〈16〉月の色
「戴冠、式……」
そう、呆然とつぶやいたのが誰であったのか、シンと静まり返った広間の中にあってはすでにわからない。
「それって、新しい王様になるってこと?」
普段は甲高いクオルの声も、この時ばかりは暗く沈んで響いた。
「手遅れ、なんて、そんなこと……」
プレナが両手で口もとを押さえてうめく。
もう少し。
先が見え始めていた今だからこそ、皆の中に絶望が渦巻く。
所詮、実現できることではなかったのか。夢を見た自分たちが浅はかであったのか、と。
そんな中で、レヴィシアは机に両手を付いた。彼女の小さな手の平では、思った以上に大きな音も出せず、中途半端なものであったけれど、それでも皆はレヴィシアに視線を集中した。
レヴィシアは机に向けていた顔を勢いよく持ち上げる。
「手遅れじゃないよ。うん、なんにも遅くなんかない。作戦は、このまま決行! そうでしょ、ザルツ?」
強く、明るい光を持つレヴィシアの瞳が、ザルツに向く。ザルツは満足げに微笑んでうなずいた。
「レヴィシアの言う通りだ。どの道、向かう先は同じ。俺たちは駆け上がるだけだ」
彼の言葉にも、力強さがある。どこかに迷いを残す響きはなく、はっきりと信念を示す。そんな彼の姿に、仲間たちも勇気付けられるのだった。
「そうだな。ちょっと見物人とか増えてごった返すかも知れないけど、なるべく気を付けて行こう。連絡はしてあるんだから、騒ぎが起こったらみんな避難は始めるはずだけど。混戦になったら、民間人を巻き込まないように配慮しないとな」
サマルの発言に、組織の面々はそれぞれにうなずいた。
「何、案ずるな。いざとなれば、この身を盾にしてでもワシがなんとかしてやる」
カカカ、といつものようにフーディーは笑う。冗談のつもりなのか、本気なのかはわからないけれど、フーディーならば兵士にひと泡吹かせることくらいはやらかしそうである。そう考えてニカルドは嘆息するのだった。
「あ、あの、あの……っ」
こういった場では珍しく、ゼゼフが口を開いた。皆の視線がいっせいに彼に向かうと、ゼゼフはいつものことながら顔を真っ赤に染めてもじもじとうつむく。そんなゼゼフにレヴィシアは駆け寄ると、その顔を覗き込んだ。
「どうしたの、ゼゼフ?」
覗きこんだゼゼフのつぶらな瞳はしょぼしょぼとして、赤かった。なんだろう、とレヴィシアが思っていると、彼はポケットから一枚のハンカチを取り出した。鮮やかな黄色のハンカチだ。
「うん、これが?」
レヴィシアがそれを受け取ると、ゼゼフはぼそりと言った。
「僕、自分に何かできることがないか、考えたんだ……。それで、その、ハンカチをみんなの分、手伝ってもらいながら縫ったんだけど……」
みんなの分。手伝ってもらったとしても、結構な人数分である。睡眠時間を削って縫ったのだろう。その眼が物語っている。
「に、人数が増えて、仲間の顔をお互いが覚えていないかも知れない。仲間同士、間違えて戦ったりしないように、みんながこれを身に付けていればいいんじゃないかって……」
そんなゼゼフの気配りに、新参者の『クラウズ』の面々、ジビエは優しく微笑んだ。
「ああ、それは助かるな。特に俺たちは覚え切れてないからな。間違えて殴ったら大変だし」
「ほんとほんと、ありがとな」
ニールも、ニカ、と笑う。
レヴィシアは、針で傷だらけになったゼゼフの手とハンカチを同時に握り締めた。ゼゼフはとっさのことに赤面してあぅぅ、とうめく。
「ありがと、ゼゼフ。うん、これがみんなの結束の証だね」
そうして、そのハンカチを自分の手首に巻く。それを結ぼうとしているのか、片手でもがいている。それを、ルテアが横から手伝った。その途端、アイシェの顔は強張ったけれど。
「これでよし! じゃあ、みんな、がんばろう!!」
レヴィシアはハンカチを巻いた左腕のこぶしを高らかに掲げた。それに皆が呼応する。
黄色は月の色。
鮮やかな、光り輝くその色は、皆にとって平和の象徴である。
それを目指し、残る道を駆け抜ける。




