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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈8〉先のこと

 そこはクランクバルド邸の当主の間であった。


 クランクバルド公爵、セデリーナ――冷血女卿と噂される彼女は、ゆったりと椅子に腰かけ、紅茶を口に含んだ。その傍らには、執事のレーマニーが控え、椅子の正面にはロイズこと、ラダト=メデューズがいる。ロイズは仲間たちとの会話の内容を、穏やかな口調で公爵に伝えていた。

 一言も口を挿むことはなく、聴いていないのではないかと不安になるような相手である。けれど、こうした時、公爵が相手の言葉を聴き逃すようなことはない、と今となってはわかっている。だから、ロイズは一人、滔々と語るのだった。

 そうして、あらかた語り終えた時、公爵は静かに口を開く。


「メデューズ」

「……はい」

「あの者たちの大半は、宣言することが最終目標と考えておるのやも知れぬ。けれど、我らにとってはそうではない。ここからが、始まりだ。お前もそれを心しておくように」


 ロイズは思わず言葉に詰まった。

 自分は、レジスタンス活動の末に投獄され、そこから脱獄した身である。いわば、日陰の存在だ。再び表舞台に立つなど、考えてもいない。

 こうして、公爵の陰で改革に携われるだけで十分だった。


「私は――」


 歯切れの悪い言葉は、この公爵の嫌うところである。はっきりと、意見を述べるべきだ。

 できるできないではなく、自分がどうしたいのかを。


「私は、民主国家の礎となる覚悟です」


 その言葉を、レーマニーも微笑んで聞いていた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 その晩、リレスティの町のとある酒場にて、巨漢二人、老人二人、青年一人が酒を酌み交わしていた。

 巨漢とは、ティーベットとニカルド、老人とは、フーディーとスレディである。スレディの弟子、フィベルも当然お供することとなった。


 ティーベットは酒豪で、席についた瞬間に酒を注文し、すぐさま運ばれて来たエール酒を瞬時に飲み干し、二杯目を頼むのだった。ニカルドはそれに比べると慎ましやかなものだ。

 スレディも普段からよく飲んでいるので、実においしそうに酒をあおった。フーディーもそこそこに飲む。ただ、フィベルだけは一口も飲まない。理由は、美味しくないから、だそうである。


「しっかし、この町はおキレイすぎる。酒場まで上品で落ち着かねぇなぁ」


 ガハハ、とスレディは煙草までふかしながら豪快に笑っている。そんな彼に、ほんのり顔を染めたフーディーがぼそりとつぶやく。


「おぬしが下品だから浮くんだろうよ。ワシ、上品だから恥ずかしいのぅ」


 どこまで本気かわからない、酔っ払いである。


「なんだとぉ」


 と胴間声ですごむスレディだが、本気で怒っているわけではない。

 そんな、男臭い集団で飲む酒を、ティーベットは懐かしそうに笑っていた。


「はは、レブレムさんも酒癖悪かったなぁ。普段から陽気なのに、酒が入ると更に陽気になって、まるで子供みたいでな」

「ああ、レヴィシアを見ていればわかる。いい人、だったんだろうな」


 しみじみと、スレディは言った。その言葉に、ティーベットは深くうなずく。


「なんで、あんな人が先に逝っちまうのかな。世の中ってヤツは、狂ってる。……いや、狂ってたのは、あいつか」


 レブレムの命を奪った人間。その理由が、どこまでも利己的なものであったから、どうしたって許せなかった。その憎しみを、フーディーは青いものでも見たかのように笑う。


「どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだのぅ。いつまでも罪だ贖罪だと陰鬱な顔をしておるユイも、気を抜くと許してしまいそうになる自分を感じながら、それを認めないおぬしも」


 ぐ、とティーベットはのどに物を詰めてしまったかのように黙った。そんな様子を、ニカルドは穏やかな面持ちで眺めた。


「彼は、すべてを賭けて償っている。過ちを犯した自分を、誰よりも許せずにいる。私が彼であったなら、途中で投げ出していたかも知れないな」


 ティーベットは、何も答えなかった。ただ、酒をなめる。


「俺が口を挿むことじゃねぇけどな、『お前の中のレブレム(そのひと)』は、なんて言ってんだ? 仇を討ってほしいってか? それとも――」


 スレディの言葉も、ティーベットは耳に痛かっただろう。それでも、ユイを気遣うように、ティーベットの憎しみも和らげばいい、と彼自身のために皆は思うのだ。憎しみを抱えて生きることはつらすぎるから。


「わかっちゃいるんだ」


 その巨体から発するには、情けなくみっともなく、消え入りそうな声だった。ティーベットはつぶやいて机に伏す。

 そんな四人の傍らで、フィベルは無言で座っていた。もしかすると、退屈すぎて寝ていたのかも知れない。ただ、糸目なので気付かれなかったようだ。


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