〈3〉手段
公爵との会見を終え、レヴィシアたちは同じ屋敷に滞在している仲間たちのもとへと戻った。そうして、打ち合わせの続きを綿密に練る。
情報収集を得意とし、後方支援が主である青年サマルは、ぽつりとつぶやいた。
「俺たちの戦力だけで足りないのなら、思い付く限りのレジスタンス組織すべてに声をかけて回る。この国の命運をかけた戦いだ。誰にとっても無関係じゃないからな。それでいいんだろ?」
すべての組織と協力して戦えというのなら、それこそ夢物語ではないだろうか。
ロイズが結成した組織『ゼピュロス』と共闘することを決め、ひとつの組織となる時、その思想の違いに気付かされた。『ゼピュロス』はロイズを新たな王に立てることを目的とし、レヴィシアたち『フルムーン』は王様のいない民主国家を目指した。
ふたつの思想は並び立たず、ロイズが民主国家に賛同するという形で収まりは付いたけれど――。
ただ、それによって、ロイズを信頼し、彼が王になることを願っていたリッジという青年が離反した。戦うには相応の理由があり、それは人それぞれである。
すべての人間が賛同してくれるなんてことは、残念ながらあり得ない。
だからこそ、サマルの意見はレヴィシアには難しいことのように思われた。ただ、サマルもそれを十分に知っているはずだ。なのに何故、そう口にしたのか、それをすぐに知ることとなった。
「兄さん、それで民主国家に賛同してもらえなかった場合、どうするの?」
サマルの妹であり、今はザルツの妻であるプレナが、そう尋ねる。それに対し、サマルは微笑んでうなずいた。
「賛同しなかったとしても、皆、王都を目指す。だからいいんだ」
「え?」
レヴィシアはきょとんとして声を上げる。傍らのユイが神妙な面持ちでその先を引き継いだ。
「皆、混乱に乗じて、それぞれに王城のバルコニーを目指すということか。そこで宣言した者が、継承権を無視して王家を排斥し、王になるという可能性も残されている」
その言葉に、女剣士のシーゼが唖然としながらこぼす。
「それじゃあ、王都はめちゃくちゃじゃない」
「でも、そうすることで、国軍やレイヤーナ兵の標的が増える。俺たちだけが正面衝突して撃沈する可能性が減るんだ。まあ、これはひとつの賭けになる」
それが、サマルの考えだった。
「でも、下手をすると国軍どころか、そのレジスタンス組織たちの相手までしなくちゃいけないってことか」
ため息混じりに、傭兵のシェインがつぶやく。その妻で医者のアーリヒも眉根を寄せた。
「城下町でのゲリラ戦となると、民間人に被害が出るかも知れないね」
それは、もっとも危惧するところである。ロイズの娘、エディアも心配そうに手を組んでいた。
「どうにか、上手く避難させなくてはいけませんね……」
「それなら、私にもできるかしら?」
そう、今は合併した組織の参謀であった女性、レーデが言った。
「そうだな。そこには重点を置きたい」
ザルツがそう口にしたことから、サマルの意見とザルツの意見が同じであることを皆が知った。
すると、場違いなほどの笑い声がその広間に響いた。笑ったのは、組織の最長老、フーディーである。
「何で笑ってるのさ?」
と、今度は最年少のクオルがフーディーに冷ややかな視線を送る。この少年、男には老若問わず冷たい。
フーディーは、わざとらしい笑いを止め、今度はまるで狐みたいな食えない顔になった。
「いや、民間人民間人と言うがな、ワシらこそ、か弱い民間人じゃないか。老いぼれジジイにこましゃくたれた小僧、か弱い乙女、気弱な料理人、なあ、そうだろぅ?」
「え、ええ、まあ」
と、気弱な料理人、ゼゼフは曖昧に返事をした。ぽっちゃりとして動作の緩慢な彼は、間違っても戦闘向きではない。
「守るべき民間人。その考えは正しく、そして誤りである。そういうことだ」
「また、何を無茶苦茶なことを……」
元軍人、ニカルドは巨躯をしぼめて嘆息した。そのそばで、同じく大柄な元大工のティーベットがうなる。
「民間人も、守られるばかりってわけじゃねぇ。確かにそうだ。女子供、老人、そりゃあ守るべき対象もいるけど、戦えるやつだっているよな」
「別に、武器を取って戦うばかりが戦いじゃない。俺たちが王城へ速やかに進めるよう、道を開いてくれれば、それだけでも助かるな」
そう、サマルもうなずく。
「確かに、そこに住まう方々でしたら、抜け道には詳しいでしょう。協力は不可欠かも知れません」
ユミラも強い光を瞳に宿している。
「他のレジスタンス組織、民間の支援者、それぞれに声をかけることから始めなくてはならないな。けれど、あの王子ならば、王都の守りはすでに固めていることだろう。それさえ、至難の業かも知れない」
レジスタンス活動がもとで足を痛めたロイズは、椅子に腰かけたままの体勢で心配そうにつぶやく。
「わかってるけど、なんとかするしかない。そこは、俺たちの腕の見せどころだ」
と、サマルは軽く笑ってみせる。誰よりもその困難さをわかっている彼が笑えば、皆の不安は和らぐ。彼はそれを理解していたのかも知れない。
「……難しい問題はたくさんある。でも、もうすぐだ。そう思えばがんばれる」
半年の期間を経て組織に合流したルテアは、静かにそう結んだ。少女のようだった面持ちに、精悍さが加わりつつある彼は、レヴィシアにとっても特別な存在であった。
そのルテアが連れて戻った集団『クラウズ』。彼らはこのシェーブル王国の先住民であり、山賊として恐れられていた存在である。その面々は、会議の席で言葉を発しようとはしなかった。ただ、その流れを食い入るように見つめている。
共闘してくれているものの、まだ日が浅い。馴染み切れていないのも仕方のないことだった。
そんな時、広間の扉が乱暴に開かれた。




