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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈23〉身代わり部隊

「あのボケッとしたやつ、戻って来ないじゃない!」


 アイシェは王都の三番街の物陰で、プリプリと憤っていた。それを、ニールが軽く笑う。


「フィベルって、自由人だよな。何考えて生きてるのかな?」


 ルテアは嘆息した。


「……でも、戻って来ないのは、何かあったんだと思う。だから、フィベルが向かった方には近付かないで、違う道を通ろう」


 フィベルはアイシェに言われた通り、ちょっと見て来ると言い残し、ふらりと単独で動いたのだ。こちらは、レヴィシアたちが王城に向かう際に、障害を減らすための囮だ。派手に動くため、人数だけは多めに構成されている。『クラウズ』の他の面々も共にいる上、近くにはシェインやシーゼといったメンバーも配置されていた。


「とにかく、目立てって言われてるし、お望み通りにしてあげるわ」


 と、アイシェは不敵に笑う。


「なんか、わくわくするなぁ」


 口調と表情はのん気だが、ニールの手にはナイフが握られており、剣呑なことこの上ない。ルテアも、スレディの力作である棍を手に、気を引き締めた。

 この部隊の指揮はお前が取れ、とザルツに任された時は、ただ目を白黒させるしかなかった。本当なら、ジビエに任せるつもりだったはずが、フィベルのお陰で台無しになったのである。


 できないとわめくことは簡単だけれど、もっと難しい役割を担っているレヴィシアを思うと、そんなことは言えなかった。自分なりに、しっかりと気持ちを落ち着けて動くだけだ。それができる自分になったと、ザルツは信じてくれたからこそ、任せてくれたのだ。


「シェインやシーゼのいる中央は混戦状態だろう。フィベルの行った東の道に兵士がいるとして……。じゃあ、西側の道を通って二番街まで駆け上がるしかないな」

「了解」


 レヴィシアたちは今、打ち合わせ通りに進んだのなら、二番街に潜んでいるはずだ。そちらの往来でひと暴れすることが先決である。



 三番街の混戦は、見ず知らずのレジスタンス組織も多く、彼らの戦いでもある。ただ、彼らは味方であるとは限らない。軽くあしらいながら先を急げば、指をさしながら叫ぶ声があった。


「あ! あれ! あの娘、確かレブレム=カーマインの娘だ!」

「え? あれが!?」

「こんな前線に、他の女の子なんているかよ!」


 アイシェの後姿を、こちらがあおる前から勘違いしてくれたようだ。これならば、仕込みの必要もなかった。ただ、タイミングがベストとは言いがたい。まだ二番街に到達できておらず、少し早い。

 その声の主は、多分ただの民間人だ。レヴィシアを見かけたことがあっただけなのだろう。彼が思わず叫んでしまったことが、事態を動かす。


「王城に向かってるんだな! おい、阻止しろ! 先に行かせるな!!」


 兵士よりも先になって、別組織の青年が叫んだ。


「……倒しながら行くぞ」


 棍を構えたルテアに、それぞれがうなずく。数は多いけれど、こちらも少なくはない。個々の能力では勝っているはずだ。

 アイシェも、踊りを得意とするだけあって、身体能力は高い。手にしていた鉄扇をばさりと開く。

 この扇、踊りに使用するばかりでなく、身を守る程度の武器にはなるのだそうだ。ニコ、とルテアに向かって微笑むと、アイシェは駆け出した。ルテアとニールは、その両脇を固めるように守りながら走った。


 リーチの長い棍や、投擲ナイフというスタイルの戦い方をする彼らは、敵を寄せ付けずに距離を保ったままで戦える。アイシェの腕前を見ることは今のところなかった。


 ルテアは、山を下りてからも毎日ジビエに指導を受けていた。ニールのナイフをすべて退けても、多少の余力は残るようになったし、同時に斬り込まれても避けられる程度に、周囲に目を向ける余裕も出た。

 それに、スレディが作ってくれた武器は、ジビエに借りていた棍よりもかなり軽かった。振るう速度は以前よりも速くなり、重さよりも速度を重視するルテアにとって、相性は抜群だった。スレディはそこまで見越して設計してくれたのだろう。


 今では、一年前の自分とは違う自分だ。

 だから、このくらいの戦いに、根を上げたりはしない。

 そして、そんな戦いに、ほんの少し喜ばしいこともあった。

 明らかに別のレジスタンス組織の構成員であると見て取れた男性が、こちらに迫った男の襟首をつかんで投げ飛ばした。一瞬、警戒の色を見せたルテアたちに、その男性はにこりと笑う。


「ほら、急げ!」

「あ、ありがとう」

「がんばれよ!」


 民主国家の思想に賛同してくれた組織もあったとサマルは言っていた。少数だと言うけれど、それでも心はあたたかく、その存在に励まされた。


 

 囮部隊は順調に障害を退け、二番街まで到達する。二番街の商店の多くは、レヴィシアをよく知った人々であり、組織の支援者である。だから、事前にこの作戦の通達は行っている。アイシェがレヴィシアの振りをしていることも承知なのだ。承知の上で、あおるのだ。


「おい、こっちだ! レブレム=カーマインの娘がいるぞ!」


 誰かがそんな風に叫んだ。

 本物のレヴィシアは、アイシェに他の意識が向かった隙に一番街を目指す手はずとなっている。無事、彼女が通過できることだけをルテアは祈った。

 ルテアたちは軽く息を整えると、ずらりと周囲を囲まれていることに気付いた。


「あらら、なかなか面白いことになったじゃない」


 それでもアイシェは勝気だった。背面に別組織のレジスタンス、前面に兵士。けれど、レジスタンスたちの戦闘力は低い。前面の兵士さえ退ければ、勝算は十分だ。『クラウズ』の彼らなら、兵士に引けも取らない。


「よし、がんばろ!」


 ニールは大きく手を突き上げ、明るく言う。その声に、ルテアも気を持ち直す。


「ああ。行くぞ」


 頭の中にイメージするのは、師匠と仰ぐジビエの姿だ。彼のように、棍と一体になって戦うために。

 兵士たちにしてみれば、こちらは歳若いレジスタンスである。そんな侮りもあったのだろう。その甘さを突き、ルテアたちはこの戦いを切り抜ける。


 そんな中、アイシェは流れるような動作で鉄扇を翻した。その姿は、戦っているという表現が相応しくないほどにきれいで、舞っている時とまるで変わらない。ひらりひらりと、すり抜ける。


 ルテアたちも兵士を沈め、意識を失って地面に転がる彼らに足を取られないように気を付けながら戦う。

 そうして、徐々に立っている者たちの数も減り、先が見えた頃、一人の女性が道の先に佇んでいた。


 黒い髪、青い瞳、どこか幼さを残すその顔立ち。幾度か見た、レイヤーナ王子の側近である。

 思わずルテアは身構えたが、彼女の視線はアイシェに向かっていた。


「……レブレム=カーマインの娘、ねぇ」


 ぽつりとつぶやき、その口もとを歪めて笑う。

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