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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈36〉目指すところ

 血に塗れ、ぐったりとしたレヴィシアを抱えたルテアは、塔から出て来た。彼女のそんな姿に、ひと塊に集まっていたレジスタンスのメンバーたちは騒然となった。

 けれど、ルテアの落ち着いた面持ちで、レヴィシアの安否を知ることができた。無事なのだと、それぞれに安堵のため息をつく。


「レヴィシア……」


 ザルツが前に出て、ルテアの腕の中のレヴィシアを覗き込む。心配そうに、その額に触れた。熱の高さに眉を顰め、それからルテアに視線を向ける。


「助けてくれてありがとう」


 柔らかな瞳で言ったザルツに、ルテアはかぶりを振る。そうして、真実を伝えた。


「助けてくれたのは、リッジなんだ」


 微かに体を揺らし、それでもザルツは、そうか、と穏やかにつぶやいた。


「アーリヒさんを呼びに向かっているはずですが、早く、安静にできる場所に運びましょう」


 そう、ユミラが声をかける。

 その背後では、負傷者に対する応急処置が行われていた。フィベルは、大きな傷はないものの、疲れたらしく、動くのも億劫だという風に寝転んでいる。


 そんな中に、レヴィシアを捕らえた元軍人のニカルドの姿があった。スレディのところにいるとは聞いていたけれど、活動を手伝ってくれているとは意外だった。

 ひと際大きな体で座り込み、肩に受けた傷から血をにじませている。それを、ティーベットが手持ちの布で縛って止血していた。

 そんな時、ててて、と戦場には似つかわしくない足取りでニールが駆け寄って来た。


「ルテア!」


 明るい笑顔を振り撒いている。この状況もどこ吹く風で、無邪気なものだ。そうして、横からレヴィシアの顔を覗き込む。その途端、大声で言うのだった。


「あ、この娘!? ルテアの好きな娘!!」

「っ……お前なぁ!」


 周囲の苦笑と生あたたかい空気のため、ルテアはいたたまれなくなってニールをにらみ付ける。ルテアが耳まで赤くなっても、ニールはあまり気にしなかった。あはは、と意味もなく笑っている。その上、それでさ、とさっさと話題を変えてしまった。


「実は、あそこのおじさん、俺のナイフが刺さってけがしちゃったんだよ」


 あそこのおじさん、とはニカルドのことらしい。初対面の彼らは、敵と味方の区別も付かなかったのかも知れない。そう思ったけれど、そうではなかった。


「おれ、ちゃんと服を見て判断してたぞ。おじさんに向けてナイフ投げたりしてないからな。おじさんが、急に飛び出して来て、敵を庇ったから刺さっちゃっただけ」


 そんな会話を隣で聴いていたザルツが、振り返ってニカルドに問う。


「そうなのですか?」


 すると、ニカルドはためらいながら、ぽつりぽつりとつぶやいた。


「……邪魔をするつもりはなかった。ただ、兵士とはいっても、まだ歳若い、私から見たら子供のような相手だった。戦慣れもしていない、不安げな様子で……」


 それを、敵だと割り切れない、こんな人間が軍人であったのだ。苦悩も多かっただろう。

 彼は積極的に戦うのではなく、弱者を守ることに重きを置いて生きてきたのかも知れない。傷付けるばかりが軍人の仕事ではないから。


「そういう甘さ、嫌いじゃない」


 ルテアはそうつぶやいた。それが、誰かの口癖だった。その隣で、ザルツはいつもの仏頂面とは無縁に、柔らかく微笑む。

 そうして、ニカルドの応急処置を終えたティーベットも苦笑した。


「それにしても、『クラウズ』ってのは強ぇんだな。それに、思ってたのとなんか違う」


 ニールなど、どうしたって山賊の類には見えない。ジビエも声に出して笑った。


「どんな想像をしてたのか、わからなくはないけどな。まあ、俺たちもしばらくは協力するつもりだから、よろしく頼むよ」


 彼の戦いを間近で見ていた仲間たちが、恐れと頼もしさを感じつつうなずいていた。

 ルテアはレヴィシアの容態を気にしつつ、簡単な説明を双方にしておいた。ザルツは、それを終えてから、そっと、ルテアに優しい声音を向けた。


「言いそびれたが――おかえり、ルテア。よく、がんばったな」


 その言葉が、自身の成長を肯定してくれたようで嬉しかった。仲間たちも口々におかえりと声を出す。

 そんなあたたかな空気の中、ぽつりとシェインが声をもらす。


「後は、ユイとシーゼか。きっと、無事だろうけど」


 その安否は誰もが疑っていない。そうこうしているうちに、アーリヒが駆け付けてくれた。

 アーリヒが診察しやすいように、ルテアはしゃがみ込むと、ひざの上にレヴィシアの体を横たえる。正直なところ、腕が痺れて来ていたけれど、やはり誰にも代わりたくなかった。


「ほんとに、無茶するね、この子は」


 呆れたようなアーリヒの声がする。そんな時、周囲のざわつく音にルテアは顔を上げた。


 塔の中から、二人のレイヤーナ王子と、それに付き従う一人の男が出て来たのである。

 ユイとシーゼの姿はなかった。けれど、遅れて出て来るのだと思う。ユイが、レヴィシアを残して逝くとは思えないから。


 そのまま去るかと思われたネストリュート王子は、レジスタンスたちの集まりの前に単独でやって来た。心配そうなハルトと配下の面々の視線が突き刺さるけれど、ネストリュート王子はまるで頓着しなかった。

 浮世離れした微笑をこちらに向ける。ユミラがそばで気を引き締め直しているのがわかった。


「君たちの理想は民主国家の実現で、そのために戦い続けるというのだな?」


 その問いに、ザルツが意識のないレヴィシアに代わり、しっかりとした口調で答える。


「そのつもりです。我らは諦めるつもりはありません」


 王子の、小さな笑い声がもれる。それは、嘲笑などではなく、赤子を眺める大人のような、微笑ましいものでも目にした笑みだった。


「それを実現するために、どれくらいかかる? この混沌を、後どれだけ続けるつもりなのだ? 民は、それに耐え続けるのだと、理解した上でのことか?」


 その言葉に、誰もが詰まる。内戦が長引くことを、誰も望んでなどいない。

 それでも、形だけの間に合わせの王など、いらない。

 ネストリュート王子は、涼やかな声で、信じられないようなことを口にする。


「君たちが勝利するには、遺臣たちを退け、王城のバルコニーに立ち、民主国家の宣言をすることだ。だとするのなら、そこを目指すといい」

「何を……」


 ユミラはその先を言えず、言葉を呑んだ。

 王が高みから民衆を見下ろし、下々へ手を振る。王城のバルコニーはそうしたものだ。

 言われる通り、組織の執着地点はそこである。けれど――。


「いたずらに現状を長引かせるくらいならば、勝負に出るべきだ。勝つのは君たちか、現体制の維持を望む国の遺臣たちか。もちろん、王制を崩すべきではないと考える私は、向こうに付き、君たちを止める。それでも、打ち勝ってみせるといい。君たちの理想が、それだけの力と意思を持つと言うのなら――」


 ネストリュート王子の瞳が、その場の誰もを釘付ける。皆、指先ひとつ、動かすことができなかった。


「私は、王城で待たせてもらおう」


 その言葉を最後に、ネストリュート王子はその場を去った。その頃には、ユイとシーゼも塔から姿を現したけれど、あの王子のあまりの印象の強さに、誰もが呆然としてしまっていた。


 王城へ。


 それは、紛れもなく最終目標だ。

 今の自分たちに、そこまで駆け上がることができるだろうか。

 けれど、王子が言うように、この国自身に残された命運は残り少ない。

 王子の言葉は、この国の民のためであったのかも知れない。

 

 ザルツは、自分が口に出来なくなったラナンの言葉を、ルテアが受け継いでくれていることが、真剣に嬉しかったりします。

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