。これから起こること、成し遂げなければならないことを思えば、震えが止まらないのも当然だ。

 そんなレヴィシアに、ソファーの後ろに控えていたユイは柔らかな視線を向ける。そんな様子を、壁際のジビエが見ていた。


 この室内にいるのは三人だけだ。

 王城に突入するメンバーは、他にもいる。けれど、一軒にまとまることもできず、散り散りに潜んでいるのだ。


 この三人の他に、その王城突入に抜擢されたのは、ニカルドである。

 何せ、元軍人だ。王城の造りは公爵から細かく知らされているが、実際に足を踏み入れたことのある者がいた方が確実なのだ。

 もちろん、ふたつ返事ではなかった。

 迷い、ためらい、そうして出した結論だ。

 汚名も、そしりも、覚悟を決めたと言う。


 そのニカルドは、他の構成員と別の家屋にいる。先陣は彼だ。

 それはとてもつらい役目だと思うから、せめてその背を守る。共に在る。

 それだけは絶対だ。



「……そろそろだな」


 ジビエの落ち着いた声に、レヴィシアは体を強張らせた。彼は育って来た環境のためか、恐ろしく耳がいい。外の状態を、真っ先に察知したのだ。

 レヴィシアは力強くうなずく。いつもとは違い、下ろしている髪がさらりと頬にかかった。それが少し鬱陶しい。


「了解。じゃあ、行こう」


 目配せすると、ユイもうなずいた。

 部屋の外には、不安げな面持ちの夫人がいた。そのあたたかな腕で、レヴィシアをきつく抱き締める。


「くれぐれも気を付けて。無事に生きて戻ることが何より大事だって、忘れちゃいけないよ」

「うん。ありがとう。行って来ます」


 そうして、三人は裏口を抜けた。



 外は、予測していた通りの騒がしさだった。ただ、流れは表通りに集中している。

 アイシェが上手くやってくれているのだ。彼女が心配ではあるけれど、そばにルテアがいる。そう思って気持ちを落ち着けた。ルテアなら、アイシェを守ってくれる。


 違う意味で心が騒ぐけれど、それは我がままで贅沢なことだ。

 何よりも嫌なことは、アイシェが自分の身代わりとなって傷つくこと。

 アイシェが無事で、けがが回避できるなら、他のことは我慢しなければいけない。

 それに、自分はそれに気を取られてばかりいてはいけない。大事な役割がある。


「急ごう!」


 彼女たちが周囲の気を引いていられる時間は、そう長くないだろう。レヴィシアの顔を知っている人間も、それなりにいるはずだ。だから、今のうちに急がなければならなかった。

 レヴィシアのそばには屈強な二人がいる。多少の障害ならば飛び越えて行けるけれど、今は無用な戦いを避けて通れる道を選んだ。

 ザルツが考え、サマルが手はずを整えたルートである。


 承諾を得てある、数軒の民家を通り抜け、先を急ぐ。その間も、たくさんの声援をもらった。そのお陰で、段々と強い自分になれた気がする。

 裏道をすり抜けて、光の差す大通りが見えた。一番街は目前である。ただ、一番街へ抜けるには、表通りの往来を通過するしかないのだ。混戦状態のその一点を。

 アイシェたちが上手く兵士たちを誘導してくれていたなら、すり抜けることもできるかと思った。

 そうして、レヴィシアが息を弾ませ、その地点に到着すると、そこにはすでにニカルドが到着していた。剣は抜かず、兵士の一人と取っ組み合いの真っ最中である。


「僕は、目を覚まして下さいと言っているだけです!!」


 兵士の青年がそう叫んでいた。ニカルドは、険しい横顔をしている。


「覚ますも何もない。今も昔も、私は――っ!」

「昔のあなたは、弱者の味方でした! そのあなたが暴動に加担されるなど、正気の沙汰とは思えません!」


 通過地点の守りが、運悪く知己であったのだろう。ジビエが、建物の陰に隠れているレヴィシアの背後で嘆息した。


「言葉で解決しようとすれば、互いに傷付くのにな。それに、そんな場合でもないはずだ。蹴散らすか?」


 ジビエの言葉にはうなずける。ただ、ニカルドの心を思うと悲しかった。

 それでも、ニカルドは一時の迷いが嘘のように、まっすぐな視線を青年に向けていた。


「今も、守りたいものはたくさんある。だからこそ、私はこうしている。その気持ちに嘘はない。それだけは誓って言える」


 むしろ、その視線の強さに、青年の方が怯む。


「二、ニカルドさん? それ、本気ですか?」

「もちろんだ。この先に、国を救う手立てがある。こればかりは譲れないことだ。だから、手段は選ばずに行かせてもらう」


 すると、青年は場違いなほどに表情を緩めた。呆れたのかも知れない。


「手段を選ばないと言いながらも、あなたは剣を抜かない。人を傷付けることを嫌ったあなたは、やはり昔のままなのでしょうか」


 青年は、何か急に泣き出しそうにさえ見えた。


「本当は――正直に告白すると、僕にももうわからないのです。何がこの国のためなのか。国のための戦いとはなんなのか。あなたは、その答えを僕にくれますか?」


 意外なことに、ニカルドはうなずいた。


「弱者を守る。それだけが、いつの時も絶対の正義だ。住民の安全を最優先に動け」


 青年は、喧騒の中で乾いた笑いを立てた。


「なるほど。あなたらしい答えですね」


 そうして、青年は一度敬礼すると、ニカルドの横をすり抜けた。その部下たちも、戸惑いながらもそれに倣う。持ち場を離れることは、軍法に照らすならば懲罰であるけれど、今、そんな法に価値はない。


 そんな光景を窺っていたレヴィシアは、こちらに気付いて視線を向けたニカルドに向かって、大きく手を振って笑った。

 ニカルドも、笑っていた。

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