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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈30〉幻影でなければ

 塔を見据えることができる高台の上で、ザルツとアーリヒ、レーデは馬車を背に塔の周囲で繰り広げられる乱闘を見下ろしていた。

 入り乱れる部隊の大半がレイヤーナ兵だ。あのネストリュート王子は、自身がいない間にも、この塔の守りを強化していた。思った以上に、強固に。


 そこまでする理由が彼にあるのかはわからない。けれど、事実、ジュピトを死守しようとしている。

 ここに手を出すべきではなかったのかも知れない。ただ、今更そんなことを言っても始まらない。

 どうにかしてあの王弟に会い、身柄を確保するより術はないのだ。


 今、サマルは塔の周囲の動きを逐一探っている。

 現れた増援に苦戦する仲間たちを、どうすることも出来ずに見下ろしていたザルツは、自分の無力さを噛み締めながらも、この状況を打破するにはどうすべきなのかを、心を落ち着けて考えていた。

 そんな時、サマルが意外すぎる人物を連れてやって来た。


「ゼゼフ?」


 どこからどう見ても、ゼゼフだった。

 組織中、誰よりも戦闘に不向きなゼゼフは、リレスティの屋敷で留守番をしているはずだった。それが、泣きながらこんなところにやって来た。ザルツは、嫌な予感しかしなかった。


「……向こうで何かあったんだな?」


 その問いに、サマルがうなずいた。どうやら、ゼゼフは目まぐるしい出来事が重なり、パニック状態のようだ。会話が成り立ちそうになかった。


「ああ。わかりにくい説明だったけど、どうやら、ユミラ様がいなくなったらしい」

「!」


 軽はずみな行動を取る少年ではない。いなくなったというのなら、何者かに身柄を拘束されたと考えるべきだろう。


「公爵には知らせたのか?」

「多分、屋敷の誰かが知らせたんじゃないか」

「……一体、誰が?」


 アーリヒも眉根を寄せてつぶやく。その傍らで、レーデも思案していた。


「それを早く突き止めて、探すべきだわ。ユミラ様に何かあったら、公爵の援助もなくなるでしょう?」


 けれど、ザルツはそっとかぶりを振った。


「いや、変わらずに援助はして下さるだろう。公爵は私情を挟まれない方だから。……ただ、ユミラ様が今、この瞬間も苦しまれているのは事実だ。早く、対処しなければ」


 あの公爵は、孫の命よりも改革を選べる。そこまでに強靭な精神を持つ。

 けれど、ユミラが必要でないわけではない。あの少年は、これからの未来に必要な存在だ。


「俺、リレスティに戻るよ。でも、こっちの戦況も心配だな」


 サマルが少し苛立たしげに言う。

 すると、ようやく持ち直したゼゼフが口を開いた。


「あ、あの、じ、実は、途中でルテアに会った、んだ。助っ人、たくさん連れて来てくれて……」

「え!? そういうことは早く言えよ!!」


 と、サマルはゼゼフの丸い肩をバシンと叩いた。あう、と声を上げてしょげるゼゼフだが、周囲の皆の表情に明るさが灯った。


「ルテアが……ようやくだな」


 ようやく――。

 レヴィシアの喜ぶ顔が目に浮かんだ。

 後は、ユミラを探し出して連れ戻さなければ。


「よし、俺、もう行くよ」


 張り切ったサマルは、ゼゼフを振り返る。


「お前も戻れよ。ここは危ないからな」

「え、あ、うん」

「プレナとエディアの待ってる村に戻って、二人に事情を説明してからリレスティを目指せよ。俺は直接先に行くから」


 じゃあな、とサマルは身を翻し、高台を去った。

 取り残されたその場で、レーデはゼゼフに言う。


「私もここに残っていてもできることはないようだから、ゼゼフさんと一緒に村に戻って、プレナさんたちと帰るわ」

「ああ、そうしてくれ。気を付けて」


 と、ザルツもうなずく。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そうして、ゼゼフはレーデと共にその場を離れることとなった。

 正直、一人ではないことにゼゼフは安堵していた。レーデは落ち着いているので、頼りになる。もちろん、女性なので、いざという時は自分が守らなければならないのだけれど。


 特に会話という会話もなく、二人は木々の間をすり抜けるようにして歩いた。まだ向こうでは戦闘が繰り広げられているはずだけれど、戦いの喧騒はどこか遠い。

 皆の無事を祈る気持ちと、役目をやり遂げた安堵をない交ぜにしながら、ゼゼフはひたすら歩く。気を抜くと、レーデに置いて行かれそうだった。


 はっ、はっ、と軽く息を弾ませて歩くゼゼフは、その時何故か不意に顔を横に向けた。その視界の端を、一人の青年が過ぎ去って行く。

 黒い髪に黒い瞳。白っぽい外套を羽織ったその姿は、あれからずっと会えずにいる友の姿だった。

 一瞬、ヒュッと息が詰まり、それが幻影でないとは言い切れなかった。会いたいと切望していたからこそ、こんな時だというのに幻を見てしまったのだろうか。


 けれど、その幻影はザッと草を踏み締める音を立てた。

 だから、幻ではない。

 今、そこに、確かにそこにいた。

 よく似た他人ではない。

 あれは、間違いなく――。


「シュティマ!!」


 ゼゼフはのどが潰れるほどに叫んでいた。少し先を行くレーデが驚いて振り返る。


「ゼゼフ?」


 大声を出していい状況ではない。それでも、叫ばなければ行ってしまう。

 ゼゼフは思い切り声を張り上げる。


「シュティマ!! ねえ、僕だよ、シュティマ! 気付いて!!」


 ほんの少し、その後姿が揺らいだ気がした。けれど、彼は振り返らない。

 もう、会いたくないということだろうか。

 愚図な自分のことなど、もうなんとも思っていないのだろうか。

 とっさに道を外れ、彼の去った方に駆け寄ろうとした。それを、レーデに止められる。


「ゼゼフ、駄目よ」


 神妙な面持ちでかぶりを振る彼女は、正しかった。

 追ってはいけない。今は、そんな場合ではない。

 わかっているけれど、ゼゼフはひどく悲しかった。

 顔をぐしゃぐしゃに歪めて、その場でむせび泣いた。


 あれは、シュティマだ。

 けれど、自分にはもう、会いたくないのだと。


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