〈32〉もぬけ
ザルツは懸命に気持ちを落ち着け、順序立てて考えをまとめる。
そうすると、いくつか見えて来ることがあった。
ネストリュート王子はこの塔にレジスタンスの襲撃があると正確に読んでいた。だからこそ、自軍を使い、警備を強化した。
王弟の存在は、今のこの国にとって重要である。ネストリュート王子もそれを感じたからこそ、警護している。そこにおかしな点などないように思われたけれど、よくよく考えてみれば、妙だ。
何故、レイヤーナ兵で強化するのか。
シェーブル兵に襲撃があるのではないかという考えを伝え、シェーブル兵に強化させればいい。
例え、王弟と懇意と呼べる間柄になったとしても、それは変わらないはずだ。
彼はまず、自分の動きをレジスタンスが過敏に警戒していると知り、この塔から離れた。誘い出すには、自分がいてはいけないと感じたからだろう。
そうして、ユミラの失踪。
王弟に次ぐ王位継承権を持つ彼は、同じく重要な人物である。今、この時期にいなくなった理由を考えると、嫌な予感しかしなかった。
辿り着いた答えは、最悪だった。
苦いものが、じわりじわりと体全体に染みて行く。
「つまり、この塔の最上階には誰もいないということか……」
ネストリュート王子はレジスタンスの襲撃を予測した時点で、王弟を別の場所に移す提案をしたのではないだろうか。そうして、何食わぬ顔でもぬけの殻の塔を守らせている。もしかすると、兵士たちには何も知らされていないのではないだろうか。
だから、レイヤーナ兵が大半を占めているのだ。
シェーブル兵は、王弟に付き従っているのだろう。
そして、ユミラもきっと、あの王子と共にいる。
憶測が、確信と呼べるまでに色濃いものになった。
だとするなら、今ここで戦うことに意味はない。この戦いは、レジスタンスを一網打尽にするためのもの。一刻も早く、撤退しなければならない。
「……アーリヒさん、撤退の準備を」
「え? ああ」
狼煙を上げる準備をする。いざという時の合図だ。ただ、一番の心配は、塔の内部にいるレヴィシアたちのこと――。
どこまで上っただろうか。
すぐに下りるのは難しい。それに、狼煙に気が付かない可能性もある。
「やっぱり、直接行って来ます。後を頼みます」
「あ、ちょっと……」
アーリヒの困惑気味の声が背中にかかるが、ザルツは坂を急いだ。
やはり、塔の内部まで連絡するには、狼煙だけでは不確実だ。事情を説明し、対処しなければ手遅れになってしまう。
レヴィシアに何かあれば、改革の先は暗礁に乗り上げる。士気は落ち込み、誰もが理想を夢見ることを止めてしまう。あの、レブレムさんの時のように。
レヴィシアを個人として心配する気持ちと同じくらい、組織としても大切なのだ。
坂道でもつれそうになる足を懸命に動かし、ザルツは小さく嘆息した。
もっと、先の先まで読める能力があれば、皆を危険にさらさずに済むのに。凡人の自分では、限界を感じてしまう。けれど、だからといって投げ出せるわけではない。
できないではなく、できる自分になるしかない。
目指す姿は、明確にある。
あの、弱さを見せない『彼女』のように――。




