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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

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〈4〉相棒

 バン、と高級木材を使用した扉を乱暴に開いたのは、シミとシワを浮き上がらせながらも、筋力の衰えを知らない老人の腕だった。その腕の主は、組織お抱えの武器職人、レイシェント=スレディである。その背後には、弟子のフィベル=ロットラックが、いつもの糸目で、眠たそうに控えていた。


 フィベルは先の作戦を終えると、一言もないままに消えていた。引き止められる前にさっさと師匠のスレディの待つアスフォテの町に帰ってしまったというのが皆の見解だった。

 彼はぼんやりとした見かけによらず、組織中で三本の指に入る強さを誇る。最早作戦には欠かせず、本人の意思を無視してこき使って来たので、それも仕方がないかと、しばらくはそっとしておくつもりだった。

 それが、師匠のスレディ共々こちらにやって来た。迎えに行く手間は省けたが、何やらスレディの機嫌はすこぶる悪かった。


「あれ? スレディさん、どうしたの?」


 駆け寄るレヴィシアも放置して、スレディはまっすぐにルテアの前にやって来た。不思議そうにスレディを見たルテアの頭を、スレディは大きなこぶしで挟んでぐりぐりと締め付ける。


「いって――!!」


 力仕事で衰えを知らないスレディの腕力だ。多分、本気で痛いのだろう。ルテアはわけもわからないままもみくちゃにされた。もがきにもがいてようやく解放されると、ルテアは少し涙をにじませながらスレディを恨みがましくにらむ。けれど、スレディの怒りは収まらないようだった。


「フラフラフラフラ、帰るのが遅ぇんだよ!!」

「わ、悪い……」


 怒鳴られるともう、そうとしか答えられなかった。ただ、それがよかったのだろう。素直に謝ったルテアに対する怒りは和らいだようだ。


「それで、『あれ』は受け取ったんだろうな?」

「あれ?」


 と、ルテアが首をかしげると、その広間の中で一人、あ、ともらした人物がいた。サマルである。

 その途端、スレディは老人とは思えないような素早さでサマルの首に太い腕を叩き付け、そのまま締め上げた。


「おいコラ、垂れ目! お前まさか、渡すの忘れてたとか言うんじゃねぇだろうな? ああ?」


 凄まれ、首を絞められ、サマルは顔を赤黒く染めながら、すみません、と謝った。何か、やってしまったらしいことだけは皆にもわかった。

 そこで、友人であり、二人目の弟子であるニカルドが見かねて割って入る。


「もしかして、あの時渡していた武器のことか? 彼も色々と駆けずり回って忙しかったんだ。許してやってくれ」


 チッと舌打ちをしてサマルを解放したスレディだった。サマルはゲホゲホとむせながらニカルドに感謝する。


「ちょっと、バタバタしてて……すぐ、取って来ます」


 そうしてすぐさま戻って来たサマルは、手に袋を抱えていた。それをルテアに手渡す。


「はいこれ。スレディさんが作った、ルテアの武器」


 それを聞いた途端、皆が青ざめた。

 何せ、ルテアは以前振るっていた槍を捨て、棒術を『クラウズ』のジビエという青年に付いて教わったのである。つまり、今の彼の武器は、先に刃のない棍という長い棒状のものだ。

 ただ、それを知らないで作ったスレディの武器は間違いなく槍だろう。開くのが怖いのか、ルテアは固まっていた。


 けれど、そうしていても、やはりどうにもならない。覚悟してその袋の紐を解いた。

 そうして、中に手を差し込み、いくつかに分かれた棒状のパーツを取り出す。ルテアの瞳と同じ淡い緑色をしたそれは、磨き抜かれた美しい光を放っていた。


「……スレディさん、俺、槍はもう使わないんだ。今は棍で戦ってるし、これからもずっとそうだと思う。せっかく作ってもらったのに、悪いけど――」


 正直にそう言った。その途端、スレディはルテアの頭をスパン、と平手で殴った。多分、目の端に火花が散ったと思われる。けれど、スレディの表情に怒りはない。どこか落ち着いていた。


「そういうことは、ちゃんと見てから言え」

「は?」

「そこに説明書きがあるだろ。その先の刃は着脱可能だ。棒術で戦うってんなら、外して付属の別のパーツを付けろ」


 ルテアは袋の中に残っていた説明書きを取り出し、そこに目を通す。その間に、呆れたようなスレディの声が降った。


「お前の戦い方は、練習風景しか見てねぇが、無駄が多かった。どうすれば使い手の実力を引き出せる武器になるか、それを読んで作るのが、一流の武器職人ってもんだ」

「師匠、すごい」


 パチパチパチ、とフィベルが背後で拍手する。本気の賞賛なのか、淡々としているのでよくわからない。

 ルテアは顔を上げ、ジビエを見た。すると、ジビエは歩み寄って来て、力強く微笑んだ。


「よかったじゃないか。俺が貸してたやつは、昔使ってたやつで、結構痛んでたからな。気にせずに使わせてもらえよ」

「じゃあ、そうさせてもらう」


 ルテアはうなずいて返すと、ジビエを嘗め回すように観察していたスレディに礼を言った。


「ありがとう、スレディさん。これから使わせてもらうよ」

「ん」


 頑固で偏屈ではあるが、スレディは案外、素直な感謝には弱い。照れ隠しにそれだけもらした。それから再びジビエを見遣り、


「また面白くなさそうなのが増えやがったな」


 とぼやいた。

 棒きれ持たせただけで強い人間、という、スレディにとって武器の作り甲斐がない人種である。一応、褒め言葉として受け取っておくべきだろうか。

 小さな笑いが、その場に起こる。


「よかったね、ルテア。新しい相棒だね」


 そう、レヴィシアは微笑んだ。嬉しそうに、ルテアも微笑む。

 仲睦まじい二人に、アイシェは面白くなさそうだったけれど。 

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