〈12〉好敵手
「ほら、これ」
と、スレディが差し出して来たひと振りの剣をレヴィシアは両手で受け取った。蒼い鞘に収まった刃までは見えないけれど、それでもその剣が持つ魂が、繋がる手から脈打つように伝わる気がした。
「え? 何これ?」
それを、スレディの背後のフィベルがつぶやく。
「師匠の業物」
「えぇ??」
スレディは、フン、と鼻で笑う。
「決戦だからな。使わせてやるよ。レヴィシアが渡したい相手に渡してやれ」
ようするに、とっておきの一本なのだろう。それを使わせてくれるのだ。
スレディのその気持ちが嬉しかったから、レヴィシアは思わずスレディに飛び付いた。
「ありがと、スレディさん!」
「ば――っ!」
「師匠、照れてる」
余計な一言を言ったフィベルは、例のごとく殴られた。
渡したい相手に渡せばいいと言う。それを言った時点で、この剣が誰のもとへ行くのか、スレディにはわかっていただろう。
だから、レヴィシアは迷わずにユイに渡すことにした。
けれど、ユイは決戦に向け、鍛錬に余念がなかった。近くの森へ出かけたのだという。仕方がないので、戻るまで剣は部屋に置いておいた。
そうして再び廊下を歩いていると、ばったりとアイシェに出くわす。
お互い、一人だった。意識し合う二人は、ぴりりと痛い空気の中、すれ違う。
ただ、通り過ぎる前に、レヴィシアはアイシェの腕を取った。
「何よ」
アイシェの表情が険しくなる。それでも、レヴィシアはなんとか笑った。
「うん、あのさ、ちょっといい?」
レヴィシアにしてみれば、友好な関係を築きたいから笑った。けれど、その笑顔さえ、アイシェにしてみれば優越感から来るものに思えたのだろうか。更に眉尻をつり上げ、アイシェはレヴィシアの手を振り払う。
「嫌よ」
けれど、レヴィシアは諦めずに再びアイシェの腕を取った。今度は簡単に振り払われないよう、腕を抱き込むようにして絡める。
「嫌でも来て」
「なんでっ!?」
「いいからいいから」
一度、ちゃんと話したい。逃げてばかりいてはいけない。
そう、覚悟を決めた。
無言のままに、庭園を歩く。アイシェはどこを見ていたのだろうか。少なくとも、レヴィシアに目を向けることはなかった。
「ねえ、アイシェ」
声をかけると、にらまれた。馴れ馴れしくされたくない、と顔に書いてある。
それでも、レヴィシアは笑顔を保った。すると、その口から、ぼそりと言葉がもれる。
「あんた、他に好きな人がいるんじゃないの? なんで、ルテアにまでいい顔するわけ?」
そのストレートな一言に、レヴィシアは思わず怯んでしまう。けれど、ここは受け止めなければならないところだ。
「……うん、確かに前はそうだった。でも、今はルテアのことが――」
言葉の先を、アイシェは鋭い刃物のように切り捨てる。
「勝手よね、あんたって」
怒れないのは、アイシェの言い分が間違っていないからだろうか。それとも、過去の自分のようで悲しくなるからだろうか。
やっぱり、また、笑うしかなかった。
「そうだね。勝手だと思う。気持ちって、どうしてこう、うまくコントロールできないのかな」
誰も彼もがそうだ。そうして、苦しんでいる。
なのに、救いがあるとは限らない。傷付くだけのことだってある。
それでも、気持ちは変えられないし、止められない。
レヴィシアが穏やかに笑えば笑うほど、アイシェは苦しかったのだ。そのことを、忘れていた。
「そうやって笑わないでよ! 言い返してくれた方が、まだマシじゃない!」
あの時、シーゼの思い遣りや笑顔が苦しかった。嫉妬をぶつける自分を気遣う、そのきれいな心に触れると、自分の醜さに打ちひしがれた。今のアイシェも、そうなのだろうか。
「気持ちがわかるなんて言ったら怒るかも知れないけど、あたしも、敵わないのが苦しくて、シーゼにすごく当たっちゃったから。ここで怒れないの。やったことは自分に返って来るんだなって、しみじみ思っちゃう」
そう嘆息すると、アイシェは一瞬、理解できないものを前にしたように顔を歪めた。そんな彼女に、レヴィシアはそっと言った。
「あたしは、シーゼみたいに敵わないって思わせられる人間じゃないよ。でもね、嘘はつかないから。あたしは今、ルテアのことが好き。アイシェと一緒。この気持ちはほんとだからね」
「……あんたなんて嫌い」
ぼそ、とアイシェはつぶやく。
「そうだね。でも、この組織の中であたしと同じ歳の女の子って、アイシェだけなんだよ? あたしはそれが嬉しいんだけどね」
顔を覗き込むと、アイシェはやっぱりそらした。
「あたしは嬉しくない。間違っても、友達になろうとか言わないでよ」
「あ、先に言われちゃった」
「言うなって言ったでしょ!」
「アイシェってかわいい」
「うわ、あんたに言われると腹立つわ」
歩み寄ったのか、より距離が開いたのか、正直なところはわからない。けれど、共有した時間と、会話の数の多さに、レヴィシアは少し嬉しくなった。
それも、アイシェに言ったら嫌がられるのだけれど。
「あたし、遠慮もしないし手も抜かない。だって、そんな余裕ないんだもん」
そう、レヴィシアは宣言する。アイシェは顔をしかめたけれど、それから鼻で笑った。
「そうよね。あたしの方がスタイルいいし、美人だし。ルテアも、すぐにあたしのことが好きになるわ」
グサ、と棘のある言葉が刺さるけれど、レヴィシアは笑顔で受け止めた。
「負けないよ」
「こっちこそ」
当人がここにいたら、喜んだか、逃げ出したくなったか、どちらだろう。




