〈7〉優先順位
「みんな、ご苦労様」
リレスティのクランクバルド邸に再び終結したメンバーたちを、レヴィシアは労う。
「レジスタンス組織のいくつかは、俺たちに協力してくれるって言ってくれたけど、全部がそうじゃない。ほとんどが各自が王城を目指すことになる」
サマルの言葉に、ザルツはうなずいた。
「それでいい。兵士の標的を、俺たちの他に増やすことも目的のひとつだ。ただ、問題は……」
「他のレジスタンス組織が、俺たちの妨害をしないとは限らない。そういうことだな?」
ユイの発言に、皆がぎくりとする。
「お互い、足の引っ張り合いになるかも知れない。けれど、訓練された兵士を相手取るよりはいくらかマシだ。そうだろ?」
シェインの声には明るさがある。それによって、場の空気が持ち直した。
「ああ。その混戦をすり抜け、いち早く王城へ抜けるには、やっぱり市民の協力が必要だよな」
と、ルテアもこぼす。
「うん、王都には知り合いが多いから、あたしなら抜けられると思う」
レヴィシアの言葉は事実だ。ザルツは神妙にうなずいた。
そうして、ザルツは口を開く。
「……アイシェ」
「な、何よ?」
壁際でぼうっとしていたアイシェは、何故突然自分が呼ばれたのか、まるでわからなかったようだ。ジビエとニールも不思議そうにアイシェを見遣る。
ザルツは眼鏡を光らせ、はっきりとした口調で言った。
「今回の作戦では、レヴィシアを王城へ向かわせる。その時、周囲をかく乱するために、アイシェにはレヴィシアに扮してもらいたい」
レヴィシアは、ザルツの提案に目を白黒させた。
確かに、背格好や髪の色が似ていて、後姿だと間違えそうだとみんなが言う。
けれど、それは囮だ。危険が伴う。
自分は覚悟を決めたから、危険でも仕方がない。けれど、アイシェに自分の危険の半分を背負ってくれとは言えない。
「ザ、ザルツ、それはちょっと……」
思わず止めに入った。けれど、アイシェはレヴィシアのやること成すことすべてが気に食わないのだろう。にらまれてしまった。
それというのも、アイシェが想いを寄せるルテアが、レヴィシアに好意を持っているからである。いわゆる恋敵ということなのだが、この慣れない立場に、レヴィシア自身は戸惑うばかりだった。
「これが効果的だと思うから頼んでいるんだ。優先順位を間違えるな」
手厳しくザルツに言われてしまった。言葉を失くすレヴィシアと、複雑な面持ちのルテアだったけれど、当のアイシェは何故か不敵に笑った。
「ふぅん。どうしてもって言うなら、やってあげる」
厳しい環境で育って来たアイシェは、この程度の危険で怯むような少女ではなかったようだ。その度胸に感じ入ったのも束の間、レヴィシアは嫌な予感がした。
「ただし――」
すたすたと、広間を横断する。何も恐れず、背筋をピンと伸ばした彼女はきれいだった。本当に似ているのかな、とレヴィシアは思う。そうして、予感は的中した。
アイシェはルテアの腕にしがみ付く。
「ルテアがあたしと一緒に行動してくれることが条件」
「い゛」
ルテアはそのまま凍り付いた。ルテアにはルテアの想いがあり、そのために鍛錬を積んで来たことを皆がわかっている。けれど、囮になるアイシェも不安なはずだと思うと、強くは言えなかった。
それは、レヴィシアも同じである。何も言わず、そっと視線を二人から外した。
そうして、ザルツも嘆息する。
「ルテア、レヴィシアにはユイが同行してくれる。だから、アイシェを頼めるか?」
今、何が最善であるのか、間違えてはいけない。
個人的な事情を差し挟んではいけない。
それをわからなければならない。
そばにいたいなどと言ってはいけない。
ルテアは言葉もなく、それでも微かにうなずいた。ここで我がままを言えない程度には、お互いに大人になってしまったのだろう。その強張った表情に、アイシェの瞳が悲しげに揺れる。我慢が伝わるから、切ない。
人の気持ちは、どうしてこうもきれいに収まらないのだろう。
決戦を前に、結束しなければならないのに。
レヴィシアは、こぶしを握ると顔を上げた。
そんな中、ザルツは静かに言う。
「決行は三日後だ。この三日間、どう過ごすのかは各自の自由だが、特別な時間だと思うのは止めてくれ。すべてが終われば、また同じ時間の中に還る。心残りがないように、なんて身辺をきれいにすると、ろくなことにならない。生きて戻るんだ。心残りはたくさん残してくれ」
思わず笑ったのは、クオルだった。
「あったり前だろ。ボク、ミレンいっぱいだからね!」
クオルの未練とは、きれいなおねえちゃんにもっと甘えたいというところだろうか。
場に笑いが起こり、レヴィシアも少しだけ心がほぐれた。




