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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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252/311

〈40〉遺された者

 その場所は、王都ネザリムの一番街の一角。その屋敷の主は――。


「失礼いたします」


 屋敷の主であり、このシェーブル王国最高位の将軍、ドリトル=フォードは、客室に滞在中の客人のもとを訪れた。

 あれから三日――。

 毎晩、機嫌伺を欠かしてはいない。けれど、客人は一度たりともフォードの目を直視することはなかった。

 来訪を知ると、決まって一瞥し、それから手もとの本やチェス盤に視線を戻す。今日も、一人でチェスに興じていた。


「よろしければ、お相手いたしますが?」


 先王の弟、ジュピト=テルザ=シェーブル。

 十八年の歳月を幽閉されて過ごした不遇の人。

 主君であった先王と同じ造作の顔。けれど、眼差しが、表情が、まるで違う。

 あたたかみも何もない、世間を厭う眼。


 仕方がない。そうは思う。

 ジュピトはクッと他人の神経を逆なですることを意識したような笑い声を立てる。


「武人のお前が? 脳まで筋肉でできているのではないのか?」

「それは、一局を終えた後に判断して下されば結構です」


 フォードは、敬う気持ちを持って接しているつもりであったが、王弟は不快な表情を見せた。


「相手など要らぬ。何年、こうして来たと思う?」


 それを言われると、何も返せない。

 あの、隣国の王子、ネストリュートが、ジュピトの住まう塔をレジスタンスが襲撃するという情報を得たので、身柄を安全な場所へ移した方がよいと提案して来た。

 その可能性は、前々から危惧されていた。警備は厳重である。


 けれど、いつまでもあの場所に、この王位継承権第一位であるジュピトを幽閉し続けることができないと、重鎮たちもわかってはいた。それでも、呼び覚ますことが恐ろしかったのだ。


 そうして、今回、王城にジュピトの身柄を移すことは、民をいたずらに煽ることになる、といつまでも会話のまとまらない重鎮たちを尻目に、ネストリュート王子があっさりと、将軍の邸宅ならば安心だ、と言い出したのだ。


 ジュピトを王城に移せば、即位は間近だと周りが騒ぐのは目に見えていたから、仕方がないとは思う。けれど、ジュピトが、自分を見捨て、兄を擁立したこの家を快く思っていないのも事実だった。

 塔にいた方がましだと、きっと思っているだろう。


 双子であった先王と、王位継承の際に悶着した。兄の殺害を企てたとして、毒物も証拠として発見されたが、そんなものの信憑性がなかったことくらい、誰もが知っている。話を広げ、あおり、都合のいいように扱ったのは、この家も同じだった。自分の父も、自分も先王の側に付くと決め、この王弟を見放したのだから。

 今、こうしてジュピトがあからさまな嫌悪を自分に向けて来るのは、いたし方のないことである。


 要らない、と押しのけられ、今度は、必要だからと呼び寄せられる。

 不愉快でないわけがない。

 その憎悪が自分に向くのなら、それでいい。

 すべてを恨むのも仕方がない。


 王になど、なりたくないと固辞したとしても、それさえ当然だ。

 そう思えるほどに、この国は、この王弟に対してそれだけの仕打ちをしたのだ。

 今更、慈悲を垂れろと、民を導けと、そんなことが望めるはずはない。

 むしろ、王にならないという選択をしてくれたのなら、それでいい。

 王になり、すべてを破壊すると目論まれるよりは、ずっと。


 いっそ、彼の命運は、双子であった先王と共にあってくれた方がよかったと、ふと思ってしまう時があった。けれど、それでは――。


 フォードは幾度、この陰鬱な目を前に、堪え切れなくなったものを吐き出したくなったか知れない。

 それでも、結局はそれをしない。

 すべては虚しく、掻き消える。



 今のこの国に、王はいない。

 レイヤーナとの統合を検討する声もある。

 いっそ、そうなればよい。

 民が無事に過ごせるのなら、国の形などこだわる必要はない。

 

 こんな未来を、予測しても尚、『我が君』には譲れぬ思いがあった。

 誰もが愚かだと嗤ったとしても、それを貫いた。

 賞賛する人はどこにもいないだろう。

 フォード自身、理解はできない。


 けれど、その思いを守ることが、亡き主君への最後の忠義である。

 その願いだけを胸に刻み、フォードは今を生きている。


 六章、終了しました。

 次、七章が終章です。

 よろしければ、結末までお付き合い頂けると幸いです。

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