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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈38〉いちばん最初に

 階段の前に、髪を下ろした、薄い寝衣姿のレヴィシアが呆然と立っていた。

 まだ、熱が下がっていないはずだ。それでも、目が覚めて動けるようになったことに、ルテアはほっとした。


 会ったら、まず、最初になんと言おう。自然に振舞えるだろうか。


 ずっと、頭の中はそんなことばかりだった。

 なのに、レヴィシアは目が合う寸前にきびすを返して階段を駆け上り始めた。まるで、会いたくないと言わんばかりに。

 わかりやす過ぎるくらいに、はっきりと避けられた。そのことに、胸が疼く。


 それでも、拒絶されるとしても、後を追わずにはいられなかった。

 ただ、そんなルテアの腕を、アイシェがとっさにつかむ。それを、再び、さっきよりも力を込めて振り払った。


「ごめん」


 勝気な彼女も、うっすらと涙を浮かべていたけれど、こればかりははっきりと、どうしたって変えられない。


「ほら、早く行け」


 アイシェの頭に大きな手を乗せ、ジビエはルテアに向けて微笑む。ニールは無駄にニヤニヤしていた。

 ルテアは、うなずいてその場を後にする。



         ※※※   ※※※   ※※※



 ――少しでも早く、遠ざからなければいけない。

 もっと時間を置けば、もしかするともっと冷静に、普通に、ルテアにおかえりと言えるかも知れない。一人の仲間として、受け入れられるかも知れない。

 ただ、今はまだ無理だから。

 今はたくさん泣いて、プレナに話を聴いてもらいたかった。気持ちを吐き出してしまえば、少しは楽になれるから。


 みっともなくても、なり振り構わずに、今度は自分が報われない気持ちをぶつけるだけの強さがない。

 拒絶されると思うだけで、こんなにも怖かった。

 自分のしてきたことを振り返るだけで、どうしようもなく後悔ばかりが湧き出す。

 階段を上がる足取りが、いつものように軽やかには行かない。熱のせいだとわかっているけれど、そればかりでもなかった。


 もたもたと、転がりそうになりながら、塔の螺旋階段とは比べ物にならないような短い階段を必死で上がる。そうしていると、背後から鋭く声がかかった。


「レヴィシア!」


 ――名前を呼んでほしかった。

 その時を待っていた。


 けれど、今は喜びではなく、苦しさが先に立つ。

 振り返ることもできずに階段を急いだ。その気持ちの焦りが、足を踏み外させる。レヴィシアは自分の体が後ろへ傾くのを感じた。とっさに手すりに手を伸ばしたけれど、手は虚空を切る。


「!!」


 落ちる――そう思った。その途端、体は背中からしっかりと受け止められる。そのまま、階段の踊り場に座り込むような形になったけれど、痛くはなかった。庇ってくれたから。

 耳もとで、安堵するため息が聞こえた。以前よりも日に焼けた腕に体を包み込まれている。


「まだ熱があるんだろ? 何やってるんだよ……」


 顔は見えない。それでも、こうしていると、鼓動が伝わってしまう。涙がこぼれてしまう。

 そんなところを、あの女の子に見られたくなかった。

 だから、いつまでもこのままではいられない。早く、離れなくては――。


 気持ちが、声に現れる。


「は、放して」


 まず最初に、再会して初めて口にすることになった言葉がこれとは、悲しくなった。ルテアはどう思っただろうか。気持ちが以前とは異なったとしても、いい気がするはずがない。

 せめて、ありがとうの一言くらい、先に言えたらよかった。

 できなかったことを、今更そんな風に思って、やっぱり泣きたくなった。


 けれど、ルテアの腕はレヴィシアを突き放すようには動かなかった。体に回された腕がきつく、締め付けるように力がこもる。ただ、そのことに驚いた。放してと口走った言葉が聞こえなかったのだろうか。

 そうして、短いたった一言が、どこか熱っぽい響きを持って耳に届いた。


「嫌だ」


 混乱する頭で、その意味を考えようとした。けれど、雑然とするばかりで、真相には辿り着けそうもなかった。うるさいくらいに高鳴る鼓動が、思考を遮ってしまう。

 けれど、ふと、その鼓動が誰のものであったのか、気付くことになる。


「なかなか帰って来なかったことを怒ってるのか?」

「そういうんじゃないよ。ただ……」


 そうであってほしい。勘違いでなければいい。願望が錯覚させているだけでなければ。

 思い切ってその先を口に出そうとした時、ルテアは哀切な声でささやく。


「お前は俺がいなくても、特別何も感じなかったかも知れない。でも、俺はずっと、会いたかった」


 だったら、あの女の子は誰で――そう、疑う気持ちが一瞬だけ湧いた。

 それでも、腕の力は加減を忘れたかのように、感情の波に合わせて強まる。


「お前にとって邪魔な想いなら、こうして再会する前に忘れられたらよかったのにな」


 このまっすぐに向けられた想いを、疑うのは馬鹿なことだった。

 震える腕が、鼓動が、そこに嘘がないことを伝える。

 ただ、胸が痛くて、レヴィシアは言葉に詰まって涙があふれた。それでも、ようやく声を絞り出す。


「……ねえ、少しだけ力を緩めて」


 締め付けていることに気付いたのか、ルテアは先ほどとは違ってすぐに腕をだらりと下げた。レヴィシアは、急いで涙を拭うと、そのままくるりと体勢を変えて振り返った。ルテアの表情は強張っていたけれど、あの、別れた日のような痛々しい傷もなく、どこか大人びたように思えた。ルテアにとって、離れていた半年間は、どのようなものだったのだろう。表情を見る限りでは、色々なことがあったのではないかと思えた。


 拭った涙が、またあふれそうになる。苦しくなって何も言えなくなる前に、レヴィシアはつぶやいた。今度は、笑みが自然とこぼれる。


「ようやく、顔が見れた」


 頬を包み込むように触れると、今度はルテアが困惑したような目をした。その仕草が愛しくて、顔を見ていたいと思う以上に、存在を感じていたいと思った。両腕をルテアの首に回し、体を寄せた。自分の鼓動を伝えるように。


 そうして、そっとつぶやく。


「助けてほしい時、これからは一番最初にルテアを呼ぶから、誰よりも先に駆け付けてよ」


 返事よりも先に、背中に回った腕がルテアの意思を伝えてくれた。


「うん」


 短い一言。けれど、たくさんの想いが詰まっている。


「おかえり、ルテア」

「ただいま、レヴィシア――」


 六章、後二話です。

 よろしければお付き合い下さい。

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