〈5〉明るい未来
そうして、そこからがサマルたち後方支援が担当の第二班にとっての正念場だった。情報を集め、噂を流し、予定する来るべき日のために備える。第二班だけではなく、手の空いている戦闘員たちも借り出したほどだが、サマルはいつも通り一人で動くことを選んだ。
単独行動は危険ではあるが、逆に言うのなら立ち回りやすい。同行者の心配もしなくて済む。
そうして、情報を手繰り寄せ、レジスタンス組織のいくつかに接触する。やはり、共闘すると言ってくれたのはたった二つの組織だけ。その他は、別々に王都を目指すという。はっきりとした返答もくれない組織もあった。どう動くのが最善か、日和見しているのだろう。
今更、坂を転げるようにして動き出した国の変化は、待ってくれない。
迷っている場合ではないのだ。
だからこそ、今、自分にできる精一杯を、サマルは歯を食いしばって動く。ほとんど、寝る暇もないほどに無理をした。ゆっくり休む暇を惜しんで町から町へ移動した。
疲れがないわけではない。
今すぐ倒れるようにして眠りたかった。
それでも、自分は動き続けた。
プレナが幸せである未来のため――その、最初に掲げた目標は消えていないけれど、ザルツが一緒に背負ってくれるから、今はそればかりのためではない。
だったら何故、今、こんなにぼろぼろになって動き続けるのか。自分を動かす信念とはなんなのか、サマルは疲労で混濁した頭の片隅でぼんやりと思った。
そうして、辻馬車がある十字路を折れ曲がろうとした瞬間に、はっきりとそれを思い起こす。
「あ、ここでいい! 降りるよ」
とっさにそこで降りてしまった。仕方がないので、町まで歩くことにする。
この十字路から最寄の町は、ヴァンディア監獄に近い、ギールの町である。傭兵が多い、あの少し荒んだ町並みに、サマルは再び足を向けた。
そうして、向かった先で買い求めたのは、白く、目に染みるほどに優しい花束だった。それを手に、今は穏やかな秋の空の下を歩く。そうして、ヴァンディヌ監獄近くの平野から、断崖へ抜けた。
ザアザアと絶え間ない潮騒の音と飛び交うカモメたち。降り注ぐ日差しの中、サマルは海に向かってその花束を投げ入れた。風に白い花弁が舞い、断崖に打ち寄せる煌く波と泡が、その花を飲み込む。
サマルはその場で一度黙祷すると、再びまぶたを開いた。
「――もうすぐだ。もうすぐ、明るい未来がやって来る。一緒に見ることはできなかったけど、いつか向こうで会えた時、酒を酌み交わしながら報告するから……」
明るい未来をきっと見よう、とあの時語った。
監獄の看守であった老人は、その言葉を信じてくれた。
犠牲にした命、消えた命を無駄にしたくない。
誓った言葉を現実にしたい。
その衝動が、今は自分を駆り立てる大きなものなのかも知れない。
暮らしに不安を抱き、国の未来を悲観するこの時代に生まれた自分たちだからこそ、平穏の尊さがわかる。かりそめではない、本当の平和がほしい。
『永遠』に、どこまで近付けるのか。
その未来を、自分たちが担うのだ。
大それたことだけれど、できないとは言わない。思わない。
始めた活動を、その先を、きっと笑って再び報告に来るから。
サマルは空に向かって無意味に大声を上げ、それからきびすを返した。




