〈39〉役回り
大半の構成員たちはすでにこの場所を離れていた。寂れた漁村に大所帯では目立つのだ。レヴィシアの回復を見て、残りのメンバーもリレスティに戻るつもりでいる。
レヴィシアはそれから、次の朝にはいつもの元気を取り戻していた。
回復の速さは、気持ちに比例してのことだろうと、誰もが微笑ましく感じていた。ただ一人を除いて。
「――そう、だったんだ。あなたたちは『クラウズ』の……」
ルテアの説明により、彼らが協力してくれたことを知る。
未だ、彼らを山賊として敬遠する面々もいないことはなかった。そんな険悪な空気を吹き飛ばすかのように、レヴィシアは明るく笑うと手を差し出す。
「助けてくれてありがとう! これから、よろしくね!」
屈託なく笑う青い瞳に、同じく屈託なく笑ったニールはその手をぎゅっと握り返して大きく振った。
「うん、俺はニール。よろしくな! ……なあ、ルテア、この笑顔にほれ――」
ベシ、と鈍い音を立ててルテアに頬を張られたニールは、ルテアが殴った、と一人で騒いでいた。そんな隙に、ジビエもレヴィシアと静かに握手を交わす。
「ジビエだ。こちらこそ、よろしく」
「うん」
ジビエはユイとも握手を交わしていた。二人はお互いに、相手の力量を測るようにしていたように思う。フィベルは一人ブラブラと、どこ吹く風だった。
そうして――。
アイシェという少女。
レヴィシアが勘違いしてしまっただけで、ルテアと特別な関係ではないのだという。
けれど、ものすごい形相でにらまれてしまった。彼女がルテアを好きなことは間違いようもない。
それでも、気を取り直して笑いかける。
「よろしくね」
差し出した手は、一瞥されただけで、握り返されることはなかった。退くタイミングも計れず、レヴィシアは虚しくそのままの体勢でいるしかない。
すると、アイシェはふぅ、と嘆息した。
「……似てないでしょ」
「え?」
「どう見たって、あたしの方がかわいいし、スタイルもいいじゃない」
その場の空気が凍り付いた。ジビエだけは呆れたように苦笑する。
「趣味悪い」
そこまで言われた。けれど、怒れなかった。
この感情に覚えがありすぎて。
済んだことだというのに、シーゼに謝りたい気持ちがふつふつと湧いて来る。あの時はごめんなさい、と。
とりあえず、あははは、と乾いた笑いでその場はやり過ごすしかなかった。
「モテモテだなぁ」
ニールがルテアにしなだれかかると、ルテアはイラッとした表情で彼を突き飛ばした。
※※※ ※※※ ※※※
そうして、今後のことは一度リレスティに戻って、公爵と打ち合わせをした後に決めるということでまとまり、皆はそれぞれに旅支度を整える。発つ前の晩、プレナと共にこの漁村にずっと待機していたエディアは、最近出会ったウード弾きの少年と再会した。再会はしていたのだろうが、お互いにそれと気付いたのはこの時だった。
ニールと名乗った彼は、嬉しそうに顔を輝かせた。
「あ! あの時の!」
彼の隣にはルテアがいる。不思議そうに首をかしげていた。
「なんだ? エディアを知ってるのか?」
ニールはニコニコとご機嫌だった。
「エディアさんっていうんだ? やー、やっぱりステキだね!」
その軽いノリに、当のエディアはもとより、ルテアまで眉を顰めた。それでも、ニールはマイペースだった。
「俺、ウード取って来るから、もう一回歌ってよ!」
「え!」
エディアは呆然としてしまった。この闊達な少年は、状況がわかっていないのだろうか。今が音楽を楽しむような、のどかな時ではないことに気付いてほしかった。ルテアは、駆け去ったニールを見送ると、きょとんとした表情をしてからエディアを見た。
「エディア、歌ったりするんだ?」
「え……そんな、大げさなものじゃなくて……」
何故かしどろもどろになってしまった。そんな時、ニールが丸みを帯びたフォルムのウードを手に戻る。
「じゃあ、こっち来てよ」
「あっ」
有無を言わさず、ニールはエディアの腕を引いて、宿の広間にやって来た。
「あれ? どうしたの? それ、楽器?」
レヴィシアやユイ、シーゼ、それから、ザルツにプレナ、食事を済ませた後だからか、ほぼ勢ぞろいだったと言っていい。エディアはこの状況に混乱するばかりだった。
レヴィシアの問いに、ニールはえへへ、と笑った。かと思うと、今度は急に真剣な面持ちになり、椅子をひとつ引いて広めの場所に移すと、そこに座り、脚を組んでその上にウードを乗せて構えた。そして、エディアに対し、一度微笑むと、その弦を軽く爪弾いた。
かと思うと、その音は次第に強く、弱く、この夜に相応しいような切ない音色となる。激しく、滑るように動くその指先と、伏せたまぶた。普段のニールとはまるで違った印象だった。
皆、その音色に、陶然と聞き入っている。音が、染み渡るようにして流れる。
古い曲だった。けれど、聴いたことがある。旋律が、エディアを誘う。
今はそんな状況ではないはず。
こんなことに意味はない。
そう思っていたはずのさっきまでの自分が、気付けばすべてを置き去りにして、自身がひとつの楽器であるかのように音を奏でる。
皆の視線が集まった気がした。けれど、エディアはニールに習うようにして目を閉じた。その方が、音と一体になれる。
この時ばかりはすべて忘れ、夢中だった。だから、ニールの旋律が終わりを告げて、ようやく我に返る。恐る恐るまぶたを持ち上げると、案の定、皆が唖然としていた。
エディアは急に恥ずかしくなって消えてしまいたくなった。けれど、誰よりも先に駆け寄って来たレヴィシアが、ぎゅっとエディアの手を両手で握り締めた。
「エディアすごい! 歌、上手だったんだね」
「え、と……」
どう答えたらよいのか戸惑っていると、レヴィシアは微笑んだ。
「なんだろう、疲れが取れちゃうような、そんな感じがしたよ。これからもがんばろうって思える、優しい歌声だった。また、聴かせてね」
そんな言葉に、エディアは言いようのない喜びを感じた。遅れて湧いた、仲間たちの拍手の音に、涙があふれそうになる。
仲間たちを守りたい。
助けになりたい。
だから、戦う術が必要だと。
それを勘違いだと一蹴されてからも、ずっと悩んだ。
こんなことで、それが成せると誰が思うだろう。
人を癒すことの難しさを知るからこそ、何よりも欲した役割がどんなに嬉しいか、他の誰にもわからないだろう。
ただ――。
弓を引く自分に、もっと違う方法でがんばれと言ったサマルに、すぐにでも報告したいと思えた。
ほら、だから言っただろ、と笑われそうな気もしたけれど。
組織初、レヴィシアのことが嫌いなメンバー(笑)
これで、ユイ、フィベル、ジビエの三強がそろいました。
三馬鹿もそろったような気がしますけど……。




