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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈21〉勝ち負け

 アイシェは、出立前のことを思い出していた。


 出立前の屋敷は慌しく、アイシェの不安など、どこにも受け入れるところがなかったように思う。

 部屋でぽつりと窓辺に佇む。

 うつむくと、慣れない髪型のせいで、うなじの辺りが引っ張られるように痛んだ。いつものツインテールではなく、レヴィシアのトレードマークであるポニーテールである。ひとつにくくるか、ふたつに分けるかの差でしかないのだが、ポニーテールの方がうなじが引きつるような気がした。これも不慣れなせいだろう。


 レヴィシアの影武者なのだから、髪型を似せるのは当然だ。仕方がない。

 そうして、アイシェがポニーテールを結わえた後で、レヴィシアがやって来た。レヴィシアは珍しく髪を下ろしている。

 アイシェが開けてしまった扉を後悔して閉めようとした途端、レヴィシアは足を滑り込ませてそれを防いだ。器用に中に滑り込んで来る。そして、アイシェに向かって微笑んだ。


「アイシェ、ありがと。ポニーテール、似合うね」


 礼なんて言われたくない。だから、そっぽを向いた。

 レヴィシアの苦笑した表情が、横目に見える。


「それね、改革を始める時、ザルツに言われたの。表立った活動をする時は必ず同じ髪型でいるようにって」

「は?」

「そうしたら、大衆はあたしの顔まで覚えていなくても、ポニーテールをした女の子だって認識をするから。そういう意識を植え付けることで、いざ隠れる時はそれを外してしまえば、特徴が消えて紛れやすいでしょ? それから多分、今回みたいに代理を立てる時、同じ髪型をさせれば、あたしだって誤認されやすいから。ザルツはこういう場合も考えてたんだって、今になってわかったよ」


 あの眼鏡、抜け目のなさそうな顔をしていた。事実、その通りなのだが。


「だからね――」


 と、レヴィシアはアイシェに更に近付く。


「もし、危険だと思ったら、これはすぐに外して、人ごみに紛れて逃げてね」


 そう、自分の後頭部に触れながら笑った。


「……平気。ルテアがいるから」

「あ、そうだね」


 不安そうな表情ひとつ見せず微笑んで言う余裕が癪に障る。


「じゃあね、お互い、大変な戦いを潜り抜けなくちゃいけないけど、必ずまた再会しよう」


 そう言って、レヴィシアは手を差し出す。以前、差し出した手を握り返さずに放置したというのに、まるで懲りていない。学習能力というものがないのかも知れない。

 冷たくそれを見遣ると、それでもレヴィシアは能天気に笑った。


「ほら、だって、勝負の途中でしょ? それとも、もう終わりでいいの?」


 カチン、と来る。

 アイシェは勢いに任せてレヴィシアの手をつかんだ。そうして、握りつぶすようにして強く力を込める。


「ぃったたっ!」


 変な声を出してもがいているけれど、放してやらなかった。


「終わり? 冗談じゃないわ。まだまだこれからでしょ! 確かに、再会しなきゃね!」


 そうして、アイシェが放り出した彼女の手は、赤くなっていたけれど、何故だかそれでも嬉しそうに笑っていた。腹が立つし、意味がわからない。けれど、何かいつもペースを崩されてばかりいる。

 変な子だ。

 それが結論だった。

 そうして、気付けば緊張はどこかに消えていた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 ルテアはアイシェと合流する前に、レヴィシアを探した。

 最終作戦に出発してしまえば、すべてを終えるまで会えないかも知れない。半年間を乗り越え、再会を果たした今、二度と会えないとは思わない。けれど、まったく不安がないなんてことはないのだ。

 いつだって、不安は抱え切れないほどにあふれている。

 だからこそ、それを拭い去りたいから、あの笑顔を探した。



 程なくして、ルテアはレヴィシアの後姿を廊下で見付けた。栗色の髪を今日は結わずに下ろしている。

 この忙しい時に、リーダーがフラフラしている。フラフラしている風に見えて、実は色々な気配りをしている。あちこちに顔を出して声をかけているのだろう。


「レヴィシア」


 名を呼ぶと、髪を揺らして振り返った。朝陽を受けて透けるように輝いた髪が落ち着き、ふわりと柔らかな微笑がそこにあった。


「ルテア」


 信頼し切ったその表情が、心底嬉しかった。あたたかな感情を抱きながら、そばへ駆け寄る。


「今日は髪、下ろしてるんだな」

「うん。アイシェが囮になってくれるから、あたしはいつもの髪型はしないの」

「そっか」


 うなずき、そうしてその髪に触れる。柔らかな手触りが心地よかった。見上げて来る視線を受け止める。


「絶対、上手く行く。そう信じてる」


 本当なら、誰よりもそばで守りたかった。近くで見届けたかった。

 けれど、それを口にしてもお互いに困るだけだ。何を望み、何を思うのか、言葉にしなくてもわかっていると今は感じている。

 その証拠だろうか。レヴィシアは微笑んでいる。


「うん、もちろん。ルテアも気を付けてね」


 軽い抱擁の後、二人はそれぞれの方向に向けて歩き出した。

 

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