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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈19〉王都ネザリム

 王都ネザリムは、一番、二番、三番街に分かれた構造となっている。

 城へ繋がる道は、三番街から順に、最後に一番街を抜ける必要があった。

 その三番街は平民層の住宅区域である。国軍としては、この三番街まででレジスタンスの進入を食い止めたいと思っていることだろう。


 戴冠式に向け、表向きだけでも賑わっていると思われた王都は、祝い事を控えているとは思えないほどの張り詰めた空気に覆われていた。レジスタンスの襲撃が予測されているのだから、それも無理からぬことではある。

 迫り来るその瞬間を、大多数の民は家の中で息を殺して待つのだった。


 ――それぞれの思いが交錯し、ぶつかり合う。

 そうして、国は淘汰されるのか、逆流する勢いに飲まれて崩れ去るのか。

 その先は、これから始まる。



 そんな王都の中にありながらも、怯えるばかりではない人々もいた。


「……とにかく、レヴィシアたちの助けにならないとな」


 そう、ささやき合うのは、商店の立ち並ぶ二番街の商人たちだった。彼らは、レヴィシアたちが本格的な活動を始める前、この王都に潜伏していた時から支援してくれていた面々である。


「ああ。戴冠式なんて、クソ食らえだ」

「レブレムさんが目指した国に、もう少しで手が届くんだ」

「一度は諦めた夢を、今度こそ――」



 緊迫状態であった王都で、戦いの幕が切って落とされた。

 その発端となったのは、王都へ北上して来た最大のレジスタンス組織の列が見えたせいである。それを確認した、他の組織レジスタンスたちが、我先にと街を駆け抜ける。それを防衛する兵士との乱闘が始まった。

 シェーブル軍がほとんどであるけれど、時折、それに協力するレイヤーナ軍の姿もあった。

 ただ、精鋭は戴冠式を控えた城の守りに回っているのだろう。将軍の姿はなかった。



         ※※※   ※※※   ※※※



「……しかし、ネスト様も酔狂な。ここまで俺たちが面倒を見る必要があるのか?」


 ため息混じりに、二本の剣を操る男、ヤールがぼやいた。

 彼は一見してレイヤーナ王子の側近には見えない。彼がネストリュート王子の命により、城下の混乱から市民を守るという役割を任されているなど、言い当てられるものはいないだろう。


 もともと、この地は異国の地。

 幾人が死のうと、ネストリュートが気に病む必要はない。

 今はそれよりも、もっと大切なことがある。

 あの主が、本国に対して行っていること。

 それが知れれば、本国の兄王子たちはいっせいに主を攻撃するだろう。

 それを承知で、この国の内戦に関わる。


 何を思い、何を見越して動いているのか。

 そんなことは、ヤールが考えることではない。

 ただ、付き従い、疑うことなくその手足となればいい。


「頭使うだけ無駄だな、これは」


 諦観と共に、ヤールは再び剣を振るった。



 そうして、武装した一団がヤールの佇んでいた往来に到着する。相手は五人。

 まだ若い彼らは、兵士ではない。きっと、レジスタンスの構成員だろう。


「お前は……!?」


 とっさに身構える五人。

 彼らの誰もが、ヤールを知らない。『あの組織』とは別の組織なのだろう。


「……お前たちは、何を望む? この国の王に相応しい人間は誰だ?」


 その問いかけに、青年のうちの一人が声を張り上げた。


「この国に相応しいのは、民の気持ちをよく知る人間だ! それは民で、だからこそ、民の中から王は選ばれるべきなんだ!」


 ヤールは、その必死な叫びとは温度差のある失笑をこぼす。


「『人間』ね。凡庸な普通の人間が相応しいというのなら、王などいらないというやつらの方が真っ当なんだろうか。まあ、どちらでもいいか」


 馬鹿にされたと憤慨する青年たちに、ヤールは冷たい視線を投げた。


「とりあえず、俺がお前たちの敵であることだけは事実だな」


 力量の差を感じ取れないほどに、彼らは愚かだった。多勢に無勢だと、頭を働かせることなく思ったようだ。悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の中、静かなヤールの声が響く。


 王座は目の前。

 目の眩んだ愚かな民。

 己たちの器を知らない、哀れな只人。

 こういう人間は、嫌いだ。


 けれど、その目を覚まさせてやることにする。それには、少々荒い手段が必要だ。

 言葉にならない雄たけびを上げながら突進して来た青年たちを、ヤールは軽々と捌いて往来に転がす。血を流し、怯え、うめく彼らは、今日この場に来たことを後悔していることだろう。

 こうならなければ、わからない自分が悪いのだ。命があるだけましだろう。


 ヤールも、止めを刺すようなことはしなかった。本来なら、自分に刃を向けた人間に容赦はしないのだが、命は取るなと事前にネストリュートに釘を刺されている。


 ただ、全員が地べたに這いつくばった頃、一人の青年が遅れてやって来た。

 それは、眠たそうな表情をした糸目の青年だった。


「お前……!!」


 以前、戦いを前にしてとんずらした相手との邂逅に、ヤールは目をむいた。けれど、当の青年は首をかしげる。


「誰だっけ?」


 わざとなのか、本気なのか、わからない。思わずヤールは怒鳴った。


「アスフォテで会っただろうが!!」


 ぽん、と手を打つと、彼はきびすを返しかけた。


「逃がすか!!」


 素早く踏み込み、その首を落とすようにして斬り込む。けれど、糸目の青年は獣のような機敏さでそれをかわした。小さく舌打ちし、顔をしかめる。


「最悪」


 青年はそうぼやくけれど、ここで出会ってしまったのだから仕方がない。

 ヤールにとって、逃がした一人目の獲物なのだ。 


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