〈2〉決戦は間近に
世界地図の片隅にひっそりと記された島国の集まりである、ブルーテ諸島。
その最南に位置するシェーブル王国。この地は今、王が不在の王国であった。
王の崩御から一年と半年。
多くのレジスタンスと国軍、そしてそれを援護する隣国レイヤーナ兵との内戦状態が続いていた。
けれど、その戦いは終盤に差しかかっていると言える時期に来ていた。
それぞれの思想を貫く意志が、試される時。
押し通すことのできる思いはひとつだけ――。
※※※ ※※※ ※※※
「そのようなことがあったか――」
煌く螺鈿の施されたテーブルの前で、この屋敷の主、クランクバルド公爵は小さく息を吐いた。小柄で痩せた体付きとは裏腹に、誰もがひれ伏したくなるような威圧感を放つ老婦人である。
その正面に座るのは、今では国内最大の勢力を誇るレジスタンス組織『フルムーン』のリーダー、レヴィシア=カーマインである。大きな青い瞳と栗色のポニーテールが特徴の十七歳の少女だ。
彼女の右隣に、組織の参謀であるザルツ=フェンゼースが、左隣には王国最高位の将軍を父に持つユイトル=フォードが控えている。ちなみに、公爵の隣には彼女の孫である少年ユミラが神妙な面持ちで座っていた。
ザルツは銀縁眼鏡を押し上げながら、公爵に向かって力強くうなずく。
「はい。あれほどの傑物、ネストリュート王子の言葉ですから……」
彼の言う、ネストリュート王子とは、このシェーブル王国の王子ではない。隣国レイヤーナの第五王子のことである。レイヤーナは、この内戦の続く国に早い段階から干渉を続けていた。
先の作戦の時、王子に遭遇し、一刻も早く内戦を落ち着けるために勝負するべきだと言われたのだ。王城のバルコニーに立ち、組織の目指す思想、民主国家の実現を宣言してみせろ、と。
ただし、それを全力で阻止しにかかる、と。それは当然のことである。
あの王子は、この国の民が苦しむ現状を打破するべく、そう口にしたのかも知れない。弱い者ほど、環境のあおりを受けてしまうのだから。平穏を再びこの国にもたらすため、王子の言葉に乗ってみたい気持ちが、皆の中にはなくもなかった。
ただ、それはあまりに危険なことで、なんの策も考えもなく飛び込めるものではない。
レヴィシアは、そんなやり取りを少し気まずい思いで聞いていた。
その理由は、王子と遭遇した先の作戦の時、高熱を出して倒れてしまったからである。そういうことがあったと後から聞きはしたものの、肝心のところでなんの役にも立てなかった。そのことがやましいのである。
「だとするのなら、これから先、私は王都へは出向かぬとしよう」
「え?」
公爵の厳かなその声と内容に、レヴィシアは思わず声をもらしていた。誰もが、公爵に目を向ける。その視線を受け、彼女は冷たく笑った。
「この戦いが最後となる。その決戦の日まで、私は王都へは行かぬ」
ぞくり、と背筋が寒くなる。その決戦の日、公爵はレジスタンスとの関わりを隠すことなく、共に歩むということなのだ。もう、後には引けないところに来た。
けれど、戦闘力という点で国軍に太刀打ちすることは難しい。何せ、レイヤーナ軍も敵に回っているのだ。ネストリュート王子の側近たちだけでも猛者ぞろいであり、突破するのは至難の技である。
組織の中には、ユイを始めとする、一般人とは思えないような戦闘力の持ち主もいる。けれど、彼らだけではさすがに、大軍の相手はできない。
だから、決戦を控えるのなら、正面衝突以外の策が必要なのだと、レヴィシアはちらりとザルツを見遣った。彼に何か考えはあるのだろうか。
その視線を、ザルツは振り向かずとも感じただろう。ただ、正面の公爵に顔を向けたまま、静かな面持ちで続ける。
「わかりました。あなた様がそこまでのお覚悟を示されるのでしたら、私共も心を決めましょう」
その言葉に、公爵は満足げにうなずいた。冷血女卿と影で噂される公爵だが、彼女なりにザルツの理想の実現に向ける姿勢を買っているのだと思われる。それを、ザルツ自身も自覚しているようだ。
「国の今後を分ける戦いです。これは、我々だけのものではありません。この国のすべての者に関わって来る問題と言えます。ですから、我々だけがあの場所に向かうことが正解ではない。皆に等しく権利がある。そう、思うのです」
「ザルツさん……」
ユミラにも、彼の思うところの一端が見えたのかも知れない。不安げに揺れた視線が、次の瞬間には強く引き結ばれた。
「みんなが、ひとりひとりが強く自分を持って、この国の未来をつかみ取る。それこそが、あたしたちの目指す理想の形。王様のいない国――」
そう、レヴィシアも力強く口にした。
もうすぐ、不可能だと誰もが言った未来が、すぐそこにある。手が届かないと嘆いたものに手が届く。
まあるい、理想。光り輝く、その時を信じて。




