〈20〉わがまま
「やだ」
いつもの彼の返答である。けれど、今回もそれを飲み込むことは出来なかった。
それは出立前の出来事だった。
ザルツが皆に役割を振り分けていた時、レヴィシアたちと共に城へ向かってほしいと頼まれたフィベルが、断固拒否したのである。いつものことなのだが、それでは困る。
「これで終わりだ。だから――」
「やだ」
最後まで言わせてもくれない。先の戦いで苦戦したことが、フィベルにはとても面倒だったらしい。
そこで、助け舟を出したのは師匠のスレディだった。
「こいつ、城とか軍とか嫌いなんだよ。違う配置にしとかねぇと、勝手に持ち場離れてフラフラしてても知らねぇからな」
さすがに、それは困る。ザルツは言葉に詰まった。ただ、そんなやり取りを部屋の片隅で聞いていた人物によって救われた。
「俺が交代すればいいだろう?」
そう言って、一歩前に進んだのはジビエだった。
「城なんていう特等席で、この国の変化を目の当たりにできるんだ。むしろ、俺が行きたい」
その申し出に、フィベルはこくりとうなずいた。
「いってらっしゃい」
勝手に話を進める。
ジビエは、レヴィシアの影武者となるアイシェの護衛だった。一瞬、アイシェは不安そうな顔をしたけれど、すぐにそれをなかったことにして、目をつり上げる。
「ジビエ、こんなのがジビエの代わりになるの? こっちはどうするのよ」
そんなアイシェの心境も、ジビエには透けて見えたはずだ。クスクスと笑う。
「大丈夫。彼は強い。それに、お前にはニールやルテアがいる。他にもな。十分切り抜けられるはずだ」
アイシェはすでに、ルテアをそばに付けるという条件を出し、その我がままを通した。今回のフィベルやジビエの希望が我がままだとしても、それ以上の非難は出来ないのである。
それ以上何も言わず、うつむいたアイシェを、なんとなくいつもよりも無口なニールが小突いた。イラッとしたアイシェがやり返し、二人のどつき合いが始まったけれど、特に誰も止めなかった。
そんな経緯があり、フィベルは城へ突入することなく城下へ回されたわけなのだが、その選択が正しかったのかどうなのか。
アイシェに、ちょっと先に行って様子を見て来いと言われたのだが、そこでいきなり大物に遭遇するのだから、巡り会わせとしか言えない。そうなのだが、本人としてはそれを認めたくないところである。
「お前も、あのユイトルってやつもそうだ。俺は狩ると決めた獲物を逃すほど嫌なことはない」
牙をむくようにして言うヤールに、フィベルはうんざりとした顔を隠さなかった。相手はしたくないけれど、背後の道を行けば、アイシェたち囮部隊がいる。結局のところ、前のように身ひとつで逃げ出すことは出来ないのだ。
「めんどい」
言いたいことはそれだけである。
けれど、そういうところがいつも、相手の神経を逆なでるのだった。
「面倒でもなんでもいい、抜けよ」
剣先を向けられ、フィベルは嘆息した。そうして、丹念に磨いた、師匠より与えられた剣を抜き去る。
いつになったら、この刀身を傷付けることなく、ただ眺めて磨いていられるのだろうか。
自分のしたいことは、はっきりとしている。
早く、師匠のように、なんの曇りも嘘もない、輝きに満ちた武器を作り出したい。
それだけのことなのに、どうしてこうも横道を突き進むことになるのか。それ以外のことなんて、どうだっていい。国だ革命だと、みんなうるさい。
さっさと終わらせる。
今はただ、それしかない。
ピリ、とフィベルのまとう空気が変わった。細い目が、どこか鋭く光る。
ヤールはそれを、満足げに受け止めた。
地べたに転がっていた青年たちも、その異様な空気を感じ取り、這うようにして横に避難した。
そうして、王都の三番街の一角で、その戦いは繰り広げられたのである。




