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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈25〉過去を知る者

 レヴィシアたちがロイズのもとに向かっている頃、それと時を同じくして――。



 ユイたちは階段を使わずに、そのまま回廊を南に進む。下の階は騒がしいけれど、上は人気ひとけが少なかった。

 三人は慎重に進んだが、拘留部屋までの道のりで誰かに出会うことはなかった。ただ、それも時間の問題で、侵入者を警戒した無事な兵士は、すぐに上に戻って来るだろう。だから、急がなければならない。

 拘留部屋からは、わかりやすい胴間声が響いて来る。

 自分たちの居場所を知らせるため、ティーベットたちは派手に騒いでいた。それを抑えようとする看守たちの声も微かにするが、ほとんどがかき消されてしまっている。


 三人はうなずき合うと、一気に木製の扉を開け放った。

 中には、広々とした牢屋の格子につかみかかり、がなり立てているティーベットたちの姿があり、それを清掃用のモップの柄で突いている看守の姿もあった。

 看守は突然の侵入者に一瞬気を取られ、逆にティーベットにモップを奪われた。そのまま彼に殴り倒され、その場に伸びる。もう一人いた看守も、気付けばラナンが締め落としていた。

 ユイは壁際をたどり、鍵束を手に戻った。素早く鍵を合わせ、牢を開いて行く。

 ティーベットは少し伸びた無精ひげをさすりながら格子を潜った。


「作戦は順調か?」

「もちろん」


 と、シェインは親指を立て、にこやかに答える。


「そうか。じゃあ、もうひと暴れするか」


 おお、と他のメンバーたちからも声が上がる。彼らは、看守の剣や、武器になりそうなものを拾い集めて武装した。先ほどのモップも、とりあえずは武器である。



 捕らえられている『ゼピュロス』のメンバーは、この上の階の中央だと聞いている。一行は階段を素早く上り、その場所へと向かった。

 その階も、基本的な造りは変わらない。そのままの勢いで、扉を開いた。


「なっ!」


 看守は先ほどよりも多く、四名だったが、真っ先に踏み込んだティーベットが二人の首根っこをつかみ、頭をかち合わせた。見ている方まで痛くなる。

 この部屋の牢は、囚人の数が多かった。囚人たちも突然の襲撃に驚きながらも、脱獄の機会を逃したくないようで、出してくれと大声で叫び出す。

 その割れるような騒音に、一行は焦りを感じた。異変に気付き、兵が殺到するのはもう間もなくかも知れない。

 後ずさった残りの看守に、他のメンバーたちが詰め寄って行く。

 その隙に、シェインが鍵を探して解錠する。『ゼピュロス』のメンバーを判別できないユイとラナンは、入り口の方を警戒しながら退路を守った。


 そうして、開放された『ゼピュロス』のメンバーたちは、聞いていた数に及ばなかった。全部で十一人しかいない。ズタズタの風体で、涙ながらにつぶやいた青年の口から、そのわけが語られる。


「は、発狂して壁に頭を打ち付けて死んだり、拷問とか色々……あって……っ」


 シェインの口もとが、ギリ、ときつく結ばれた。ティーベットも、鼻筋にしわを寄せ、うなるような声を上げる。悔しさがどこまでも伝わって来たけれど、今ここで感情に任せて動いてはいけない。


「後は、退路を確保しつつ、ロイズさんたちに目を向けさせないようにしないとな」


 またしても、看守の武器を奪う。出せと騒ぐ囚人たちを放って外に出る頃には、音を聞き付けて駆け付けた兵士がわらわらと階段を上って来る。


「この、テロリストが!」


 剣を抜き去り、厳つい兵士たちは牙をむく。

 すぐに突破しなければ、挟み撃ちにされる。ユイは背後をラナンに任せ、眼前の敵へ踏み込んだ。長い髪が、流れる水のように動くさまを、ラナンは眺めていた。

 加勢しなければと思う反面、しなくても大丈夫なような気もした。


 ユイは背に担いだ剣を抜かなかった。軽くひざを折って身を低くすると、伸びやかに跳躍し、一人の兵士の鳩尾を深く蹴り込んだ。とっさに反応し切れず、後方へ吹き飛ばされ、剣を取り落として悶絶する。

 すぐさま剣の柄に手をかけた別の兵士は、それを抜き去る前に靴底が顔面を直撃した。他の兵士たちも、剣を構えたにも関わらず、振るうこともできずに蹴られ、手首をひねられ、こぶしを叩き付けられる。



 次々と倒れて行く仲間の後ろで、最後の一人は迫り来る恐怖と戦いながら、脂汗をにじませて思考を巡らせた。

 テロリストであろうと、この青年は自分が勝てる相手ではない。

 だとするなら、どうするべきか。

 あの人は、どこにいる。

 あの人こそ、責任を取るべきだ。

 責任を取って、この敵と戦うべきだ。

 その兵士は、敵に背を向けて走り去った。ただ一人を呼びに行くために。



 けれど『彼』は、自分を呼びに来た部下の腹を剣の柄頭でしたたかに打ち据え、もだえ苦しむ部下を放置して、無言で騒音の続いている牢へと向かった。



         ※※※   ※※※   ※※※



「うわ、あんたって、結構乱暴だな」


 からかうようにシェインが言うと、ユイは真剣に答えた。


「そうかも知れない」


 その生真面目さに苦笑する。


「抜かなくても片付けられるなら、別にいいと思うけど、それならなんで剣なんか持って来たんだ? 邪魔なだけだろ?」


 彼は弓の名手だと聞いた。室内で弓は無理だから、しぶしぶ剣に持ち替えたのだろう。剣も多少は扱えるのだろうが、やはり得手ではないのかも知れない。素手でも強いのだから、問題はないが。


「……行くぞ」


 ティーベットが短く言う。

 囚われていた仲間たちを支えるようにして、『ゼピュロス』のメンバーたちも動いた。

 一行は、ラナンの背後の階段へ向かう。

 先頭をティーベットとシェインが行き、間に『ゼピュロス』のメンバーを挟む。殿しんがりにユイとラナン、そんな隊列を組んだ。


 けれど、先頭のティーベットが階段の手前まで来ると、ユイが退けた兵士が倒れている後ろから、一人の中年の男性が悠然と現れた。侵入者に対する焦りも驚きもない。

 特に何かをしたわけでもないのに、妙な存在感を放ってそこにいる。


 一見、どちらかといえば細身で、その無駄のない締まった体躯は、サーベルを思わせるような印象だった。その力量を、その場にいた誰もが手に取るようにわかる。

 皆を逃がそうとするのなら、少なくともユイとラナンは彼の足止めとして残らなければ、背を向けた途端に抹殺されるだろう。二人は後ろを庇うように立った。

 そんな様子を目にし、彼は笑いを含んだ声を二人に向けた。


「なかなかおもしろそうな連中だな。そこで無様に伸びているやつらより、よほど見込みがある」

 カツン、と靴を鳴らし、男は前に出た。ユイたちの背後の脱獄者たちを眺めると、薄く笑う。

「そんな雑魚でよければ、くれてやる。ただし、私から逃れようと思うなら、私の相手を残して行ってもらわねばな」


 楽しげにさえ見えるその男は、腰にいた細身の剣に手をかける。

 ラナンは背後の仲間に促す。先に行け、と。

 それを受け取ったティーベットたちは、ためらいながらもそうするしかなかった。今、挟まれてしまっては一巻の終わりだ。ロイズたちにも退路がなくなる。


「気を付けろよ」


 それだけを言い残すことが精一杯だった。『ゼピュロス』のメンバーたちが走り去る中、ユイはラナンに向けてささやく。


「俺が止めるから、ラナンも先に行ってくれ」


 ユイの実力を先ほど垣間見た。あの光景を目にし、ユイの正体を確信に近いまで知った気がする。

 それでも、まだ実力を出し切っていない。底知れない強さを秘めていると知りつつも、一人で残して行くことには抵抗があった。


「それは……」


 けれど、ユイの目は穏やかだった。だからこそ、ラナンはその言葉を静かに受け止める。


「すぐに追いかける。こんなところでつまずいている暇はないから」

「……レヴィシアを泣かせるなよ?」

「ああ。必ず戻る」


 複数の足音が交錯する中、ラナンもそれに続いた。一度だけ振り返り、その背を見る。あの肩に、どれだけのものを抱えるつもりなのだろうか。どこか悲しい背中だった。



         ※※※   ※※※   ※※※



 対峙する二人。 

 男は最初、探るような目付きでユイを見定め、それでも判断しかねるといった風だった。

 ユイは正面の男と向き合い、その奥まった目を見据えた。ユイに表情はなく、ただ口もとだけが動く。


「来ないのか、ゲブラー?」


 ピク、と男の眉が跳ね上がる。


「……やはり、あなたか」


 ため息と一緒に、ゲブラーは吐き出した。


「一見しただけではわからなかったな。随分と面変わりしたものだ。昔のあなたは才気にあふれ、もっと自信をみなぎらせていた。いつからそんな、暗い目をするようになったものか……」

「自分の傲慢さを知ったからだ」


 そんなユイの答えに、ゲブラーは失笑した。


「なら何故、私の誘いに乗った? あなたは昔から、私が何度断っても、執拗に手合わせを願ったな。根底はそう変わっていないのではないか?」


 変わりたい。

 変われない。


 それでも、今こうして戦おうとするのは、昔の自分とは別の理由だ――。

 迷ってはいけない。戻ると約束したから。

 こんな自分でも、待っていてくれるのだから。

 ユイはレヴィシアの顔を思い浮かべ、冷静に言葉を選ぶ。


「あんたこそ、相変わらずだ。嘱望されながらも、いつも人の期待にそわない。あんたはこんなところにいるべき人材ではなかったはずだ。……そう、惜しまれるのが楽しいのか? 人の期待を裏切るのが好きなようだから」


 すると、ゲブラーはクッと短く笑った。


「それはお互いにだろう?」


 懐かしい相手と言葉を交わしても、もうそこに親しみはない。

 間には張り詰めた殺気が存在するだけだ。

 それでもゲブラーが会話を試みるのは、ユイではない、別の人物への遠慮があるからだろうか。


「あなたは今、何をしている? 自らをレジスタンスと称し、暴動など起こしているのなら、早く止めるべきだ。その愚かしさを嘆かれる方がいるのだから」


 ユイはその言葉をすり抜ける。今の自分は、それらと決別した。


「昔の俺は死んだも同然だ。今更、誰も嘆いたりしない」

「それではもう、戻れないぞ」

「戻る気はない」


 跳ね付けるしかない言葉。このまま続けたところで不毛なだけだ。

 この程度の時間を稼いだところで、なんの足しにもならない。終止符を打ち、仲間たちのもとへ向かうべきだろう。


「あんたの実力は知っている。だから、俺も全力で行く。旧知だろうと、手加減はしない」

「わかった。何を言っても無駄なら、その亡骸をあの方に送り届けてやろう」


 ゲブラーの諦めが、開戦の合図だった。

 最近は弓術ばかりに偏り、剣を握ったのはいつ振りか。

 ユイは剣の柄を握り締める。その皮の感触に肌が粟立った。

 引き抜いたその重みが、不思議と体に馴染んで行く。

 それを自覚した時、自分は結局、変われていないのではないかと不安になる。


 この時の自分は、皆が『ユイ』と呼ぶ人間ではなかったのかも知れない。

 あんなにも嫌悪する、昔の自分が顔を覗かせる。

 レヴィシアがここにいないことを、彼は心から感謝した。


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